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ハロウィンの夜
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そうして、特に何もないままハロウィン当日の夜を迎えてしまった。
テイラー夫人の作ってくれたカボチャ料理をダイニングテーブルに並べると、メイドたちは慌ただしく自分の家に帰っていった。
子持ちだもんね。家でもハロウィンパーティ―をするのだろう。
「テイラー夫人も、もう上がってください。あとは私が」
ネイサンが気を遣うと、エプロンを外して礼を言い、夫人も帰っていった。孫がいるらしい。
「ネイサン、君は大丈夫かい? 実家の方でお祝いは──」
お兄様が心配して聞くと、ネイサンは苦笑して首を振る。
「ええ、先日実家に寄りましたので。今夜はヒューバートもいるから大丈夫です。実は、婚約者も既に住んでおりまして──」
そこで、ハタと言葉を止めたネイサン。
「披露宴で私の弟は、本当に何かいたしませんでしたでしょうか? 先日会った折り『ちょっとやりすぎたかな』と呟いていたのを耳にしたのですが」
「いや、ぜんぜん。気にしないで、いい余興だったよ。ちゃんとあいつの結婚披露宴ではお返しするから、って伝えておいてくれれば」
え、お兄様、どんなお返しをしようとしているのかしら。
「それよりネイサン、良かったら一緒に食べよう」
坊ちゃまは席を勧める。
「食べきれないくらいあるからさ」
「お気遣いありがとうございます」
しかし、ネイサンはやんわり辞退する。
「もったいないお言葉ですが、公私は分けるのが私の流儀でして」
「ああ、君はそうだったね、ごめん。でも片付けは手伝わせてよね」
「坊ちゃま!」
「ネイサンさん」
その時、ひんやりしたルシールさんの声が、ネイサンの言葉を遮る。
「私たち、今日はもう、駅近くのホテルに泊まるの。そして明日は領地に発つのよ」
ブリザードが吹き荒れるような彼女のブルーグレーの瞳に見据えられ、ネイサンが固まる。
「存じておりますが──」
「一宿一飯の恩義を返させて頂けるかしら? 片付けくらいやらせてほしいわ」
「しかし、私の仕事ですので」
どちらも頑固だわ!
「サミュエルには、ホテルまでの送迎を申し付けてございます。明日は学院がお休みです。お嬢様は駅までお見送りに行かれますか?」
ネイサンの話の矛先が、私に向かう。
私とルシールさんの目が合った。周囲から見たら、バチバチと火花が散ったように見えたのかもしれない。一瞬、緊張感溢れる空気が流れた。
「……行かないわよ」
私はつっけんどんに言っていた。お兄様の眉が吊り上がる。
「メイベル!」
「どうせ、また領地で会えるじゃない。私だって里帰りするし。来年は夫婦二人で、ネイサンの弟さんの結婚式だって出るんでしょ? 私の家に──広めの店舗が借りられたらだけど──泊まっていいし」
最後にもごもごと「義姉になったわけだし」と付け足す。
ルシールさんの顔が目に見えて変わった。ぱぁぁぁぁと輝いたのだ。お兄様が眩しそうに手をかざした。そこまでじゃないでしょ!
「メイベルさん、やっと認めてくれたのね」
あの無感動な声色が、今は感激で上ずっている。透けそうな頬に赤みが差し、この人はやたらと笑ってはダメな気がした。たぶん、お兄様は苦労したことだろう。ライバルを蹴落とすのに。
「妹! エイベル君、私にツンデレ妹ができたわ!」
なによ、こんなに喜ぶなら、もっと早く認めてあげれば──口に出して祝福してあげれば良かったわ。
そこからルシールさんが私に話しかける時の呼び方や一人称は変わり、やたら世話を焼くようになった。
「メイちゃん、ニンジン嫌いなの? ダメよ、ネーネーが半分食べてあげるからがんばりなさい」
カボチャのグラタンを食べ、シチューを食べ、煮物を食べ、カボチャプリンまで来た時には、二度とカボチャなど見たくない気になっていたが、それでも美味しかった。
わだかまりが消えたせいかもしれない。
ただ、お兄様はなぜか始終そわそわして、片づけをしたがっていた。
どうにもさっさとこのタウンハウスを引き払いたいらしい。おそらくホテルへ直行したいのだろう。
もう覗かないからうちに泊ればいいのに、とはさすがに気まずくなるから言えない。
「坊ちゃま、本当に片付けは私が済ませますので」
「大丈夫、僕、料理は下手だけど、他の家事の手際は君に負けないと思う」
「そうではなく、既に前かがみに──」
「そうだ! ネイサン、その代わりと言っては何だけど、メイベルを向かいの遊園地に連れていってくれないか?」
ネイサンが虚を突かれて押し黙った。
「ルシールとはもうデートしてきたんだ。今日の昼にメイベルも誘ったんだが……。もう子供じゃないんだから、保護者同伴で行くものじゃない、と断られてね」
私はプイッと横を向く。お義理で連れていってほしいわけじゃないもん。
「それに──」
お兄様はこっそりテーブルの下を指さす。
「ここがもう、コレでさ」
ふわんと膨らますジェスチャー。え? なに?
「……坊ちゃま、下品でございます」
私は首を傾げた。何の話だろう。
「とにかく、頼むよ」
「しかし、ステーションホテルまでのお見送りは──」
「遊園地が閉まってしまうから要らない。サムもいるし、鍵は他にもあるだろ?」
「……お引き受けいたします」
すこし間があった。やっぱり公私混同は嫌なのかな。でも依頼なら受けるのね。命令すれば、なんでもやってくれるのかしら。
例えば、観覧車の上でチューとか。
テイラー夫人の作ってくれたカボチャ料理をダイニングテーブルに並べると、メイドたちは慌ただしく自分の家に帰っていった。
子持ちだもんね。家でもハロウィンパーティ―をするのだろう。
「テイラー夫人も、もう上がってください。あとは私が」
ネイサンが気を遣うと、エプロンを外して礼を言い、夫人も帰っていった。孫がいるらしい。
「ネイサン、君は大丈夫かい? 実家の方でお祝いは──」
お兄様が心配して聞くと、ネイサンは苦笑して首を振る。
「ええ、先日実家に寄りましたので。今夜はヒューバートもいるから大丈夫です。実は、婚約者も既に住んでおりまして──」
そこで、ハタと言葉を止めたネイサン。
「披露宴で私の弟は、本当に何かいたしませんでしたでしょうか? 先日会った折り『ちょっとやりすぎたかな』と呟いていたのを耳にしたのですが」
「いや、ぜんぜん。気にしないで、いい余興だったよ。ちゃんとあいつの結婚披露宴ではお返しするから、って伝えておいてくれれば」
え、お兄様、どんなお返しをしようとしているのかしら。
「それよりネイサン、良かったら一緒に食べよう」
坊ちゃまは席を勧める。
「食べきれないくらいあるからさ」
「お気遣いありがとうございます」
しかし、ネイサンはやんわり辞退する。
「もったいないお言葉ですが、公私は分けるのが私の流儀でして」
「ああ、君はそうだったね、ごめん。でも片付けは手伝わせてよね」
「坊ちゃま!」
「ネイサンさん」
その時、ひんやりしたルシールさんの声が、ネイサンの言葉を遮る。
「私たち、今日はもう、駅近くのホテルに泊まるの。そして明日は領地に発つのよ」
ブリザードが吹き荒れるような彼女のブルーグレーの瞳に見据えられ、ネイサンが固まる。
「存じておりますが──」
「一宿一飯の恩義を返させて頂けるかしら? 片付けくらいやらせてほしいわ」
「しかし、私の仕事ですので」
どちらも頑固だわ!
「サミュエルには、ホテルまでの送迎を申し付けてございます。明日は学院がお休みです。お嬢様は駅までお見送りに行かれますか?」
ネイサンの話の矛先が、私に向かう。
私とルシールさんの目が合った。周囲から見たら、バチバチと火花が散ったように見えたのかもしれない。一瞬、緊張感溢れる空気が流れた。
「……行かないわよ」
私はつっけんどんに言っていた。お兄様の眉が吊り上がる。
「メイベル!」
「どうせ、また領地で会えるじゃない。私だって里帰りするし。来年は夫婦二人で、ネイサンの弟さんの結婚式だって出るんでしょ? 私の家に──広めの店舗が借りられたらだけど──泊まっていいし」
最後にもごもごと「義姉になったわけだし」と付け足す。
ルシールさんの顔が目に見えて変わった。ぱぁぁぁぁと輝いたのだ。お兄様が眩しそうに手をかざした。そこまでじゃないでしょ!
「メイベルさん、やっと認めてくれたのね」
あの無感動な声色が、今は感激で上ずっている。透けそうな頬に赤みが差し、この人はやたらと笑ってはダメな気がした。たぶん、お兄様は苦労したことだろう。ライバルを蹴落とすのに。
「妹! エイベル君、私にツンデレ妹ができたわ!」
なによ、こんなに喜ぶなら、もっと早く認めてあげれば──口に出して祝福してあげれば良かったわ。
そこからルシールさんが私に話しかける時の呼び方や一人称は変わり、やたら世話を焼くようになった。
「メイちゃん、ニンジン嫌いなの? ダメよ、ネーネーが半分食べてあげるからがんばりなさい」
カボチャのグラタンを食べ、シチューを食べ、煮物を食べ、カボチャプリンまで来た時には、二度とカボチャなど見たくない気になっていたが、それでも美味しかった。
わだかまりが消えたせいかもしれない。
ただ、お兄様はなぜか始終そわそわして、片づけをしたがっていた。
どうにもさっさとこのタウンハウスを引き払いたいらしい。おそらくホテルへ直行したいのだろう。
もう覗かないからうちに泊ればいいのに、とはさすがに気まずくなるから言えない。
「坊ちゃま、本当に片付けは私が済ませますので」
「大丈夫、僕、料理は下手だけど、他の家事の手際は君に負けないと思う」
「そうではなく、既に前かがみに──」
「そうだ! ネイサン、その代わりと言っては何だけど、メイベルを向かいの遊園地に連れていってくれないか?」
ネイサンが虚を突かれて押し黙った。
「ルシールとはもうデートしてきたんだ。今日の昼にメイベルも誘ったんだが……。もう子供じゃないんだから、保護者同伴で行くものじゃない、と断られてね」
私はプイッと横を向く。お義理で連れていってほしいわけじゃないもん。
「それに──」
お兄様はこっそりテーブルの下を指さす。
「ここがもう、コレでさ」
ふわんと膨らますジェスチャー。え? なに?
「……坊ちゃま、下品でございます」
私は首を傾げた。何の話だろう。
「とにかく、頼むよ」
「しかし、ステーションホテルまでのお見送りは──」
「遊園地が閉まってしまうから要らない。サムもいるし、鍵は他にもあるだろ?」
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