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エイベル坊っちゃままた縛られる~執事視点~
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士官学校の制服を着た坊っちゃまは、入学早々始まった三ヶ月の騎兵科実地訓練を終えて、やっと休日をもらったようだ。
さっそく外出許可を申請し、様子を見に顔を出してくれたのはいいが、なぜか午前中だけで、すぐに帰ってしまうと言う。
「泊まることはできないのでございますか?」
お嬢様のせいで複雑に坊っちゃまに巻きついているロープを解きながら、士官学校の厳格さに少し驚いていた。
寮どころか天幕生活だったなら、少しはゆっくりしたかろう。
「……いや、外泊許可は取ってある」
坊っちゃまは、お嬢様に聞こえないように小声で言った。俺は首を傾げる。
「では、タウンハウスにご滞在なさればよろしいではないですか」
「──人を待たせているから」
俺はピンと来た。女か……。
「メイベルには内緒で頼むよ。二人とも、やっともらえた休暇なんだ」
「承知いたしました」
すっかり結び目を解き終わると、扉が開かないよう、取っ手にロープをぐるぐる巻きつけているお嬢様の方を、エイベル坊っちゃまはチラッと窺った。
「あの子には申し訳ないけどね。メイベルは、僕に依存しすぎる。ブラコンだ」
「左様でございますね」
完全にブラコンだ。
坊っちゃまは俺の髪の色を見て、何か考え込んでいる。ふと、クンクン鼻を鳴らし首を傾けた。
「ネイサン、香水付けてる?」
「え? ああ、お嬢様が学院で開発したフレグランスをいただきました。ごく薄い匂いかと存じますが、差し支えますか?」
なんでも女性用の香水が飛ぶように売れ、試しに男性用も少しばかり作ってみたとか。その貴重な一本を、俺にくれた。
近づかなければほとんど分からないくらいの強さで、時間が経てば香りの質が変わる香水とは違い、つけたばかりと同様に香る。
なにげに、お嬢様はすごい方だ。
「使用しなければ許さない、とお嬢様が仰られましたので……」
もしかして私の体臭、臭いですか? と戸惑って尋ねると、お嬢様はこれにはブンブン首を振った。
「無臭すぎて、いるかいないか分からないんだもの」
存在感が薄いと言いたいのか? お嬢様とのやりとりを思い出していると、
「きみ、メイベルのことどう思う?」
坊っちゃまに唐突に聞かれた。
「……? 質問の意味を、理解しかねますが──」
坊っちゃまはニコッと笑う。
「女性として」
いやいや、ガキじゃないかとは、とても言えないが……。
このエイベル坊ちゃまですら、弟と同じ年齢。さらにその五つ下の妹など、興味が有るわけがない。
十個下の中等科の生徒を女性として見たら、完全に変態じゃないか。
「もし女性として興味があったとしたら、エイベル坊っちゃまは速攻で私を彼女から遠ざけなければなりません。あのオリヴァーとかいうフットマンの不埒な内面に気づかなかったのは、旦那様より、坊ちゃまの責任だと思いますよ」
人類皆良い奴だと思うな、と戒めを込めてくどくど説教すると、坊っちゃまはペロッと舌を出した。
「いやさ、僕にはフレグランス、くれなかったから。一年生の時に表彰されて喜んでたし、その後男性用も作ったと手紙が来たときは、真っ先に僕にくれると思ったんだけど……」
肩をすくめる坊っちゃま。
「なんでも、大人の男性向けに作ったから、僕のイメージじゃないんだって。あと、父も貰ってないみたいだよ。コミュ障がつけるものじゃない、って言ってた」
旦那様、コミュ障だったかな??
「気に入られてるんだよ、ネイサン。君ならしっかりしてそうだし、黒髪だしさ、僕の代わりにならないかなって……」
「つまり、ご自分から興味を逸らし、安心して彼女とのラブラブ生活を満喫したいと?」
「ふふふ、笑っているのに顔怖いよ、ネイサン」
「笑っておりません、ただの糸目でございます」
坊っちゃまは差し出した俺の手に頼らず、腹筋を使って床から身を起こし立ち上がった。
訓練の賜物か、初めに見た時より、体はさらに出来上がっているようだ。
「そうか……ネイサンは、前回も前々回の職場でも、女性関係で辞めてるんだろ? 主従NTR系だっけ?」
「人聞きが悪いですね、そうなる前に自衛したのでございます」
それから釘を刺した。
「私はロリコンではございませんし、たとえそうだったとしても、お仕えするお嬢様にそんな不埒な感情は抱きません」
「えー、でもメイベルが好きになっちゃったら?」
俺はうんざりした。坊っちゃま、目を輝かせているな。彼もまだまだ若い。恋バナに持っていこうとするな!
「前と同じです。すぐに辞めさせていただきます」
「それは……困るな」
「では──」
俺は深い溜息をついてから尋ねた。
「坊っちゃまでしたら、いかがですか? 今お付き合いされている方。その方に、お兄様と重ねられて好きになられたとしたら、嬉しいですか?」
執務デスクでウトウトしていた時、目元をペン先でつつかれた俺の身にもなってほしい! 泣きボクロを描こうとしたらしいが。
坊っちゃまはしゅんとなる。なんか耳が見えたぞ、犬に似てるな。
「悪かったよ。確かに、ルシールから兄代わりにされるのは嫌だ。まだペットの方がいい。……いや、待てよ、甘えてこられたら結構うれしいかもな。おにーたん、とか言われてさ」
ぶつぶつと、上の空で言っている坊ちゃまだった。
さっそく外出許可を申請し、様子を見に顔を出してくれたのはいいが、なぜか午前中だけで、すぐに帰ってしまうと言う。
「泊まることはできないのでございますか?」
お嬢様のせいで複雑に坊っちゃまに巻きついているロープを解きながら、士官学校の厳格さに少し驚いていた。
寮どころか天幕生活だったなら、少しはゆっくりしたかろう。
「……いや、外泊許可は取ってある」
坊っちゃまは、お嬢様に聞こえないように小声で言った。俺は首を傾げる。
「では、タウンハウスにご滞在なさればよろしいではないですか」
「──人を待たせているから」
俺はピンと来た。女か……。
「メイベルには内緒で頼むよ。二人とも、やっともらえた休暇なんだ」
「承知いたしました」
すっかり結び目を解き終わると、扉が開かないよう、取っ手にロープをぐるぐる巻きつけているお嬢様の方を、エイベル坊っちゃまはチラッと窺った。
「あの子には申し訳ないけどね。メイベルは、僕に依存しすぎる。ブラコンだ」
「左様でございますね」
完全にブラコンだ。
坊っちゃまは俺の髪の色を見て、何か考え込んでいる。ふと、クンクン鼻を鳴らし首を傾けた。
「ネイサン、香水付けてる?」
「え? ああ、お嬢様が学院で開発したフレグランスをいただきました。ごく薄い匂いかと存じますが、差し支えますか?」
なんでも女性用の香水が飛ぶように売れ、試しに男性用も少しばかり作ってみたとか。その貴重な一本を、俺にくれた。
近づかなければほとんど分からないくらいの強さで、時間が経てば香りの質が変わる香水とは違い、つけたばかりと同様に香る。
なにげに、お嬢様はすごい方だ。
「使用しなければ許さない、とお嬢様が仰られましたので……」
もしかして私の体臭、臭いですか? と戸惑って尋ねると、お嬢様はこれにはブンブン首を振った。
「無臭すぎて、いるかいないか分からないんだもの」
存在感が薄いと言いたいのか? お嬢様とのやりとりを思い出していると、
「きみ、メイベルのことどう思う?」
坊っちゃまに唐突に聞かれた。
「……? 質問の意味を、理解しかねますが──」
坊っちゃまはニコッと笑う。
「女性として」
いやいや、ガキじゃないかとは、とても言えないが……。
このエイベル坊ちゃまですら、弟と同じ年齢。さらにその五つ下の妹など、興味が有るわけがない。
十個下の中等科の生徒を女性として見たら、完全に変態じゃないか。
「もし女性として興味があったとしたら、エイベル坊っちゃまは速攻で私を彼女から遠ざけなければなりません。あのオリヴァーとかいうフットマンの不埒な内面に気づかなかったのは、旦那様より、坊ちゃまの責任だと思いますよ」
人類皆良い奴だと思うな、と戒めを込めてくどくど説教すると、坊っちゃまはペロッと舌を出した。
「いやさ、僕にはフレグランス、くれなかったから。一年生の時に表彰されて喜んでたし、その後男性用も作ったと手紙が来たときは、真っ先に僕にくれると思ったんだけど……」
肩をすくめる坊っちゃま。
「なんでも、大人の男性向けに作ったから、僕のイメージじゃないんだって。あと、父も貰ってないみたいだよ。コミュ障がつけるものじゃない、って言ってた」
旦那様、コミュ障だったかな??
「気に入られてるんだよ、ネイサン。君ならしっかりしてそうだし、黒髪だしさ、僕の代わりにならないかなって……」
「つまり、ご自分から興味を逸らし、安心して彼女とのラブラブ生活を満喫したいと?」
「ふふふ、笑っているのに顔怖いよ、ネイサン」
「笑っておりません、ただの糸目でございます」
坊っちゃまは差し出した俺の手に頼らず、腹筋を使って床から身を起こし立ち上がった。
訓練の賜物か、初めに見た時より、体はさらに出来上がっているようだ。
「そうか……ネイサンは、前回も前々回の職場でも、女性関係で辞めてるんだろ? 主従NTR系だっけ?」
「人聞きが悪いですね、そうなる前に自衛したのでございます」
それから釘を刺した。
「私はロリコンではございませんし、たとえそうだったとしても、お仕えするお嬢様にそんな不埒な感情は抱きません」
「えー、でもメイベルが好きになっちゃったら?」
俺はうんざりした。坊っちゃま、目を輝かせているな。彼もまだまだ若い。恋バナに持っていこうとするな!
「前と同じです。すぐに辞めさせていただきます」
「それは……困るな」
「では──」
俺は深い溜息をついてから尋ねた。
「坊っちゃまでしたら、いかがですか? 今お付き合いされている方。その方に、お兄様と重ねられて好きになられたとしたら、嬉しいですか?」
執務デスクでウトウトしていた時、目元をペン先でつつかれた俺の身にもなってほしい! 泣きボクロを描こうとしたらしいが。
坊っちゃまはしゅんとなる。なんか耳が見えたぞ、犬に似てるな。
「悪かったよ。確かに、ルシールから兄代わりにされるのは嫌だ。まだペットの方がいい。……いや、待てよ、甘えてこられたら結構うれしいかもな。おにーたん、とか言われてさ」
ぶつぶつと、上の空で言っている坊ちゃまだった。
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