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ハロウィンの夜 3
しおりを挟むガーデンスクエアに収まる程度の規模とはいえ、それなりに楽しめそうな遊具の数々。
仮装した子供たちが、近隣の家から巻き上げたお菓子を持って、走り回っている。
ポップコーンや揚げドーナツのいい匂いが充満するパーク内は、私の心も童心に帰してくれた。
三歩後ろからついてくるネイサンを待つため、立ち止まってわざと歩調を合わせ、一緒に並んで歩く。
ふふふ、このゴキブリコス、さすがのネイサンも慌てていたわね。下着ではなく水着だし、ワンピは夜だからそんなに透けないのにね!
「何か食べる? ネイサンは夕食がまだでしょ?」
「いえ、出る前に軽くつまみました。お嬢様は……お腹はいっぱいでございますよね」
「そうね。ねえ、何か乗りましょうよ!」
手を繋いで導こうとすると、偶然か故意か、スッと手を髪に持っていかれ避けられる。ちっ。
「いえ、私はお待ちしております」
「ネイサン、お兄様の代わりを頼まれたのではなくて?」
胸に走る痛みを隠し、居丈高に顎をそらす。
「手を繋いで私をエスコートなさい。あなたも乗るのよ!」
困り果てているのかしら、黙っているネイサン。なまじ笑っているように見えるだけに、何を考えているのかサッパリだ。
「命令よ!」
ゴリ押しすると、ネイサンは息をついた。
「仰せのままに」
ガキだな、とでも言うような呆れた声。でも最近そういう無遠慮さが消えてしまっていたので、嬉しくなった。
大きな手が差し出される。今は白の手袋をしていない。そっと手を重ねると、温かさに涙が出そうになる。
この手が、私のものだったらな。
「小さいですね」
ネイサンは包み込むように、軽く手を握ってきた。
「それに、冷たい。お寒いですか?」
心配して覗き込んでくるその顔が、雇い主の娘に対してではなく、私という個人に向けられたものなら。
「平気」
私はぎゅっと手を握り返していた。強く。
回転木馬は全然痛くなかった。おかしいな、ロープを買いに行った店にあった雑誌では、座るところが尖っていたんだけど。
隣を見ると、やはり木馬に跨ったネイサンと目が合った。
「しっかり掴まっていてくださいね」
生真面目に注意してくるネイサン、木馬似合わない! 私は堪えきれなくなって、クスクス笑ってしまった。
いや、無理言って乗せたのは私だけど。なんかシュール!
「お嬢様……」
私が身を捩って笑うものだから、ネイサンは少しムッとなっていた。
夜の遊園地は綺麗。
普段は遊歩道くらいしかないガランとした広場だから、いつもやっていればいいのに。
今度は何に乗ろうかな?
手を繋いで歩いていくと、声が掛けられた。
「ネイサン」
女の人の声に驚いて振り返ると、クラウンのとんがった帽子を被った大人っぽい女性が、チュロスを持って立っていた。
「グレイシー」
ネイサンの声は、微かに弾んだ。
スリットが腿まで入った足は長い。妖艶な魔女の格好だ。網タイツはこうやって履くのよ、とでもいうような、これみよがしなコスだ。
周囲を見渡してから、ネイサンは訝しげに眉をひそめた。
「一人?」
「いえ、前の職場の仲間たちと来ているわ。今みんな、コースターに乗っているの」
木製のレールからごおっと音がして、連なったトロッコが滑り降りてきた。
「わたし、絶叫系だめなの」
「初耳だな」
「あら、一度一緒に行ったじゃない! サウスパークの遊園地」
なぬ!
妖艶な魔女は、その時初めて手を繋いだままの私に気づいた。
私は訳もなくネイサンの腕にしがみつき、威嚇するように睨みつけてしまう。
「あら、どこの子かしら」
子!
「奉公先のお嬢様だ。そうだ、グレイシー。うちのお嬢様は薬剤師志望なんだ。スケジュールが合えば、錬成の補助をできないだろうか」
あ、前言っていた人か! ネイサンが珍しく、べた褒めしていた女性。
「ネイサン、行くわよ!」
私は彼の腕を引っ張った。ネイサンは驚いて私を見下ろす。
「ちょっ……お嬢様!」
「早く!」
「グレイシー、また今度ゆっくり──」
ネイサンは慌ただしく、その女性に手を上げる。
私は内心焦りまくっていた。ネイサンの賞賛する女性のレベルがあんなフェロモン系だなんて! 私の網タイツでは勝てない!
「お嬢様、開局するなら彼女と貴女が話を──」
「ほ、ほら、ハンマー打撃ゲームだって!」
私は派手な鐘の音が鳴る見世物の前にネイサンを連れていき、どうにかごまかした。
「ハンマーを振り下ろして、おもりがあのレールの上の方に行くと景品が貰えるんだって!」
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