上 下
7 / 27

お姫様抱っこですと?

しおりを挟む
 保健委員や、授業中は別室に控えている貴族の護衛らが、慌てふためいてやって来た。そして意気消沈しているレディたちを保健室に連れて行ってくれた。

 エイベル君は、騒がせたことを皆に謝罪して回り、ふと、血だらけのハンカチで鼻を押さえている私に気づいた。

「い、委員長!? 君もキャットファイトに参加したの?」
「……しないわよ。止めようとしただけおわぁああっ!?」

 ひょいと抱きかかえられて、私はガラにも無く派手に狼狽えた。待って待って待って、なんでお姫様抱っこ!?

「たぶん医務室はいっぱいだね。どこかに横になって、鼻をしばらく押さえていないとダメだ」
「そんなの自分でできるってば!」
「でも、顔色が真っ白だよ、貧血を起こしているんじゃないの? 折れていないかな……」

 違うの、元々血色が悪いのよ、私。

 それなのに、結局廊下のベンチに運ばれ、エイベル君の膝に横向きに頭を置かれて寝かされた。

 膝枕っていうか……エイベル君の太腿、固っ! 筋肉質!

「ごめんね、とんだとばっちりだ」

 顔を覗き込んできて申し訳なさそうに言うエイベル君から、私は視線を逸らした。……美形に耐えられない。

 それに、親指でぎゅっと鼻の横を押さえて止血してくるもんだから、なんだか私、小さな子供になったような気分だわ。

「ねえ、もう大丈夫だったら」

 気恥ずかしくて、ブスッとして訴えた。

「委員長、あんな危ないところに飛び込んだらダメだよ。くそっ、ほんとにごめん」
「委員長として止めただけよ。それに、あなたにやられたわけじゃないもの」
「原因は僕だから──」
「だいたい、契約期間内で付き合うって決めたのを了承したのは、あの子たちでしょ? エイベル君が悪いわけじゃないじゃない」

 すると、エイベル君の薄い唇の端がきゅっと吊り上がる。皮肉げに。

「そう? 男友達は俺のことを、入れ食いのクズだって言うよ。何人も食ってる軽い奴だって」

 ああ……まあ、そうね。モテない男子から見たら、そういうことを言いたくなるだろう。

「でも、それで彼女たちはOKしたんでしょ? 周囲がとやかく言うことかしら?」

 エイベル君は赤い瞳を見開いて私を見つめた。しかしすぐに目を逸らし、自嘲気味にポツリと漏らす。

「女の子たちは、僕が真実の愛に目覚めるはずだから、って言うんだ」

 身を起こし、諦めたように投げやりに続けた。

「真実の愛ってなんだよ。誰かを特別に好きになるなんて、そんな奇跡、家族以外であるのかな? あったとしたら、うちの両親くらいだろ」

 いつも楽しそうな彼のイメージからは程遠い暗い口調に、私は驚いた。やだ、エイベル君ヤサグレているわ。

 自分に本当に好きな人ができるのか、不安なのかな。

 女子とたくさん付き合ってみても、それ以上気持ちが膨れ上がらないとしたら……もしかしたら、本当に情が薄いんじゃ……?

「人に興味が無かったりする?」
「え?」

 私は固い太腿から頭をあげて、エイベル君を仰ぎ見た。

「エイベル君、男にも女にも懐いていくけど──極度の寂しがりやなだけで、誰でもいいっていうか……相手にはさほど興味無いのかなって思ったの。だって、傍から見ると変な人にも引っ付いていくでしょ?」
「変な人?」
「とっつきにくい鉄仮面の私にも、こうやって気さくに話しかけてくるし。そうねぇ。あと他にクラスで浮いているのは……ああ、ほら。ヘタレなのに鼻持ちならない侯爵家のハワード君や、たまに全裸になって奇声を上げるヒューバート君にも平気で絡んでいくじゃない?」

 エイベル君は難しい顔で首を傾げた。

「ハワードは虚勢を張っているだけで可愛い奴だし、ヒューバートはパッションを心の中に抑えておけない、ただの熱い奴だよ。君だってニコニコしてはいないけど、別に鉄仮面とは思わないけど」

 さらには、こちらがまごつくほど真剣な口調で伝えてきた。

「委員長は責任感があって真面目で、すごい子じゃないか。みんな、普通にいい奴だ」

 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

束縛婚

水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。 清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

散りきらない愛に抱かれて

泉野ジュール
恋愛
 傷心の放浪からひと月ぶりに屋敷へ帰ってきたウィンドハースト伯爵ゴードンは一通の手紙を受け取る。 「君は思う存分、奥方を傷つけただろう。これがわたしの叶わぬ愛への復讐だったとも知らずに──」 不貞の疑いをかけ残酷に傷つけ抱きつぶした妻・オフェーリアは無実だった。しかし、心身ともに深く傷を負ったオフェーリアはすでにゴードンの元を去り、行方をくらましていた。 ゴードンは再び彼女を見つけ、愛を取り戻すことができるのか。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...