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打ちひしがれるエイベル君

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 ぐいっと彼女たちの間に入り込み、身を挺して喧嘩を止めたのは、喧嘩の原因たるエイベル君その人だ。知らせを聞いて走って来たみたい、肩で息をしている。

「君たち、何をしているんだ?」

 あれ? エイベル君……だよね? あふれ出る鼻血をハンカチで押さえながら、私は眉を顰めた。声の調子が違っていたから、一瞬別人かと思っちゃった。

 それで喧嘩していた女性徒たちも、全員動きを止めた。

 エイベル君だった。まぎれもなく。

 ただ、いつものエイベル君ではない。表情は抜け落ち、おそろしい冷気を放っていた。笑っていないエイベル君って、顔こわっ。

 そうだわ、お父様やお兄様たちもこんな感じ。鋭い美形はニコニコしていないとなんかこう……悪そう。迫力があるのね。

 真紅の瞳を吊り上げ、馬乗りになっていた女子生徒をひょいと持ち上げてどかせた。下になっていた女の子を抱え起こす。

「大丈夫かい? すぐに医務室に──」
「その子、わたしに噛みついたのよ!」

 と、どかせられたパリピが、言い訳するように歯型の付いた腕を見せる。別の乱闘女子らも慌てて被害を訴えた。

「私なんて蹴り入れられて、差し歯が折れたのよ!」
「エイベル君、聞いて、だって私が今の彼女なのに──」
「黙れ」

 エイベル君が低い声で言った。ヒッと女の子たちのボコボコに腫れた顔が固まる。

 エイベル君は無表情のまま、無言で女性徒たちを引きはがし、怪我の様子を確認していく。

「僕が一人に決められないのがいけなかったんだ。全て僕が悪いのに、女の子がこんな風に傷つけあって」

 それからエイベル君は悲しげに目を伏せ、唇を噛み締めた。

「まず皆、医務室に行こう。その後、気が済むまで僕を殴ればいい。それから、僕はもう軽い気持ちでは付き合わないからね」

 えぇええええ! と女性徒たちが金切り声をあげた。

「次は私の番だったじゃない!」
「その次は私よ! 付き合ってみたら好きになれるかもしれないでしょ!?」
「軽い気持ちでも、好きだったら付き合っていいのよ?」

 口々に説得され、エイベル君は額を押さえた。

「僕は皆が同じくらい好きなんだ。特別なんて作れない。だから試しに付き合ってみても、不毛だったんだよ。薄々気づいてきてはいた」

 お試し期間……。すごく好きになれるかもしれないから、とりあえず付き合ってみるってやつ。

 だけど、一か月以上付き合えた娘はいない。契約期間が切れれば、次の予約が入っているからと、容赦なく振られるらしい。

 付き合っても、それ以上の情は生まれなかったってことだ。

 もしかしてこの人、博愛主義なんかではなく……逆に薄情なのだろうか?

 良かった。私もエイベル君のことが気になっていたけれど、彼を本気で好きになったらダメってことは分かっていたものね。

 お試し期間に立候補しなくて良かった……。

 まあ、空きは無かったわけだが。
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