【完結】天邪鬼でブラコンなメイベルお嬢様は、お仕置きされたいようです【R18】

世界のボボ誤字王

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あら? お兄様が来たわ

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 寝支度を整えた私は、分厚い薬価早見表を抱え、ベッドに腰掛けて、そわそわとネイサンを待っていた。

 ネイサンはいつも、髪が乾いているか、戸締りがしてあるか、掛布が肩まで掛かっているかを確認して、すぐに出ていってしまう。

 もちろん寝る前の朗読や添い寝なんて、頼んだことはない。当たり前だ、幼児じゃあるまいし。

 ちょっと我儘を言ってみただけ。案の定困っていたし、なんか呆れていたわね。ガキ呼ばわりされちゃった! ひどっ!

 ──私ったら、なんであんなこと要求したのかしら?

 今さらながら気恥ずかしくなる。涙を見られて、幼児退行したのだわ。


 今日の入浴剤はカモミールの香りにした。自分で調合したのよ。髪もトリートメントしたし、ガウンも一番お気に入りの、ピンクのフリフリのやつなの。

 ネイサンに、可愛いって思われるかな?

 あっさりした糸目を思い出す。……ないな。

「……まあ、社交辞令では褒めるでしょうね」

 笑顔なんだけど、何考えているか読めない顔で、お似合いですよ、くらいは言ってくれるだろう。

 ふん。

 ところが、扉をノックし、返事も待たずに入ってきたのはお兄様だった。

「あれ?」
「やあ、メイベル。愛しの妹よ! 相変わらず可愛いね! 二時間で解放してくれよ。薬価早見表なんて、普通は人には読ませないぞ?」
「……ネイサンは?」
「え?」

 私はぎゅっと薬価早見表を抱きしめて俯く。薬価早見表、好きじゃないのかしら。普通の人にはつまらないわよね。

「じゃあ、メディカル処方薬辞典にするわ。今日は、ネイサンが読んでくれるって言ったの」

 お兄様は目を見開いた。

「……いや、お兄ちゃんに読んでほしいのかなって……僕は思ったんだけど」

 ショックを受けたように立ちすくんでいる。

「うん、お兄様でも……いいけど」

 でもいい……? と呟き、フラフラと薬価早見表を受け取り、お兄様は力なく私の横に座り込んだ。

「メイベル」
「なぁに?」
「君、ネイサンのことどう思ってるの?」

 どう? 首をかしげた。

「執事よ?」
「そ、そうだね」

 うーん、どう言ったものか、とお兄様は呟いたあと、指をパチンと鳴らした。

「僕とネイサンどっちが好き?」

 は? 私は呆れた。

「比べようじゃないじゃない、お兄様は家族だもの。ネイサンは──」

 ネイサンは、使用人。私はしょんぼり俯いた。

「ネイサンは、仕事で私に尽くしてくれているだけ。だから私のこと、好きなわけじゃないもん……」
「……。君はどうなの? メイベル」

 お兄様の声が、優しく響いた。

「君が涙を見せるなんて」

 え、と私は慌てて頬を拭う。

「分からないわ」

 もどかしいのだ。ネイサンが使用人なのが悲しい。

「とにかく! ネイサンが執事なのが、私、イヤなの」

 昔から感じていた違和感はこれだ。

「ずっとイヤだった」

 仕事で、優しくしてくれるだけなんてイヤ。そうよ、いっそ彼が執事でなかったら──。

 ううん……、もっと違う出会い方をしていたら、ネイサンは私に冷たかったのではないかしら。

 わたし、こんなに可愛くない性格の、嫌われ者だもの。使用人でもなければ、傍にいる義理もないわけだし。

「あ……」

 お兄様が声を上げ、私はパッと顔を上げた。

 部屋の戸口にいつの間にか立っていたネイサンに、やっと気づいた。

「失礼、ノックをしたのですが」

 湯気の立つカップを二つ、トレイに載せていた。

「込み入った話をされていたようですね」

 言ってから、テーブルにホットミルクを置く。

 え……。今の話聞いて──?

 ネイサンは、いつもとなんら変わらない態度で一礼して下がる。

 そのまま部屋を出ていこうとして、少し躊躇ってから振り返った。

「お嬢様は歯に衣着せぬ物言いをされるので、安心していたようです。少したるんでおりました」

 申し訳なさそうな声。

「ご卒業するまでの残りの期間、お嬢様にご満足いただけるよう、身を引き締めてお仕えいたします」
「ちがっ──」

 そういう意味じゃない! ネイサンは執事として立派に──。

 私は退出するネイサンを呼び止めようとして、ふと、引っ掛かりを覚えた。

「……卒業するまでの、期間?」

 扉が閉ざされるのを見とどけてから、お兄様が気遣うように私に声かけた。

「そういう契約だったけど、メイベルが嫌なんだったら、すぐにでも解雇しようか? ごめん、ちゃんとした経歴と紹介状だったから、安心して任せてた。彼に何か問題があったんだね?」
「違うわっ! そうじゃないの! ……うそっ、学院にいる間だけの執事なの?」

 聞いてないわよ! 結婚願望がないって言っていたから、お爺さんになるまでうちに居てくれるかと思ったのに!

 しかしお兄様は首を傾げて、もっともなことを言う。

「当たり前じゃないか。独り立ちし、開業するんだろ? タウンハウスを引き払って、店舗になる建物を借りてそこに住むって話だったはずだよ」

 そ、そう……だった。

「メイベル」

 お兄様は真顔で、噛んで含めるように言った。

「心を預ける相手を、間違えてはいけない 」

 椅子に移ってミルクのカップを手に取る。

「彼は真面目で、よくできた執事だ。ちゃんと最後の日はお別れ会をしようね」

 ミルクをふーふーしてから、私に手渡してくる。

「いやさ、僕は一瞬、メイベルがネイサンを好きなのかな? って思ったんだ」

 私はぽつっと、その言葉を反芻する。

「好き?」
「そう、異性として」

 自分のカップは冷まさず口をつけ、あちっと言うお兄様。

「でも違うみたいで良かったよ。メイベルが彼を好きになって、彼が今すぐ辞めることになったら、次の求人が困るからね。半年も無いから中途半端だし、メイベルのメイド虐めの噂があるからさ。住み込みで働いてくれる人、なかなか見つからないと思う」

 ……?

「今すぐ辞めるって?」

 辞めさせる、じゃなくて? 話が見えない。

「そう、辞めちゃうんだよ」

 お兄さまは唇についたミルクを舐める。

「えとね、彼……女難の相でも出ているのかな。前も、その前の奉公先でも、雇用先の女性から言い寄られていてね……。それで二つとも辞めているんだ」

 ずずっとミルクを啜って、赤い瞳で私をさぐるように見るお兄様。

「だからメイベルがうっかり惚れちゃったら、そこまでだ。すぐにでも彼は、この家から去っていくと思ってさ」
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