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生誕祭
しおりを挟むネイサンがいなくなってから、数ヶ月が過ぎた。
馬車の中から見える街の並木には、赤や青のオーナメントやリボンが飾り付けられている。
ガーデンスクエアに運ばれたもみの木も綺麗に飾り付けされ、テッペンに星が煌めいていた。
恋人同士はこの生誕祭というイベントを楽しみにし、独り身は相手を探して焦るこの時、私はぼんやりと二ヶ月近く前のハロウィンと比べてしまう。
満ち足りた、ハロウィンだったな。
でも、この冬のイベントは空虚だ。
家族は春まで雪に閉ざされた領地から出られないし、相変わらず友達はいないし、誰からもデートに誘われないし……。
セディですら、なんだか少し大人っぽくなり、落ち着いたと言うか余裕を感じた。幸せそう。推薦が決まりそうなのかしら。
対する私の卒業パーティーは……詰んだわね。
道が混んできて、馬車の進みが遅くなる。卒業研究の論文の残りを早くやらないといけないのに。
イライラしつつ、おそらくは虚ろな顔で、目抜き通りを眺めていたその時だ。
「──っ!?」
思わず座席から立ち上がり、脳挫傷になるほど激しく頭を天井にぶつけていた。
ぐぉぉおおぉぉっと蹲って呻いていると、御者台の窓が開いて、サムが顔をのぞかせる。
「なんかすごい音がしましたが、大丈夫ですかい?」
「え、ええ、ちょっとムシャクシャしてドアを蹴っただけだから」
「生誕祭は、いつから恋人の日になったんでしょうね、神聖なお祝いでしたがね」
サムは憐れみを込めた視線を残し、小窓を閉じた。ジジイに同情され、スンとなるどころではなかった。
私はまたひょこっと窓から外を覗く。
ネイサンが、いた。
宝石店の前に。
やだ、ついに幻が見えるようになった!? 目を擦るも、あの黒髪糸目はどう見てもネイサンだ。
懐かしさで胸がいっぱいになった時、店の中から紙袋を持った背の高い女性が出てきた。
グレイシーさん!?
私はわけもなく窓の下に隠れる。おそるおそる顔を上げると、二人は微笑み合い、並んで歩き出した。飾られた並木道を。
と同時に、渋滞が解消し、馬に鞭をくれる音と共に、馬車は急速に勢いを増した。
窓に張り付き、遠ざかっていく二人の背中を見ながら思う。
手に入れたかったものは、かっさらわれた。ううん、最初からあの人の物だったのかも。
とにかく私は、失敗した。
ネイサンを手に入れる方法、そんなものは無い。執事としてのネイサンに満足していれば、少なくともネイサンはまだそばに居てくれたんだろうけど。
自業自得だわ。
だけど、苦しいだけだものね。隠し通せなかった、気づかれてしまったのなら、これで良かったのかな。
私は愛されたかった。ネイサンから、一個人として特別に愛されたかった。
分かっている。どれほど望んでも、手に入らないものはある。
ひねくれてワガママな女には、絶対に手に入るはずがないのだ。
コートの前をかきあわせ、私は白い息を吐いた。さて、とにかく論文を仕上げよう。
あのな生意気な執事が言っていたじゃない、自立なさいませと。
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