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心の準備

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 ひょい、と窓から顔を出してキョロキョロしているエイベル君に手を振る。

 そこで初めて私に気づいたようで、真紅の瞳を零れ落ちそうに見開いた。

 それからエイベル君は慌てて降りてきて、すっと私に手を差し伸べる。

「ごめん、分からなかった。あまりに……綺麗で。黄昏時に現れた妖精だ」

 うわぁあ、殺し文句を平気で言うんだな、この人。しかも嫌味なく。本当にそう思っているみたいな口調なのが憎い。


 男の子たちは黒の燕尾服が多かった。女性を立てようとする気遣いだ。

 エイベル君もそう。でも彼の場合、真紅の瞳がルビーみたいでよけい際立つ。パートナーを待っている女子生徒たちの視線が、エイベル君に集中している。

 ちょっと優越感。私は引き立て役にもならないかな……。

 エイベル君の髪型はいつもみたいにサラッとおろしているわけではなく、サイドから分けて片方を耳にかけていた。

 そこで気づいた。耳に、ルビーのピアスをしていることに。

 私は赤くなる。そうだ、疑似恋人期間にガイアス神生誕祭があったから、私からプレゼントしたのだ。

 年配の人は顔を顰めるけど、生誕祭は恋人がイチャイチャする日に変わりつつある。恋人同士がお互いにプレゼントを贈り合うの。

 だから私もプレゼントをもらった。ドロップ式のダイヤのピアス。五カラットくらいあるんじゃないかな。

 彼の実家は、広大な領地を有するかの北方辺境伯だもんね。跡継ぎだし、自由になるお金はたくさんありそうだけど……なんか悪いな。終わったら、返した方がいいよね。

「ピアス、してくれたんだね」

 馬車に私を乗せる時に、耳たぶに触れてそう囁いてきたエイベル君。たったそれだけの触れ合いなのに、ドキッとなってしまう。

「エイベル君も」
「宝物だから」

 ふわっと微笑まれた。

 うう……なんていうか……こういうのに慣れてしまったから、彼と別れた後はさぞ寂しいんだろう。

 完全にこの鉄面皮を女の子扱いなんだもん。厚手のショールを肩にかけ直してくれるところもスマート。

 嫌になっちゃうな……。

「行こうか」
「うん」

 気恥ずかしくて、それに洗練された格好のエイベル君をまともに見ることができなくて、ふてくされたような返事しかできなかった。

「本当は自動車を買いたかったんだけど、まだ道路交通法の方が整備がされていないから、かえって面倒らしいんだ。でも父の友人がロマンティックな馬車を所持していると聞いて、貸してもらった。ほら、僕ってこの髪の色だし、目は血の色だし、見た目は不吉な感じだろ? だから馬車ぐらいはさ。あの……もしかして僕、やりすぎたかな?」

 と、必死に話しかけてくるエイベル君の声をぼんやり聞きながら、私は明日が合格発表であること、契約はそこまでであることに気を取られていた。

 もう表面上も、エイベル君と私は関わらなくなるのだ。
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