上 下
30 / 81
第1章 無垢な君への道標

第1章30話 不運

しおりを挟む
 暴力による木と土の破壊音が絶え間なく続く。
 魔人を名乗る少女ティヴァの自己紹介のあとから、命を掛けた鬼ごっこが始まった。

 大猿の魔獣はいつの間にか腕二本新しく生やしたことで、攻撃の勢いは増し、テルは回避に専念することしかできないでいた。

 テルはほんのわずかな隙に、剣を生成し、そのまま投げつけたが、そのほとんどが舞い散る土砂に阻まれる。稀に大猿まで届いても、

「全然効いてないじゃん」

 テルは嘆くが、その声は誰にも届かない。
 大猿が大地に拳打を叩きこむと、波が起こったように隆起し全てを飲み込みながら土が巻き上がる。 
 轟音を立てる土石流を遮蔽物に転がり込んで、間一髪凌ぐ。魔獣は別方向を向いているが、いつ衝撃がこちらまで波及かはわからない。

―――遭遇したら死ぬ気で逃げろ。

 リベリオの言葉が耳元によみがえった。リベリオにあれほど言わしめた魔人が今目の前にいる。
 なぜよりによって魔人と遭遇してしまうのか。そんなふうに自分の運命を呪ってもよかったが、テルにはそれ以上に違和感があった。

―――お前を殺しにきたから死ね。

 テルは殺されなくてはいけない覚えはないが、魔人ティヴァは間違いなくそう口にしていた。

 「おい、攫った人をどこにやった!」

 テルは違和感の正体を掴むため、わざわざティヴァの前に飛び出しすと怒鳴るように問いかけた。

「ああ?」

 ティヴァは不機嫌そうに顔を歪めたが。何か面白いことを思いついたかのように口端を上げた。

「これのことかぁ?」

 鷹揚な動作でなにかをテルに投げるようにした。すると、かすかに見えた小さな粒が急激に膨れ上がり、やがて人の、小さな女の子の姿に変貌した。

 テルは想定外の出来事に体が固まってしまい、女の子はそのまま地面に落下した。


 紛れもなく先ほどの女の子だった。当然、さっきリベリオの家まで助けを求めてやってきた少女がこの場にいるはずがない。
 今、攫われた人が正体不明の異能で捕らわれていたのかと思ったが、様子がおかしい。

 横たわった少女は、びくりと大きく体を震わすと、上半身を起こしてテルに顔を向けた。

「み、皆が……おっき、ききいぃぃい……まっじゅうううにいぃぃぃいいい」

 顔はたしかに同じだったかもしれない。しかし、虚ろな目と口を動かさずに不気味な声を洩らし続ける様子をテルは見覚えがあった。それは、魔獣を人に似せたなにかだ。

 考えてみれば、テルの家に来た少女もどこか様子がおかしかった。泣きじゃくりながら長い道のりを歩いてきた少女は身綺麗過ぎたのだ。

「いいぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいい」

 少女に擬態した魔獣が奇声をあげると、顔が真っ二つに裂け、中から鋭い牙が現れた。魔獣は四つん這いになってテルに駆け寄る。
 テルは嫌悪感で肌が粟立ち、そのまま魔獣を切り伏せた。

「うわあ、人殺しだぞ」

 魔獣が灰になっていく様を見届けると、ティヴァは嘲るように呟く。

「ヒトモドキは醜くて弱くて嫌いぞ。だけど、使い勝手がいいんだよなあ」

 穏やかなようすで一人ごちるティヴァの視線は魔獣だった灰に向けられている。その様はまるで自分のコレクションを鑑賞するような恍惚とした感じがある。


 そんな魔人の粘っこさと激しさの入り混じったような視線を向けられて、テルは確信した。

 理由はわからないが、この魔人の標的はテルだ。

 獣の魔人と名乗っただけあって、魔獣を自由に生み出せるのだろう。その異能でヒトモドキ生み出し、テル一人を森までおびき出したのだ。

「なんで俺を殺そうとするんだよ」

 ぼんやりとうわごとを言うティヴァは、テルに声をかけられたことに気づくと急に顔を顰めた。さっきから表情がころころと変わってせわしない。

「はあ? お姉さまに頼まれたからに決まってるだろうが」

「お姉さま……?」

 姉がいる。予期しない言葉にまたテルは唾を飲んだ。

「お姉さまはやっとソニレを崩壊させる算段がついたって言って、最近はずっと笑顔で素敵なんだぞ」

 ティヴァは恍惚とした表情を浮かべ、お姉さまのことを話すが、その内容は不穏そのものだ。

「ロンドは死んで、シスは留守。残ったのは気違いカミュと腰抜けリベリオだけ! あははははは! 魔獣たちがこの国の人間を殺しつくす様が目に浮かぶぞ!」

 発言のないようが徐々に苛烈さを帯びていき、ティヴァは一人で半狂乱に陥っている。

「俺を殺す理由がまだ説明してもらってないんだけど」

「チッ。うるせえな。てめえを殺す。リベリオもカミュも殺す。それでアタシたちの脅威はなくなる。お前頭が弱すぎるぞ」

「随分お喋り好きなんだな」

「ふんっ、玩具や動物とのお喋りは、女の子の嗜みだぞ?」

 敵に内情を話しすぎだとテルは皮肉るが、ティヴァから帰ってきたのは、テルなど物ともしないという自慢げな凶悪な笑みだった。


「やれ」

 小さくティヴァが言い放つと同時に、テルはティヴァに剣を投げた。大猿はその剣を弾き飛ばすと、また長い腕をテルに向かって振り下ろす。

 ティヴァの話を真に受けるなら、ソニレとリベリオの身に危機が迫っている。悠々自適に大猿の肩で傍観に徹するティヴァには、その言葉を真実だと思わせる迫力があった。
 とにかくこの場から生きて逃げなくてはならない。しかし、うまく逃げおおせても、ティヴァがテルを狙い続ける限り、周囲の人にも危害が及びうる。

 テルは覚悟を決めたように、小さく息を吐いた。


 今ここで、ティヴァを倒す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。 一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

処理中です...