41 / 63
ハロウィンの夜 4
しおりを挟む
景品は黒猫のぬいぐるみ。前足を引っ掛けて、肩に嵌められるような仕様だ。
「可愛い!」
ネイサンはそんな私を見て、諦めたように深い息をついた。
「あれが、欲しいのでございますか?」
グレイシーとやらから、逃げ出したかっただけだけど……まあ、欲しいかな。
でもぬいぐるみを欲しがるなんて、ますますガキくさく思われるかも。
「……」
口ごもる私に、ネイサンは少し困ったように微笑む。
「卒業後のことを、もう少し真剣にお考え下さい」
だって……。
「来年の春からは、もう執事としてお嬢様をサポートできなくなるのですから」
腹部を殴られたようなショック。分かってるわよ、そんなこと。
唇をかみ締めて俯く。分かっているけど、今言うことないじゃない。ハロウィンデートなのに。
ネイサンは悄然とした私に焦ったのか、顔を覗き込んできた。
「せっかくの遊園地です。説教臭い話は止めましょうね」
ネイサンはそう言うと、ハンマー打撃ゲームの前に並んだ。
「列が長いですね」
キョロキョロ辺りを見渡し、懐からお財布を出す。ゲーム代のコインを取って、お財布ごと私に渡してきた。
「私の目の届く範囲で、お待ちくださいますか。占いのブースもございますよ。あと冷たいラムネも売っております」
一緒に並びたかったけど、ネイサンは私にそんなことさせたくないだろうな……。
それにしても、細身のネイサンに黒猫の景品なんて取れるのかしら。
彼の番が来るのを気にしながら、私はガラガラの、いまいち人気のない水晶占いの前に座った。
当たらなさそうだけど、一人だったら長い列に並ぶのはもちろん嫌だもん。だいたい占いなんて興味無いし。
頭からフードを被ったマント姿の老婆は、カボチャのランプを少し押し出し、私の顔を凝視した。
「あんた、ブスだね」
誰も並んでいないの、納得! 立ち上がって回れ右し、別の出店に行こうとしたその時、老婆の声が私の背中に突き刺さった。
「心がドロドロに乱れて、ブスになっておる。恋煩いかい?」
私はまた、老婆の前に腰を下ろしていた。
「わかる?」
「そんなブスくれた顔の乙女が抱えている悩みは、皆同じさ」
私はチラッと背後を振り返る。こちらを監視していたネイサンが、手を挙げて前を示した。列の一番先頭にいたマッチョが、ハンマーを振り下ろすところだった。
ドゴッと鈍い音がして、レールを上に滑っていく錘は、赤い線を超えてしまった。カランカランカランと鐘が鳴る。
「おめでとうございます! 使い魔ニャンコ人形プレゼントです!」
ネイサンの渋い顔。たぶん、景品が何個用意されているのか気にしてるのね。
「ほう、あれが想い人かね」
占い婆はニヤニヤしながら目を細めた。
「今のあんたの顔はいいね。魅力がある」
え?
「ど、どんな顔よ」
「愛しい人を見る、だらしなく蕩けた顔じゃよ。雌豚みたいなな!」
本当にそれ魅力あるのかしらぁあ!? あとなんかトゲない?
「まあいいわ。で、私の恋は実るの?」
手を出された。あ、お金ね。
ずっしりした財布を持ち上げる。老婆は重そうな財布を見て眉を上げた。
「六千ゼニーじゃ」
「ちょっと! ここに書いてある立て看板の三倍じゃない!」
「お前さん貴族じゃろ? ノブレス・オブリージュれよ。それに六千ゼニー出すなら、いいもんをやろう」
私は興味を引かれた。
「何よ」
「わしの調合した薬じゃ」
あら、薬の調合なら私、自分で──。
「恋の叶う魔法の薬じゃ」
胡散臭っ!
しかしながら、お祭りの売り物なんて、そんなインチキ紛いのボッタクリ系がほとんどなのかも?
老婆は、薬包紙に包まれた粉薬らしきものを、私に押し付けた。
「これを飲み物に溶かせ」
「へ、変な毒じゃないでしょうね」
「クククク、アレクサーじゃよ」
私は呆れた。
「アレクサーって、万能薬と騒がれるほど高価な薬草じゃないの。そんなの、学院ですら手に入らないわ!」
やはりインチキ。アレクサーは国の専売になって、医療用にしか卸されていない。少なくともうちの領地で栽培しているものは、厳格に管理されている。
「本当の成分は何よ?」
「そんなに疑うもんじゃないよ、無粋な娘じゃな。恋の魔法薬と言えばみんな買っていくぞ。ほれ見とれ」
老婆は薬包紙を開けて、中の粉を指につけて舐めた。
「うっ!」
「お婆さん!」
「な~んてな! そんな無差別殺人などやるかよ。副作用は眠くなるくらいじゃ」
私は警戒しつつ指をつけ、舐めてみる。甘い。変な薬品の味はしない。睡眠導入剤と……何よ、ただの砂糖じゃない。
「ハロウィンの不思議パワーが入っとる。ほれ、八千ゼニーよこせ」
「なんか値上がりしてない?」
「ハロウィン価格じゃて……くくく」
雰囲気に呑まれて、私はお財布からお金を払った。
まあ、寄付だと思えば……。
「ああそうじゃ。薬を飲ませたら、それからな──」
と、老婆は私の耳にシワシワの顔を寄せ、想い人を落とす方法を教えてくれた。
「可愛い!」
ネイサンはそんな私を見て、諦めたように深い息をついた。
「あれが、欲しいのでございますか?」
グレイシーとやらから、逃げ出したかっただけだけど……まあ、欲しいかな。
でもぬいぐるみを欲しがるなんて、ますますガキくさく思われるかも。
「……」
口ごもる私に、ネイサンは少し困ったように微笑む。
「卒業後のことを、もう少し真剣にお考え下さい」
だって……。
「来年の春からは、もう執事としてお嬢様をサポートできなくなるのですから」
腹部を殴られたようなショック。分かってるわよ、そんなこと。
唇をかみ締めて俯く。分かっているけど、今言うことないじゃない。ハロウィンデートなのに。
ネイサンは悄然とした私に焦ったのか、顔を覗き込んできた。
「せっかくの遊園地です。説教臭い話は止めましょうね」
ネイサンはそう言うと、ハンマー打撃ゲームの前に並んだ。
「列が長いですね」
キョロキョロ辺りを見渡し、懐からお財布を出す。ゲーム代のコインを取って、お財布ごと私に渡してきた。
「私の目の届く範囲で、お待ちくださいますか。占いのブースもございますよ。あと冷たいラムネも売っております」
一緒に並びたかったけど、ネイサンは私にそんなことさせたくないだろうな……。
それにしても、細身のネイサンに黒猫の景品なんて取れるのかしら。
彼の番が来るのを気にしながら、私はガラガラの、いまいち人気のない水晶占いの前に座った。
当たらなさそうだけど、一人だったら長い列に並ぶのはもちろん嫌だもん。だいたい占いなんて興味無いし。
頭からフードを被ったマント姿の老婆は、カボチャのランプを少し押し出し、私の顔を凝視した。
「あんた、ブスだね」
誰も並んでいないの、納得! 立ち上がって回れ右し、別の出店に行こうとしたその時、老婆の声が私の背中に突き刺さった。
「心がドロドロに乱れて、ブスになっておる。恋煩いかい?」
私はまた、老婆の前に腰を下ろしていた。
「わかる?」
「そんなブスくれた顔の乙女が抱えている悩みは、皆同じさ」
私はチラッと背後を振り返る。こちらを監視していたネイサンが、手を挙げて前を示した。列の一番先頭にいたマッチョが、ハンマーを振り下ろすところだった。
ドゴッと鈍い音がして、レールを上に滑っていく錘は、赤い線を超えてしまった。カランカランカランと鐘が鳴る。
「おめでとうございます! 使い魔ニャンコ人形プレゼントです!」
ネイサンの渋い顔。たぶん、景品が何個用意されているのか気にしてるのね。
「ほう、あれが想い人かね」
占い婆はニヤニヤしながら目を細めた。
「今のあんたの顔はいいね。魅力がある」
え?
「ど、どんな顔よ」
「愛しい人を見る、だらしなく蕩けた顔じゃよ。雌豚みたいなな!」
本当にそれ魅力あるのかしらぁあ!? あとなんかトゲない?
「まあいいわ。で、私の恋は実るの?」
手を出された。あ、お金ね。
ずっしりした財布を持ち上げる。老婆は重そうな財布を見て眉を上げた。
「六千ゼニーじゃ」
「ちょっと! ここに書いてある立て看板の三倍じゃない!」
「お前さん貴族じゃろ? ノブレス・オブリージュれよ。それに六千ゼニー出すなら、いいもんをやろう」
私は興味を引かれた。
「何よ」
「わしの調合した薬じゃ」
あら、薬の調合なら私、自分で──。
「恋の叶う魔法の薬じゃ」
胡散臭っ!
しかしながら、お祭りの売り物なんて、そんなインチキ紛いのボッタクリ系がほとんどなのかも?
老婆は、薬包紙に包まれた粉薬らしきものを、私に押し付けた。
「これを飲み物に溶かせ」
「へ、変な毒じゃないでしょうね」
「クククク、アレクサーじゃよ」
私は呆れた。
「アレクサーって、万能薬と騒がれるほど高価な薬草じゃないの。そんなの、学院ですら手に入らないわ!」
やはりインチキ。アレクサーは国の専売になって、医療用にしか卸されていない。少なくともうちの領地で栽培しているものは、厳格に管理されている。
「本当の成分は何よ?」
「そんなに疑うもんじゃないよ、無粋な娘じゃな。恋の魔法薬と言えばみんな買っていくぞ。ほれ見とれ」
老婆は薬包紙を開けて、中の粉を指につけて舐めた。
「うっ!」
「お婆さん!」
「な~んてな! そんな無差別殺人などやるかよ。副作用は眠くなるくらいじゃ」
私は警戒しつつ指をつけ、舐めてみる。甘い。変な薬品の味はしない。睡眠導入剤と……何よ、ただの砂糖じゃない。
「ハロウィンの不思議パワーが入っとる。ほれ、八千ゼニーよこせ」
「なんか値上がりしてない?」
「ハロウィン価格じゃて……くくく」
雰囲気に呑まれて、私はお財布からお金を払った。
まあ、寄付だと思えば……。
「ああそうじゃ。薬を飲ませたら、それからな──」
と、老婆は私の耳にシワシワの顔を寄せ、想い人を落とす方法を教えてくれた。
5
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
おひとり様ランジェリーはスーツの情熱に包まれて
樹 史桜(いつき・ふみお)
恋愛
デザイン部の白石仁奈は、上司の白峰辰仁とともに、長引いた仕事の打ち合わせから会社に戻ってきたところ、灯りの消えたデザイン部のオフィスの校正台の上で、絡み合う男女を発見した。
照明をつけたところ、そこに居たのは営業部の美人主任と同じく営業部のエースだった。
しかもその女性主任は白峰の交際中の女性で、決定的な場面を見られたというのに慌てるそぶりも見せずに去っていった。
すごい人だなあ。AVでもかなりのベストオブこすられシチュエーションじゃないか。
美男美女カップルの破局を見てしまった仁奈は、たった今自分自身もおひとり様となったばかりなのもあって、白峰を飲みにさそってみることにした。
※架空の国が舞台の独自設定のお話で、現実世界の風習や常識を持ち込まず頭を空っぽにしてお読みください。
※濡れ場が書きたい作者の欲求不満解消用の不定期な話。
※R18注意。
※誤字脱字指摘はよっぽど目に余る場合のみ、近況ボードまでどうぞ。
無断転載は犯罪です。マジで。人としてやってはいけないことは認識してくださいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる