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第1章 無垢な君への道標

第1章11話 狩人の条件

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「俺、魔獣狩りやってみたいと思うんだ」

 その日、テルはテーブルに身を乗り出して、一大決心をリベリオに告げた。この決断を下すまで、二日ほどの眠れない夜と越え、人狼への恐怖に打ち勝ち、ついにリベリオに打ち明けたのだった。 

「あー、まあ、いいんじゃね」

 しかしリベリオの返答はあまりにあっさりとしていて、反対されようと何とかして説得してみせるとやる気に漲っていたテルは盛大に空回りした。

「もっと反対されるかと思った。異能は極力使うなとか言ってたのに、それでいいの?」

「世間に大っぴらにならない分には問題ないだろ。そもそも、テルには魔獣狩りになって欲しかったし」

「なる、ほど」

 力なく落ちるように椅子に座るテル。ニアはリベリオの隣で淹れたお茶をすすっている。

「だけどテル」

 リベリオは引き締めたような顔をテルに向けた。

「本当にいいのか? 今度は無事じゃ済まないかも知れないんだぞ」

 命だとか死という言葉を使わないのは、テルの気持ちを尊重したいというリベリオの気遣いだ。
 そしてテルはそれを理解してなお、自分の中に揺れる部分が見つからず、真っ直ぐに頷いた。
 
 リベリオは「わかった」と息をついて増えた仕事に辟易するように言った。

「じゃあお前、今日から俺の弟子な」



--・--・--・--



 リベリオとの剣の特訓が始まったのは一週間後の朝からだった。
 
 リベリオは練習用に木製の模擬剣を用意したが、テルは同じものを得意げに異能で作り出す。

「まずは、どれくらいできるのか試す。剣の経験は?」

「修学旅行で買った木刀で少し遊んだくらい」

「なんだそれ」

「いや、わからん」

 リベリオはピンと来ていない様子だったが、テルも同様に言葉の意味が判然としなくなる。不意に出た言葉の中身がどんどん塗りつぶされていき、不快感が込み上げる。あの古都の名前さえ思い出せない。

「限りなくゼロってことで」

 鼻から期待していなかったようで「わかった」と言ったリベリオは持っていた剣をテルに向ける。

「とりあえず、自分が思うようにやってみるといい」

 すると、今まで何ともなかったリベリオから重々しい圧が放たれているように感じ、テルは身を竦める。

「俺は受けるだけだ。怖がらなくていい」

 軽く深呼吸をして、剣をリベリオに向けて構える。「本気で来い」テルの目を見て、挑発するようにリベリオが言った。

 初めてなのだからダメでもともとだ。

 テルは模擬剣をぎゅっと握り大地を強く蹴って、リベリオに木刀を振り上げた。



「記憶があるときにも剣は握ってなかったみたいだな」

 苦笑交じりの言葉が、テルの胸に突き刺さる。
 初めて剣を振り、何も教えられないままぼこぼこに打ちのめされたテルは大の字に横になって空を仰いでいた。

「受けるだけっていってたのに!」

 大声でリベリオを非難する声は、涙混じりだ。

「泣いて悲観するほどじゃなかったぞ。飲み込みの早さはかなりのもんだ」

「そうじゃない!」


 端的にいえば、テルには剣のセンスがあった。
 序盤は目も当てられないほどだったが、アドバイスや型の指南を受けるたびに目に見えて動きが良くなっていった。

 しかしテルが調子に乗り始めたことを察したリベリオは、

「今度はこっちも軽く打ち込むから、防いでみろ」

 そう言ってテルの伸びかけた鼻を根元から削ぎ落したのだった。

「足りないのは明白だな。経験と基礎的な筋力」

 そりゃそうだろうとテルは不貞腐れるように顔を背けるが、リベリオは意に介しておらず、腕を組んでいると「よし」と呟いた。

 おもむろに地面に手をかざすと、岩の柱が生成された。神殿にもちいられるような無骨な円柱。リベリオは穏やかな丘に不相応な代物を魔法で生み出したのだ。

「これを切り倒せるようになるまでは基礎鍛錬だ」

「切るってこの柱を?」

 テルはそういわれて体を起こした。高さは自分と同じ程度だが、その太さは抱きつくとなんとか手が握れそうなくらいで、中が空洞でないこともわかった。

「剣を振るときはさっき言った型を意識しろ。あと使うのは木製の模擬剣だ」

「嘘だろ……?」

 絶句するテルはリベリオをまじまじ見つめるが、冗談を言っている素振りはない。

「こんなのに真剣を使ってたら刃こぼれしてダメになるだろ」

「その事情、俺にはあんまり関係ないんじゃ」

「ズルしてもすぐわかるからな」

 眉を寄せるリベリオ。建前はすぐに露呈した。
 鉄より木のほうが、岩を壊しにくいため特訓になる。それだけの話だ。

「これを壊せたら少しずつ実戦に慣らしていく」

「……質問があるんだけど」

 言うべきことは全て言ったというようなリベリオにテルが小さく手を上げる。

「リベリオはこれを切ろうとしたらどれくらい時間がかかる?」

 リベリオは顎髭を触るようにすると、にやりと口角をあげた。
 空いた手でテルを少し下がらせ、持っていた模擬剣を構えると、一気に斜めに振り下ろした。

 最後まで振り切られた、もう使い物にならない模擬剣と、重々しい音とともに地面に落ちた石柱の上半分。

 リベリオは質問に対して、

「一太刀」

 と自慢げに答える。

 格好をつけさせる前振りをしてしまった不満もあるが、一撃で石柱を切り伏せた事実に、テルは空いた口が塞がらない。

 リベリオは破壊した石柱の隣に新しいものを、先ほどと同じ工程で作りだすと、模擬剣を肩に乗せ家のほうに歩き出す。

「目標は二週間だな」

「短い……」

「文字が分かるようになって暇だったんだろ、丁度いいじゃねえか」

 リベリオは手をひらひらと振って立ち去った。



 それからの日々は単調で、特筆するべきことは筋肉痛と頭痛が新しい友人になったことくらいだろう。

 筋肉痛は言わずもがな、頭痛のほうは少し特殊なようで、魔法版筋肉痛の「魔力返り」と言うらしい。普段魔法を使わない人間が急に魔法を使うと、尋常じゃない頭痛に苦しめられるというものだ。

 言われてみれば魔獣に襲われた翌日は頭が重かったことを思い出した。突然魔法を多用すると、体に負担が掛かるようで、重度なものだと命に関わるらしい。

 テルに異能を使わないつもりはなく、後々のリスクを減らすために毎日寝る前に、疲れるまで砂を出しては消してを繰り返し、徐々に異能と魔力に慣れようとしていた。


 そして石柱を木刀で切りつけた。型を意識し、無駄をなくし、とにかく必死にひたすらに木刀を振った。


 そして、目標の二週間が経過したその日、リベリオは石柱を生やした丘を見下ろし、腕を組んだ。

「ひとまず合格か」

 破壊された石柱を前に、リベリオは渋々認めるといった様子であったが、テルの胸は達成感の清々しさで満たされていた。
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