10 / 21
第1章
第七話 生徒会室
しおりを挟む
「ただいま戻りました」
えと、あー…副会長の…あ、天羽。天羽の後をついて、生徒会室に入った時、足元が柔らかく沈んだ。俺、なにか踏んだのかな。
足元を見ると、部屋の雰囲気を壊さない程度に派手な赤い絨毯が敷かれていた。なんだ、絨毯か。少し踵を浮かせて、もう一度踏む。それだけの動作で、踵はまた沈んでいく。
この絨毯に寝転んだら、心地よく眠れそうだ。
癖になりそう感触を一人で楽しんでいたら、隣から控え目な笑い声が聞こえた。
「なに」
「ふははっ…あ、ごめんねぇ。子猫が前足で毛布をふみふみするのに似てて、かわいくて」
「…ふみふみ」
そ、ふみふみ――と、派手な髪色をした人が肩に腕を回してきた。その拍子に、ふわり、と甘い匂いが香った。何の匂いだろう。思い出せそうで、思い出せない。花の名前だったような気がする。
いっそのこと、本人に聞いてみるか。
人のことを言えないが、鎖骨辺りまで開かれたシャツから視線を上に移すと、緩く垂れさがった目が笑った。
「んー、なあに?」
顔を上げたのと同時に、大きな腕にふわりと抱きしめられた。
甘い匂いが強まって、すん、とかるく胸に吸い込む。ああ、なんだか思い出せるかもしれない。ゆるりと瞼を下げて、ぼんやり浮かんだのは何かの木。花を咲かせているのは、小さな橙黄色。
――あともう少し。
そんなところまで来たのに、おい、と低く威圧する声に瞼を開ける。
窓硝子から降り注ぐ、光に照らされた部屋の奥の、黒革の椅子。そこに、一人の男が座っていた。その周囲には俺達人数分の机が並べられている。その上には一台一台、デクストップパソコンに、最低限必要なものが設置されていた。じゃあ、あの人が会長なのかな。
「――ああ?天羽、俺は新しい書記と庶務を連れて来いと言ったはずだ。俺は子猫を連れて来いなんて言ってねえぞ」
黒革の椅子から立ち上がった会長は、俺の前で立ち止まる。立ち上がった会長は、俺よりも十センチは背が高く、そのせいで見下される形になった。
あまりにも顔を凝視されるものだから視線を逸らすと、ぐい、と親指と人差し指で顎を掴まれ上へ向かせられる。
まるで、顔を逸らすなと言われているようだった。
そのせいで嫌でも目と目が合い、ジッと会長の瞳を見つめる。
会長の瞳は夜雨の日の空の色に似ていた。この学園のブレザーが白だから、浮かぶ雲によく映えている。
あまり見ていると、手を伸ばしてしまいそうだ。あんなに遠くにあるのに近く感じてしまう、そんな感じ。
黙って目を離さないでいると、会長の中指が頬から少しずれ、俺の顎裏を撫でた。この人は、本当に俺を猫だと勘違いしているのではないのか。
少しムッ、と眉間に皺を寄せると、会長はふは、と笑う。
「三年の生徒会長、夜鷹真琴だ」
頭に重みが加わったかと思うと、乱雑に頭を撫でられる。見た目と言動とは裏腹に、思ったよりも優しい手付きに俺は文句を言うタイミングを逃してしまう。
会長はそのまま生徒会室から出て行き、俺を抱き締めていた男は苦い顔を見せ、そして、俺の頬に手を宛てた。
「…跡はついてないね。夜鷹さんは強引だなー…」
「貴方も、いつまでくっついているつもりで?」
「もー、しょうがないなぁ。俺は、聖隼人。気軽に名前で呼んでねぇ」
「ひじり」
聖でも隼人でもどっちでもいいけど、何となく名字で呼ぶと、聖は名前で呼んでよー、とすり寄るように俺の肩口に顔を埋める。
……近い。
さっき会ったばかりなのに、どうしてゼロ距離に近寄るんだ。そのせいで、聖の息が首筋にかかって触れたそこが熱い。早く離れて欲しくて、俺は聖を無視することにした。
――それが、いけなかった。
「ぅ、あ……ッ!?」
ぬる、と首筋を舌がなぞって、僅かに噛まれた。
意味が、分からない。脳がそれに気づいた途端、パニックに襲われて、聖の頭を髪が引っこ抜ける勢いでぐいっ、と引き離す。いたた、と聖が喚いているけど知らない。
デスクトップの前まで行って、おそるおそる噛み付かれた部分を見ると、うっすらと歯型が残っていた。
「ちょ、何してんの!?」
「こちらへ、凛月君」
どうして噛み跡ついたんだ?と首を傾げていると、腰に手が回る。そのまま引き寄せられ、天羽の腕の中へと収まった。顔を僅かに上げると、天羽はにこりと笑う。
聖から離れられたのはいいけど、次は天羽の体温と匂いに包まれて、顔に熱が集まる。
慌てて腕から抜け出そうとすれば、背中にまわる手にさらに力が込められて動けない。
「それで、貴方は何故そのような奇行を?」
「だってしょうがないでしょー?無視されたら悲しいよ」
だからって、噛み付くのはへんだと思う。こんなことをする人間と出逢ったのは初めてだ。家で飼っている犬でもこんなことしない。
悲しんでいるらしい聖に相変わらずあまったるい眼差しを向けられて、俺は隣に立っている天羽の長い脚を凝視しながらぽつりと胸の中で呟く。
――ねむい。
早く寝て、なにも考えたくない。眠れば揺り籠の中で、何も考えず漂っていられる。ふあ、と耐えきれずに欠伸を漏らすと、腰に回った手に微かに力がこもった。
「では皆さん、行きましょうか」
「…え?行くってどこに?」
「食堂です」
えと、あー…副会長の…あ、天羽。天羽の後をついて、生徒会室に入った時、足元が柔らかく沈んだ。俺、なにか踏んだのかな。
足元を見ると、部屋の雰囲気を壊さない程度に派手な赤い絨毯が敷かれていた。なんだ、絨毯か。少し踵を浮かせて、もう一度踏む。それだけの動作で、踵はまた沈んでいく。
この絨毯に寝転んだら、心地よく眠れそうだ。
癖になりそう感触を一人で楽しんでいたら、隣から控え目な笑い声が聞こえた。
「なに」
「ふははっ…あ、ごめんねぇ。子猫が前足で毛布をふみふみするのに似てて、かわいくて」
「…ふみふみ」
そ、ふみふみ――と、派手な髪色をした人が肩に腕を回してきた。その拍子に、ふわり、と甘い匂いが香った。何の匂いだろう。思い出せそうで、思い出せない。花の名前だったような気がする。
いっそのこと、本人に聞いてみるか。
人のことを言えないが、鎖骨辺りまで開かれたシャツから視線を上に移すと、緩く垂れさがった目が笑った。
「んー、なあに?」
顔を上げたのと同時に、大きな腕にふわりと抱きしめられた。
甘い匂いが強まって、すん、とかるく胸に吸い込む。ああ、なんだか思い出せるかもしれない。ゆるりと瞼を下げて、ぼんやり浮かんだのは何かの木。花を咲かせているのは、小さな橙黄色。
――あともう少し。
そんなところまで来たのに、おい、と低く威圧する声に瞼を開ける。
窓硝子から降り注ぐ、光に照らされた部屋の奥の、黒革の椅子。そこに、一人の男が座っていた。その周囲には俺達人数分の机が並べられている。その上には一台一台、デクストップパソコンに、最低限必要なものが設置されていた。じゃあ、あの人が会長なのかな。
「――ああ?天羽、俺は新しい書記と庶務を連れて来いと言ったはずだ。俺は子猫を連れて来いなんて言ってねえぞ」
黒革の椅子から立ち上がった会長は、俺の前で立ち止まる。立ち上がった会長は、俺よりも十センチは背が高く、そのせいで見下される形になった。
あまりにも顔を凝視されるものだから視線を逸らすと、ぐい、と親指と人差し指で顎を掴まれ上へ向かせられる。
まるで、顔を逸らすなと言われているようだった。
そのせいで嫌でも目と目が合い、ジッと会長の瞳を見つめる。
会長の瞳は夜雨の日の空の色に似ていた。この学園のブレザーが白だから、浮かぶ雲によく映えている。
あまり見ていると、手を伸ばしてしまいそうだ。あんなに遠くにあるのに近く感じてしまう、そんな感じ。
黙って目を離さないでいると、会長の中指が頬から少しずれ、俺の顎裏を撫でた。この人は、本当に俺を猫だと勘違いしているのではないのか。
少しムッ、と眉間に皺を寄せると、会長はふは、と笑う。
「三年の生徒会長、夜鷹真琴だ」
頭に重みが加わったかと思うと、乱雑に頭を撫でられる。見た目と言動とは裏腹に、思ったよりも優しい手付きに俺は文句を言うタイミングを逃してしまう。
会長はそのまま生徒会室から出て行き、俺を抱き締めていた男は苦い顔を見せ、そして、俺の頬に手を宛てた。
「…跡はついてないね。夜鷹さんは強引だなー…」
「貴方も、いつまでくっついているつもりで?」
「もー、しょうがないなぁ。俺は、聖隼人。気軽に名前で呼んでねぇ」
「ひじり」
聖でも隼人でもどっちでもいいけど、何となく名字で呼ぶと、聖は名前で呼んでよー、とすり寄るように俺の肩口に顔を埋める。
……近い。
さっき会ったばかりなのに、どうしてゼロ距離に近寄るんだ。そのせいで、聖の息が首筋にかかって触れたそこが熱い。早く離れて欲しくて、俺は聖を無視することにした。
――それが、いけなかった。
「ぅ、あ……ッ!?」
ぬる、と首筋を舌がなぞって、僅かに噛まれた。
意味が、分からない。脳がそれに気づいた途端、パニックに襲われて、聖の頭を髪が引っこ抜ける勢いでぐいっ、と引き離す。いたた、と聖が喚いているけど知らない。
デスクトップの前まで行って、おそるおそる噛み付かれた部分を見ると、うっすらと歯型が残っていた。
「ちょ、何してんの!?」
「こちらへ、凛月君」
どうして噛み跡ついたんだ?と首を傾げていると、腰に手が回る。そのまま引き寄せられ、天羽の腕の中へと収まった。顔を僅かに上げると、天羽はにこりと笑う。
聖から離れられたのはいいけど、次は天羽の体温と匂いに包まれて、顔に熱が集まる。
慌てて腕から抜け出そうとすれば、背中にまわる手にさらに力が込められて動けない。
「それで、貴方は何故そのような奇行を?」
「だってしょうがないでしょー?無視されたら悲しいよ」
だからって、噛み付くのはへんだと思う。こんなことをする人間と出逢ったのは初めてだ。家で飼っている犬でもこんなことしない。
悲しんでいるらしい聖に相変わらずあまったるい眼差しを向けられて、俺は隣に立っている天羽の長い脚を凝視しながらぽつりと胸の中で呟く。
――ねむい。
早く寝て、なにも考えたくない。眠れば揺り籠の中で、何も考えず漂っていられる。ふあ、と耐えきれずに欠伸を漏らすと、腰に回った手に微かに力がこもった。
「では皆さん、行きましょうか」
「…え?行くってどこに?」
「食堂です」
40
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
秘める交線ー放り込まれた青年の日常と非日常ー
Ayari(橋本彩里)
BL
日本有数の御曹司が集まる男子校清蘭学園。
家柄、財力、知能、才能に恵まれた者たちばかり集まるこの学園に、突如外部入学することになったアオイ。
2年ぶりに会う幼馴染みはひどく素っ気なく、それに加え……。
──もう逃がさないから。
誰しも触れて欲しくないことはある。そして、それを暴きたい者も。
事件あり、過去あり、あらざるものあり、美形集団、曲者ほいほいです。
少し特殊(怪奇含むため)な学園ものとなります。今のところ、怪奇とシリアスは2割ほどの予定。
生徒会、風紀、爽やかに、不良、溶け込み腐男子など定番はそろいイベントもありますが王道学園ではないです。あくまで変人、奇怪、濃ゆいのほいほい主人公。誰がどこまで深みにはまるかはアオイ次第。
*****
青春、少し不思議なこと、萌えに興味がある方お付き合いいただけたら嬉しいです。
※不定期更新となりますのであらかじめご了承ください。
表紙は友人のkouma.作です♪


アリスの苦難
浅葱 花
BL
主人公、有栖川 紘(アリスガワ ヒロ)
彼は生徒会の庶務だった。
突然壊れた日常。
全校生徒からの繰り返される”制裁”
それでも彼はその事実を受け入れた。
…自分は受けるべき人間だからと。

お迎えから世界は変わった
不知火
BL
「お迎えに上がりました」
その一言から180度変わった僕の世界。
こんなに幸せでいいのだろうか
※誤字脱字等あると思いますがその時は指摘をお願い致します🙇♂️
タグでこれぴったりだよ!ってのがあったら教えて頂きたいです!

眺めるほうが好きなんだ
チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w
顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…!
そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!?
てな感じの巻き込まれくんでーす♪

この僕が、いろんな人に詰め寄られまくって困ってます!〜まだ無自覚編〜
小屋瀬 千風
BL
〜まだ無自覚編〜のあらすじ
アニメ・漫画ヲタクの主人公、薄井 凌(うすい りょう)と、幼なじみの金持ち息子の悠斗(ゆうと)、ストーカー気質の天才少年の遊佐(ゆさ)。そしていつもだるーんとしてる担任の幸崎(さいざき)teacher。
主にこれらのメンバーで構成される相関図激ヤバ案件のBL物語。
他にも天才遊佐の事が好きな科学者だったり、悠斗Loveの悠斗の実の兄だったりと個性豊かな人達が出てくるよ☆
〜自覚編〜 のあらすじ(書く予定)
アニメ・漫画をこよなく愛し、スポーツ万能、頭も良い、ヲタク男子&陽キャな主人公、薄井 凌(うすい りょう)には、とある悩みがある。
それは、何人かの同性の人たちに好意を寄せられていることに気づいてしまったからである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
【超重要】
☆まず、主人公が各キャラからの好意を自覚するまでの間、結構な文字数がかかると思います。(まぁ、「自覚する前」ということを踏まえて呼んでくだせぇ)
また、自覚した後、今まで通りの頻度で物語を書くかどうかは気分次第です。(だって書くの疲れるんだもん)
ですので、それでもいいよって方や、気長に待つよって方、どうぞどうぞ、読んでってくだせぇな!
(まぁ「長編」設定してますもん。)
・女性キャラが出てくることがありますが、主人公との恋愛には発展しません。
・突然そういうシーンが出てくることがあります。ご了承ください。
・気分にもよりますが、3日に1回は新しい話を更新します(3日以内に投稿されない場合もあります。まぁ、そこは善処します。(その時はまた近況ボード等でお知らせすると思います。))。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる