6 / 27
打ちひしがれるエイベル君
しおりを挟む
ぐいっと彼女たちの間に入り込み、身を挺して喧嘩を止めたのは、喧嘩の原因たるエイベル君その人だ。知らせを聞いて走って来たみたい、肩で息をしている。
「君たち、何をしているんだ?」
あれ? エイベル君……だよね? あふれ出る鼻血をハンカチで押さえながら、私は眉を顰めた。声の調子が違っていたから、一瞬別人かと思っちゃった。
それで喧嘩していた女性徒たちも、全員動きを止めた。
エイベル君だった。まぎれもなく。
ただ、いつものエイベル君ではない。表情は抜け落ち、おそろしい冷気を放っていた。笑っていないエイベル君って、顔こわっ。
そうだわ、お父様やお兄様たちもこんな感じ。鋭い美形はニコニコしていないとなんかこう……悪そう。迫力があるのね。
真紅の瞳を吊り上げ、馬乗りになっていた女子生徒をひょいと持ち上げてどかせた。下になっていた女の子を抱え起こす。
「大丈夫かい? すぐに医務室に──」
「その子、わたしに噛みついたのよ!」
と、どかせられたパリピが、言い訳するように歯型の付いた腕を見せる。別の乱闘女子らも慌てて被害を訴えた。
「私なんて蹴り入れられて、差し歯が折れたのよ!」
「エイベル君、聞いて、だって私が今の彼女なのに──」
「黙れ」
エイベル君が低い声で言った。ヒッと女の子たちのボコボコに腫れた顔が固まる。
エイベル君は無表情のまま、無言で女性徒たちを引きはがし、怪我の様子を確認していく。
「僕が一人に決められないのがいけなかったんだ。全て僕が悪いのに、女の子がこんな風に傷つけあって」
それからエイベル君は悲しげに目を伏せ、唇を噛み締めた。
「まず皆、医務室に行こう。その後、気が済むまで僕を殴ればいい。それから、僕はもう軽い気持ちでは付き合わないからね」
えぇええええ! と女性徒たちが金切り声をあげた。
「次は私の番だったじゃない!」
「その次は私よ! 付き合ってみたら好きになれるかもしれないでしょ!?」
「軽い気持ちでも、好きだったら付き合っていいのよ?」
口々に説得され、エイベル君は額を押さえた。
「僕は皆が同じくらい好きなんだ。特別なんて作れない。だから試しに付き合ってみても、不毛だったんだよ。薄々気づいてきてはいた」
お試し期間……。すごく好きになれるかもしれないから、とりあえず付き合ってみるってやつ。
だけど、一か月以上付き合えた娘はいない。契約期間が切れれば、次の予約が入っているからと、容赦なく振られるらしい。
付き合っても、それ以上の情は生まれなかったってことだ。
もしかしてこの人、博愛主義なんかではなく……逆に薄情なのだろうか?
良かった。私もエイベル君のことが気になっていたけれど、彼を本気で好きになったらダメってことは分かっていたものね。
お試し期間に立候補しなくて良かった……。
まあ、空きは無かったわけだが。
「君たち、何をしているんだ?」
あれ? エイベル君……だよね? あふれ出る鼻血をハンカチで押さえながら、私は眉を顰めた。声の調子が違っていたから、一瞬別人かと思っちゃった。
それで喧嘩していた女性徒たちも、全員動きを止めた。
エイベル君だった。まぎれもなく。
ただ、いつものエイベル君ではない。表情は抜け落ち、おそろしい冷気を放っていた。笑っていないエイベル君って、顔こわっ。
そうだわ、お父様やお兄様たちもこんな感じ。鋭い美形はニコニコしていないとなんかこう……悪そう。迫力があるのね。
真紅の瞳を吊り上げ、馬乗りになっていた女子生徒をひょいと持ち上げてどかせた。下になっていた女の子を抱え起こす。
「大丈夫かい? すぐに医務室に──」
「その子、わたしに噛みついたのよ!」
と、どかせられたパリピが、言い訳するように歯型の付いた腕を見せる。別の乱闘女子らも慌てて被害を訴えた。
「私なんて蹴り入れられて、差し歯が折れたのよ!」
「エイベル君、聞いて、だって私が今の彼女なのに──」
「黙れ」
エイベル君が低い声で言った。ヒッと女の子たちのボコボコに腫れた顔が固まる。
エイベル君は無表情のまま、無言で女性徒たちを引きはがし、怪我の様子を確認していく。
「僕が一人に決められないのがいけなかったんだ。全て僕が悪いのに、女の子がこんな風に傷つけあって」
それからエイベル君は悲しげに目を伏せ、唇を噛み締めた。
「まず皆、医務室に行こう。その後、気が済むまで僕を殴ればいい。それから、僕はもう軽い気持ちでは付き合わないからね」
えぇええええ! と女性徒たちが金切り声をあげた。
「次は私の番だったじゃない!」
「その次は私よ! 付き合ってみたら好きになれるかもしれないでしょ!?」
「軽い気持ちでも、好きだったら付き合っていいのよ?」
口々に説得され、エイベル君は額を押さえた。
「僕は皆が同じくらい好きなんだ。特別なんて作れない。だから試しに付き合ってみても、不毛だったんだよ。薄々気づいてきてはいた」
お試し期間……。すごく好きになれるかもしれないから、とりあえず付き合ってみるってやつ。
だけど、一か月以上付き合えた娘はいない。契約期間が切れれば、次の予約が入っているからと、容赦なく振られるらしい。
付き合っても、それ以上の情は生まれなかったってことだ。
もしかしてこの人、博愛主義なんかではなく……逆に薄情なのだろうか?
良かった。私もエイベル君のことが気になっていたけれど、彼を本気で好きになったらダメってことは分かっていたものね。
お試し期間に立候補しなくて良かった……。
まあ、空きは無かったわけだが。
8
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる