上 下
42 / 81
第1章 無垢な君への道標

第1章42話 終戦①

しおりを挟む
「二人目の魔人……、姉妹だと?」

 リベリオが呟いて大剣を卵樹から引き抜き、正面に向けた。クォーツは手を後ろで組んで、いまに鼻歌を歌いだしそうな緊張感のなさに対して、リベリオはさっきよりもずっと深刻な表情だ。

「『契約』だかなんだか知らないが、魔人を名乗れば冗談じゃ済まないことくらいわかっているんだろうな」

「さあ? 人前に姿を見せたのは久しいからねぇ、一体なにをされてしまうんだろう」

 揶揄うような熱っぽい口ぶりにリベリオは額に深い皺を浮かべた。

「ああ怖い怖い。私はただ姉として妹を迎えに来ただけなのに。可哀そうで可愛い妹を、ね」

 クォーツはリベリオの奥にいるティヴァを見ると、ティヴァは声に答えるように精一杯に首を伸ばす。

「お、ねえ……様」

「ああ、お姉さまだよ、ティヴァ。可哀そうに、芋虫のようになっちゃって。帰ったらお姉さまが新しい腕と足を作ってあげるね」

「は、はい! ありがとうございます!」

 ティヴァは手足を失った状態は変わっていないのに、どうしてあんな希望に満ちた目が出来るのか、テルは不気味なものを目の当たりにしている気分になる。

 リベリオが立ち塞がるなか、クォーツが指をならすと何もない空間から巨大な鳥が出現して、リベリオを上手に避けるとティヴァを鷲掴みにした。

「しまった!」

 テルは声を上げ、ナイフを作り投げるが、あっという間にどうやっても届かないほど距離を離されてしまう。

 いったいどうしてクォーツが『獣の異能』を使っているのか困惑するテルに対し悠長なクォーツはティヴァが消えていった空に目を向けている。リベリオは親切にその隙を見逃す理由はなかった。

 爆発的な踏み込みの直後、クォーツの首と胴体が離れ、重い音をたてて首が地面に切り落とされた。

「わあ、すごい。気づかなかった」

 そう口にしたのは地面に落ちたティヴァの首だった。一滴の出血さえないので、気味の悪い手品を見ているようだ。クォーツの胴体はいたって自然な動作で自分の首を拾い上げると、もとあった位置に置く。すると、赤かった切り口があっという間になくなり、文字通り何事もなかったようなクォーツが微笑んでいる。

「流石リベリオ。痛みを感じる暇さえないなんて」

 質の悪い冗談だと思いたかった。一体どういう理屈なのか、異能であることには違いないが、クォーツが口にしていた『契約』という言葉と今の現象がまるで結びつかない。

 もう一度クォーツが指を鳴らし魔獣が何もない場所から現れる。獅子の頭をしてボクサーのように両手を顔の前で構える人型の魔獣だ。

 人獅子の鋭い爪が襲いかかり、リベリオは剣で受け止めた。重い一撃で、リベリオの足が少し地面に沈み込む。ガードの開いた胴を狙って人獅子が硬く握った拳を撃たれるが、身を翻して躱し、そのまま横に一閃を放った。

 重い刀身が作り出す破壊力は魔獣の胴体を切り離すかと思われた。しかし、人獅子は刀身を肘と膝で挟むようにしてリベリオの攻撃を防いだ。

 目を見張るリベリオの顔面に人獅子の拳が直撃する。

 大剣を手放し、数歩よろめくように後ずさるリベリオ。人獅子は大剣を自分の少し後ろに突き立てた。

「ちっ、めんどくせえ」

 そう言って鼻血を拭うと、人獅子と同じようなファイティングポーズをとった。

 さきほど同様に顔面目がけて拳を打たれたリベリオは、ガードせずに避けると、的確に人獅子の顔を打ち抜く。

 わずかに後ろに仰け反った人獅子は、なんとか踏ん張りすぐに構えを取りなおす。しかしリベリオの攻撃を捌ききれない。ガードを固めればフェイントで崩され、攻撃に転じれば不可避のカウンターをもろに浴びる。

 倒れはしないものの、格の違いを見せつけられるようなパンチを何度も顔面に食らい、両腕のガードが頭を覆うようになったころ、リベリオは人獅子の鳩尾に左拳を翳すように当てた。

「『義腕の枝』」

 リベリオが唱えると、腕が瞬く間に槍のように伸び、魔獣の胸を貫いた。茫然とする魔獣。リベリオは腕の槍を引き抜くと、そのまま魔獣の首を切り落とす。

 リベリオは大剣を取り戻すと、テルのもとに一飛びで引き下がった。

「テル、急いで援軍を呼んできてくれ」

 リベリオは大量の汗を流しながら、視線をクォーツに向けたままテルに言った。

「近くに兵が来ているはずだ。悪いが、お前じゃ戦力にならないし、魔人を前にして逃げるわけにもいかない」

 遊びのない真剣な言葉。ほんの少しでも視線を外す余裕がないほどの相手をテルが請け負える道理がない。当然の判断だったが、テルはすぐに頷くことができなかった。

「でも……」

「おいおい、俺を心配してるのか?」

「……」

 弟子に心配されるほど、まだ落ちぶれちゃいない。揶揄うような口元はそう言いたげで、どうしてこんなときまで、と辟易してしまいそうになって気づいた。リベリオはそれくらいの冗談を言えるくらい余裕があることを伝えたいのだ。

「……わかった」

「ああ、頼む。それと、ニアを任せたぞ」

「ああ」

「約束だ」

 テルが頷くのを見ると「走れ!」と叫んだ。
 テルは馬がいる場所まで駈け出した。追手の気配はないが、新たな魔獣の雄叫びが聞こえる。きっとリベリオが足止めをしているのだ。

 口惜しさが込み上げるが、今はそれを飲み込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...