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第1章
第十七話 みつからない答え
しおりを挟む……視線を感じる気がする。
瞼を閉じながら感じとった違和感に、眠りから目をさます。寝る前にかんじていた夜鷹のぬくもりは消えていて、ソファには俺しかいない。かわりにどこから持ってきたのか、肌触りのいいタオルケットが俺の腹にかけられていた。それが心地よくて包まっていると、ふふ、と笑いを含んだ声が聞こえた。
「起きましたか?」
タオルケットから覗き込むように顔を出すと、俺が眠っている間に自分の仕事を片付けていたようで、黒革の椅子に座り、デスクと向き合う天羽がじっとこちらを見つめていた。
「ん……、」
「寝息があまりにも小さいので、夜鷹もマジマジと観察していましたよ。寝起きに口に合うかは分かりませんが、どうぞ」
「ありがと」
少し掠れた寝起きの声に、天羽はマグカップを俺に渡した。ちょうど喉が渇いたとおもってて、中身はあたたかいお茶で、からだのしんがあたたまる。寝起きで主語がない返事しか返せなかったけど、天羽は俺が何を伝えたいのか伝わるおかげで、ストレスを感じない。
そのうち、食事も着替えも何もかも天羽がやってくれそうで、ボケーっとそんなことを思っていると、天羽が長い脚を折り曲げて、俺に覆いかぶさるようにソファに膝を付く。そのまま滑らせるように、つう、と天羽の長くしなやかな指先が喉元をなぞった。
「んッ、なに…?」
「汗、少し暑かったですかね。次からは気を付けます」
次、次ってなんだろう。次もまた俺をかいがいしく世話をしてくれるのか。ずるずるとソファに倒れ込むように背中をつけると、ニ、三個開けていたシャツのボタンを天羽が留めていく。
そっくりだ。千景と天羽は似ている。
俺が本当は着替えも何もかも自分で出来ると知っていながら、俺にやらせない。何が楽しいのかしらないけど、世話をしていることを愉悦に感じているのは感じとれた。
だから何と言うか、すべてを委ねたくなる。今だって、脱力して何もしない俺の寝癖のついた頭に触れ、整えてくれている。
「あもー、いまなんじ」
「16時30分です。小鳥居君達も十分ぐらい前まで居ましたが、部屋に帰りました」
「…かえった?じゃあ、俺もかえる」
「でしたら送って行きましょうか?ちょうど私も切り上げようと思っていた所なので」
「うん、おねがい」
半分冗談で言ったつもりだった。
次の瞬間、天羽は俺の両膝に手を添えると、ぐいっと思いきり持ち上げて立ち上がった。たしかに歩くのがすこしめんどくさいなと思ってたけど、物理的に持ち上げられるとは思ってなかった。
ふわりとした浮遊感に目を丸くすると、天羽はにこりと笑う。どこにそんな力があるのか。
まあ、いいや。考えるのもめんどくさい。
「カードは持っていますね?」
「ん、右ポケットにある」
「階は何階ですか?」
「三階」
天羽がカードとか階はどこか聞いてくるのは、寮に必要だからだ。
この学園の寮は全部屋オートロックで、鍵のカードが無いとはいれない。一般生徒はシルバーのカード、俺達役職持ちはブラックのカードを持っている。
寮の一階はエントランスになってて、二階は食堂とかショッピング施設がある。三階から五階まで、俺達は好きな階に住むことが許されているけど、俺が三階なのは少しでも校舎までの歩く距離を減らしたいから。
ちなみに、最上階にはプールとか映画を楽しめるシアタールームが併設されてるけど、一回も足を運んだことはない。
「着きましたよ」
「ありがと」
今までも、これからも利用することはきっとないんだろうなとか、天羽の腕の中で揺られて考えているうちに、いつの間にか目的地である三階にたどり着いていた。「着きましたよ」と言われゆっくりと地面に降ろされた俺は、緩慢な動きで制服のポケットから部屋のカードを取り出す。
「部屋まで送らなくて大丈夫ですか?」
「もう大丈夫」
「少し心配ですね。ちゃんと制服は脱いで寝るんですよ」
「はいはい」
適用に返事をすれば、天羽は疑わし気に俺をみた。そんなに心配なのか、しばらく無言のまま見つめ合っていると、天羽は根負けしたのかふうっと肩で息をする。それから、名残惜しそうに俺の頬をすり、と一撫でし、俺に背を向けた。
エレベーターの前で天羽は、指先を伸ばしボタンを押す。その動作を目で追って、俺はその背中に声を掛けた。
「天羽」
「…はい?」
「おやすみ」
扉が閉まる一瞬、天羽の驚いた目が見えた。何か言いかけた天羽の口がはくり、と動いて扉はしまる。何を言いかけたのかしらないまま、俺は五階へと昇っていくエレベーターを見届けた。
ああ、だめだ。
さっきまで寝ていたのに、ねむたくなってきた。
静けさの広がる廊下をふらふら歩き、自室の扉にカードをかざす。軽い機械音をたててひらいた扉に身を滑りこませて、どさっ、と音を立ててベッドに倒れこむと、やわらかな柔軟剤のかおりにつつまれた。それから、あもうに制服をぬげといわれたのをおもいだして、ブレザーをぬぎすてる。
ぬいだ。これでいいだろ。
「おやおや、凛月様。そのままお眠りになられたら制服が皺になってしまいますよ」
「……んん、いいだろ別に。どうせやってくれるんでしょ」
――ちかげ。
枕元に立つ男にそうつぶやいて、ごろんと寝返りをうつ。
例え俺がねむっていても、ちかげは俺の着ている服をぬがせて、風呂にいれて、パジャマに着替えさせて、ベッドまで運んで、朝になったら俺を起こして、朝ご飯をたべさせる。
今だって、ほら。
ちかげは微動だにせず、瞼をつぶって、ただ寝そべっている俺のシャツのボタンをなれたように一つ一つ外している。その行為を無抵抗に受け入れていると、語りかけるようにちかげが口を開く。
「凛月様がこの学園にご入学されて数日が経ちましたが、学校はどうですか?」
「……どうって」
あらためて聞かれるとこまる。教室には全然いかないし。授業ももう全部しってる。容赦なく俺に突きささる複数の視線はきらいだ。黄色い声もうるさい。俺は檻にとじこめられて、展示されている動物じゃない。夜鷹はうざい。桐生もうざい。
ただ、お月様は静かですき。
透璃と伊織はいっしょにいてらくだ。この前だって、俺の手をひいて面倒をみてくれた。天羽はよくわからない。学校がすきかきらいかで聞かれたら、こたえられない。だって家の中と、ぜんぜんちがう。慣れるまで我慢はできるけど、おちつかない。
「…おしえて、ちかげ」
「ふふ、私にはお答えできません。その答えはきっと、学園で見つかりますよ」
はぐらかされて、眉間にしわがよる。最近のちかげはいじわるだ。俺を学校にいかせて、教えてもくれない。あー、もう。ねる。眠気が限界をむかえていた俺は一瞬で眠りにさそわれる。
意識が落ちる前に、ほら、腰を上げてと言われ腰を浮かせる。
するり、と脚からズボンがすべり落ちるのと同時に、俺は眠りにおちていた。
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