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ハロウィンの夜 4

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 景品は黒猫のぬいぐるみ。前足を引っ掛けて、肩に嵌められるような仕様だ。

「可愛い!」

 ネイサンはそんな私を見て、諦めたように深い息をついた。

「あれが、欲しいのでございますか?」

 グレイシーとやらから、逃げ出したかっただけだけど……まあ、欲しいかな。

 でもぬいぐるみを欲しがるなんて、ますますガキくさく思われるかも。

「……」

 口ごもる私に、ネイサンは少し困ったように微笑む。

「卒業後のことを、もう少し真剣にお考え下さい」

 だって……。

「来年の春からは、もう執事としてお嬢様をサポートできなくなるのですから」

 腹部を殴られたようなショック。分かってるわよ、そんなこと。

 唇をかみ締めて俯く。分かっているけど、今言うことないじゃない。ハロウィンデートなのに。

 ネイサンは悄然とした私に焦ったのか、顔を覗き込んできた。

「せっかくの遊園地です。説教臭い話は止めましょうね」

 ネイサンはそう言うと、ハンマー打撃ゲームの前に並んだ。

「列が長いですね」

 キョロキョロ辺りを見渡し、懐からお財布を出す。ゲーム代のコインを取って、お財布ごと私に渡してきた。

「私の目の届く範囲で、お待ちくださいますか。占いのブースもございますよ。あと冷たいラムネも売っております」

 一緒に並びたかったけど、ネイサンは私にそんなことさせたくないだろうな……。

 それにしても、細身のネイサンに黒猫の景品なんて取れるのかしら。

 彼の番が来るのを気にしながら、私はガラガラの、いまいち人気のない水晶占いの前に座った。

 当たらなさそうだけど、一人だったら長い列に並ぶのはもちろん嫌だもん。だいたい占いなんて興味無いし。

 頭からフードを被ったマント姿の老婆は、カボチャのランプを少し押し出し、私の顔を凝視した。

「あんた、ブスだね」

 誰も並んでいないの、納得! 立ち上がって回れ右し、別の出店に行こうとしたその時、老婆の声が私の背中に突き刺さった。

「心がドロドロに乱れて、ブスになっておる。恋煩いかい?」

 私はまた、老婆の前に腰を下ろしていた。

「わかる?」
「そんなブスくれた顔の乙女が抱えている悩みは、皆同じさ」

 私はチラッと背後を振り返る。こちらを監視していたネイサンが、手を挙げて前を示した。列の一番先頭にいたマッチョが、ハンマーを振り下ろすところだった。

 ドゴッと鈍い音がして、レールを上に滑っていく錘は、赤い線を超えてしまった。カランカランカランと鐘が鳴る。

「おめでとうございます! 使い魔ニャンコ人形プレゼントです!」

 ネイサンの渋い顔。たぶん、景品が何個用意されているのか気にしてるのね。

「ほう、あれが想い人かね」

 占い婆はニヤニヤしながら目を細めた。

「今のあんたの顔はいいね。魅力がある」

 え?

「ど、どんな顔よ」
「愛しい人を見る、だらしなく蕩けた顔じゃよ。雌豚みたいなな!」

 本当にそれ魅力あるのかしらぁあ!? あとなんかトゲない?

「まあいいわ。で、私の恋は実るの?」

 手を出された。あ、お金ね。

 ずっしりした財布を持ち上げる。老婆は重そうな財布を見て眉を上げた。

「六千ゼニーじゃ」
「ちょっと! ここに書いてある立て看板の三倍じゃない!」
「お前さん貴族じゃろ? ノブレス・オブリージュれよ。それに六千ゼニー出すなら、いいもんをやろう」

 私は興味を引かれた。

「何よ」
「わしの調合した薬じゃ」

 あら、薬の調合なら私、自分で──。

「恋の叶う魔法の薬じゃ」

 胡散臭っ!

 しかしながら、お祭りの売り物なんて、そんなインチキ紛いのボッタクリ系がほとんどなのかも?

 老婆は、薬包紙に包まれた粉薬らしきものを、私に押し付けた。

「これを飲み物に溶かせ」
「へ、変な毒じゃないでしょうね」
「クククク、アレクサーじゃよ」

 私は呆れた。

「アレクサーって、万能薬と騒がれるほど高価な薬草じゃないの。そんなの、学院ですら手に入らないわ!」

 やはりインチキ。アレクサーは国の専売になって、医療用にしか卸されていない。少なくともうちの領地で栽培しているものは、厳格に管理されている。

「本当の成分は何よ?」
「そんなに疑うもんじゃないよ、無粋な娘じゃな。恋の魔法薬と言えばみんな買っていくぞ。ほれ見とれ」

 老婆は薬包紙を開けて、中の粉を指につけて舐めた。

「うっ!」
「お婆さん!」
「な~んてな! そんな無差別殺人などやるかよ。副作用は眠くなるくらいじゃ」

 私は警戒しつつ指をつけ、舐めてみる。甘い。変な薬品の味はしない。睡眠導入剤と……何よ、ただの砂糖じゃない。

「ハロウィンの不思議パワーが入っとる。ほれ、八千ゼニーよこせ」
「なんか値上がりしてない?」
「ハロウィン価格じゃて……くくく」

 雰囲気に呑まれて、私はお財布からお金を払った。

 まあ、寄付だと思えば……。

「ああそうじゃ。薬を飲ませたら、それからな──」

 と、老婆は私の耳にシワシワの顔を寄せ、想い人を落とす方法を教えてくれた。

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