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嫌われ者のメイベルお嬢様

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「ねえ、メイベルさん? 錬金術科のセドリック君とはどういったご関係ですの?」

 ある日、ダルトリー伯爵令嬢のホリーさんが私に聞いてきた。

 どういった関係って何よ?

「セディとは中等科からの腐れ縁よ」

 新緑の眩しい季節ということで、今日のお昼休みは学院の中庭──薬学科の女生徒たちと青空ランチ会だ。

 ランチの準備は各貴族の使用人のうち、護衛以外が交代で担当する。ランチボックスやケータリングの手配だけでなく、寮の厨房を借りて、できたての軽食を作らせてもいいのよ。

 上手くできればあるじの株も上がるってものよ。

 本日はネイサンが担当なのだけど、ネイサンの淹れるお茶は最高だから、皆喜んでいる。

 東の国の緑色のお茶を、その場で点ててくれたりするから、みんな興味津々なの。ちょっと鼻が高い。

 みんなが頬張っているのは、握ったり握らなかったりするお米の軽食。海藻で出来たパリパリの紙みたいなのを薄くして巻いて、サンドイッチのように手で持って食べるのよ。

「セドリック君のこと、セディ……ね。ずいぶん仲がよろしいのね」

 ホリーさんったら、しつっこい。まだ絡んでくる。

「男子生徒とそんなに仲がいいと、誤解されないかしら」

 他の令嬢も、ここぞとばかりに口を出してきた。

「お付き合いしていない男女が仲良すぎるのは、どうかと思うわ」
「そうですわ、セドリック君は貴女だけのものではないし」

 私は、ネイサンが美しい所作で注いでくれたホットフルーツティーの、芳醇な香りを楽しむ。

 カットした新鮮な果物を入れて蒸らした紅茶は、爽やかで甘味があって大好きなの。

 私の好みを熟知しているネイサン。いえ、私だけじゃなく、出席者全員のお茶の好みを調べるのよね。隣の令嬢は梅昆布茶にチャレンジしている。

 聞いてなさそうな私に腹を立てたのか、ホリーさんは睨みつけてきた。

「恋人同士なのではないかと噂があるけど、違いますわよね?」

 ガシャン。皆が振り返った。ネイサンが、失礼致しました、と言いながら割れたカップを片付けている。

 珍しいわね、彼が失敗するなんて。

「ごめんなさいね、後でお仕置きしておくわ」

 私も主人として使用人の粗相を詫びた後、ホリーさんを見据えた。

「セディは弟みたいなものよ。言っておくけど、女子生徒に優秀な方がいたら、その方と組んだわ。こんな風に誤解されたくないもの」

 他に友達が居ない、というのもあるけどね。

「だいたい、遊びで実験室に来ている令嬢が多いじゃない」
「まあっ、そんなことないわよ!」

 令嬢たちが憤慨する。私は鼻で笑った。
 
「では、何か成果を出していらっしゃるのかしら? 卒業研究は、何になさるの?」

 もう最終学年よ? 私なんて、既に中等科時代に、しかも一年生の時に表彰されているのよ? 調香師コースの体験授業の時に開発した、ひと月香りが続くフレグランスを、商品化してもらったんだから!

 ホリーさんが悔しそうに言った。

「ス、スライム作りよ」

 え……思ったより本格的じゃない! セディと同じレベルの研究だなんて。侮っていたわ。

 私は身を乗り出して食いつく。

「ホリーさん薬学科なのに、最弱の魔獣を生成しようとしているの!? ホムンクルスとかにも興味あるのかしら! でしたら今からでも錬金術科に編入したほうが──」
「いえ、あの……スライムはそういう本格的なのじゃなくて、洗濯糊とホウ砂と絵の具で……」

 ホリーさんは真っ赤になってもごもごしていたけれど、開き直ったように言った。

「わたくし、ただ……ただ、ネルネルネルネしたかっただけよ!」

 ……。

 なによ、粘土遊びのようなものじゃないの。そんな貴族令嬢の遊び場になっている実験室で、どうやって共同経営者を見つけるのよ。

 ホリーさんは胸を張って、周囲の令嬢たちを見渡した。

「本気で薬剤師に成りたい方って、メイベルさん以外にいるのかしら?」

 真っ白なテーブルクロスの上に、シーンと沈黙が降りる。

 もぐもぐと、おにぎりを食べる音だけが響く。ホリーさんはホッとしたように表情を緩めてから、今度は私に言った。

「ほらね。別にいいじゃない楽しければ。わたくしたち、どうせすぐにお嫁に行くし」

 私は軽蔑しきった目で彼女を見返した。
 
「ええ、いいと思うわ。でも錬金術科の生徒と組むのも別にかまわないわよね。だって他に適任者がいらっしゃらないんだもの」

 ツンッと顎をあげてみせる。

 ……セディがモテることは知っている。

 セドリック・エロイナーは学科は違うけど、すごく可愛い同級生なの。なんだかやけに私に懐いてくるのよね。

 美少年っぷりが止まらなくてモテモテなのに、その名前からは想像できないほどウブで、女子生徒らの気持ちには気づいていないみたい。

 でも、すごく頭がいいのよ。ぜったいいつか、キメラを作ったり人体錬成とかできるようになる人だわ。

 ギスギスした微妙な雰囲気になったところで、低く落ち着いた声がした。

「お嬢様がた、そろそろお開きのお時間でございますよ」

 懐中時計を開いて、昼休みの終了を告げたあと、ネイサンは令嬢たちに質問する。

「本日のランチはいかがでございましたか?」
「最高だったわ、ネイサンさん」
「ご満足いただけて光栄でございます。それと私は執事なので、さんは付けなくてよろしいのですよ」
「ネイサンさんさん」
「ほら、変なことになってしまいましたね」

 にっこり笑うと、令嬢たちがうっとり見とれた。

 ネイサンめ、ただの使用人なのにエリートの護衛騎士くらいモテるから嫌になっちゃう。

 ほら、ホリーさんがギリギリ歯ぎしりしながら、こちらを睨めつけてくる。いやねぇ、嫉妬って醜いわ。

 あなただって専属騎士がいるじゃない。

 ホリーさんの護衛は筋肉の塊。現在の貴族院議長の娘だから、誘拐されかけたことがあるらしいの。

 だから授業中もべったり警護されているんですって。好みではないようで、よく暑苦しいと嘆いてらっしゃるけど、仕方ないわよね。学院の警備員だけじゃご両親も心配みたいだし。

 威圧的なコワモテの筋肉護衛を置いておけば、政敵も刺客を送り込みにくいでしょう。

 ネイサンが紙袋を持ち出し、私に目配せした。私は頷いてみせる。

 この『悪役令嬢』と陰で囁かれ嫌われている私が、こうやってランチ会やお茶会を開けるのも、実家が辺境伯という後ろ盾、卒業生であるお兄様の人徳、そして何よりも、気の利く執事のおかげなの。

 いえ……中等科の最初の一年はランチ会に招待しても、怖がって誰も来てくれなかったもの。完全にネイサンのおかげね。

 私は午後のおやつにと、お昼を御一緒した皆さんにお土産を持たせた。ネイサンが用意した有名店の焼き菓子だ。

「あら、気が利いてますわね」

 一人一人に配るネイサンに令嬢たちは微笑みかけた後、焼き菓子の包みを見て凍り付く。

「素敵な包みだけど、リボンが紐ですわ。それにギチギチに縛ってあるし、どうしてこんな複雑に入り組んでいるの?」
「菱形がやたらたくさんありますわね、解けるのかしら」

 ネイサンが糸目をこちらに向け、抗議するように軽く睨んだ。

 だって……おリボンだとありきたりで物足りなかったのだもの。パンチが足りないと言うか。

 仕方なく私は弁解した。

「しっかり縛っておけば、お持ち帰りしやすいでしょう?」

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