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暑さが本格的になり、下着姿でウダウダしていたとある休日の午後、タウンハウスの呼び鈴が鳴った。
階段下から、ネイサンが応対する声が聞こえる。
しばらくして、私を呼ぶ声が聞こえた。
……なに?
仕方なく頭からコットンワンピースを被り、踊り場から下を覗くと、玄関ホールに懐かしい顔が。
「お兄様!」
自分の顔がパァァと輝くのが分かった。烏の濡れ羽色の髪に、深い赤の宝石が嵌った目元には泣きボクロ、柔らかな微笑を浮かべたその口元には、ボコっとくぼんだエクボ。
階段を駆け下りていって飛びつこうとしたその時、スッとお兄様の前に入った人影がいた。
「???」
手を広げたまま石になっている私の前で、そのスラッとした女性は優雅に一礼する。
「ご挨拶が遅れました。私は貴女のお兄様と御付き合いさせて頂いております、ルシールと申します。エイベル君、なかなか会わせてくれないんだもの……はじめまして、メイベルさん」
私は二歩、三歩と後ずさる。青みがかった鋼色の髪に、ブルーグレーの知的な瞳、整った顔に落ち着いた表情を浮かべた、上品な女性だった。
私はパクパクしたまま、何も言えない。
ロイヤルブルーのドレスは飾り気はないが、モデルみたいな体型と、鉄板が入っているかのような姿勢の良さを、よけいに際立たせている。
思っていたのと違う!
「お嬢様、応接室にお茶をお持ちします。ご案内をお願いしてもよろしいですか?」
ネイサンに言われ、我に返った。今日はテイラー夫人もハウスメイドもお休みだ。
私はガチガチに緊張しながら、お兄様とその婚約者を奥に案内する。
お兄様め、私がウンと言わないから、ついに実力行使ってわけ? いきなり連れてきたわね!
「やー、綺麗に片付いているじゃないか」
お兄様は久しぶりのタウンハウスを見回しながら言った。
「僕が掃除してないと、どうなっちゃうのかな? なんて思っていたんだけど、今の使用人らはがんばってるみたいだね!」
お兄様が使用人の仕事をとっちゃっていたからでしょ!
「まあとりあえずルシール、座ってよ!」
ソファーを示してから、ハッと何かに気づいたように、まず自分が座った。
ポンポンと腿を叩く。
「ここに座って」
──なんで!?
なんの脈絡もなく、いきなりイチャつこうとしているの、お兄様!?
ルシールさんはじっと膝の上を見つめた後、ふぅっと息をつく。
「エイベル君、今日は妹さんにご挨拶に来たのよ、ふざけないで」
叱られてしゅんとなるお兄様。
「メイベルさん、どうぞお掛けください」
はい……と返事して座ってしまいそうになったけど、ここ私の家!
ルシールさんはニコリともせず、私にいきなり切り出した。
「『くたばれ』『裏切り者』『誰が会うものか』と、たくさんお手紙をいただきました。お兄様との結婚を反対されている理由を百四十字以内でお願いいたします」
面接官!? あと文字数短いわね!
表情の乏しい人らしく、ルシールさんがどう思っているのか分からない。黙っていると迫力あるな!
私はぷいっと顔を背け、それからテーブルを挟んだお兄様の方にツカツカ歩いていき、その膝に座った。
「これが答えよ!」
私は隣に座るルシールさんに、挑むように言った。
ちょ、メイベル、もう子供じゃないんだから! と狼狽えるお兄様とその膝の上の私を、ルシールさんは考え深げに見くらべている。
「お兄様はね、このメイベルが一番可愛いの! ね、お兄様」
「メイベル、まったく何を言っているんだ、焼きもちを焼くんじゃないっ」
眉尻を下げてワタワタしているお兄様は、やっぱりお変わりない。優しい大好きなお兄様よ。
首根っこにしがみつき、ドヤ顔でルシールさんを見ると、彼女は顎に手を当ててまじまじとこちらを観察している。
なによ、他人のくせに文句あるの?
「エイベル君の太腿、固くない?」
「え?」
「あと、ゴリゴリしない? 股間の──」
「ルシール!」
お兄様が喚いた。妹にそうなったら真正の変態じゃないかっ、と騒いでいるお兄様。
何のことかしら??
「ふんっ、本当は悔しいくせに。私とお兄様の間に入れないってことくらい分かっているくせに!」
ルシールさんの落ち着いた大人っぽさを剥いでやろうと思ったのに、ぜんぜん動じないのが悔しい。でもきっと内心はギリギリと歯軋りしているに違いないわっ!
「あなたなんて、しょせんウィンドカスター辺境伯の跡継ぎを産むためだけに選ばれた人なのよっ」
私は口の端を吊り上げて、表情を変えないルシールさんに指を突き付けた。
「お兄様の愛情は、このメイベルのものなんだから! ねー、お兄様」
そう言ってお兄様の顔を見た瞬間、私の心臓が縮みあがった。
真紅の瞳が冷酷に光っている。
久々に見た、お兄様のガチの怖い顔。四年に一回くらいかしら、こうなるの。
「メイベル、謝りなさい」
白い冷気を放出しそうな低い声。私はこういう時のお兄様が、いつもとはまるで人が変わったかのようになることを知っている。
で、でも貴族の結婚なんてしょせん、そのためじゃない。そこに真実の愛なんて無いのよっ。家族以外の愛なんて、全部嘘だものっ。
「いやよっ、謝らないわっ」
ルシールさんがお兄様の顔を見て、初めて表情を変えた。息を呑んだのだ。
それもそのはず、抜けていた表情のまま固まっていたお兄様の唇の端が、クイッと吊り上がったからだ。
そう笑顔が戻ったの。
でもその笑顔って、いつもの優しいそれとは違う。サイコパスな笑みだ。平気で人を殺せそうなやつ。
「メイベル、お仕置きされたいようだね」
階段下から、ネイサンが応対する声が聞こえる。
しばらくして、私を呼ぶ声が聞こえた。
……なに?
仕方なく頭からコットンワンピースを被り、踊り場から下を覗くと、玄関ホールに懐かしい顔が。
「お兄様!」
自分の顔がパァァと輝くのが分かった。烏の濡れ羽色の髪に、深い赤の宝石が嵌った目元には泣きボクロ、柔らかな微笑を浮かべたその口元には、ボコっとくぼんだエクボ。
階段を駆け下りていって飛びつこうとしたその時、スッとお兄様の前に入った人影がいた。
「???」
手を広げたまま石になっている私の前で、そのスラッとした女性は優雅に一礼する。
「ご挨拶が遅れました。私は貴女のお兄様と御付き合いさせて頂いております、ルシールと申します。エイベル君、なかなか会わせてくれないんだもの……はじめまして、メイベルさん」
私は二歩、三歩と後ずさる。青みがかった鋼色の髪に、ブルーグレーの知的な瞳、整った顔に落ち着いた表情を浮かべた、上品な女性だった。
私はパクパクしたまま、何も言えない。
ロイヤルブルーのドレスは飾り気はないが、モデルみたいな体型と、鉄板が入っているかのような姿勢の良さを、よけいに際立たせている。
思っていたのと違う!
「お嬢様、応接室にお茶をお持ちします。ご案内をお願いしてもよろしいですか?」
ネイサンに言われ、我に返った。今日はテイラー夫人もハウスメイドもお休みだ。
私はガチガチに緊張しながら、お兄様とその婚約者を奥に案内する。
お兄様め、私がウンと言わないから、ついに実力行使ってわけ? いきなり連れてきたわね!
「やー、綺麗に片付いているじゃないか」
お兄様は久しぶりのタウンハウスを見回しながら言った。
「僕が掃除してないと、どうなっちゃうのかな? なんて思っていたんだけど、今の使用人らはがんばってるみたいだね!」
お兄様が使用人の仕事をとっちゃっていたからでしょ!
「まあとりあえずルシール、座ってよ!」
ソファーを示してから、ハッと何かに気づいたように、まず自分が座った。
ポンポンと腿を叩く。
「ここに座って」
──なんで!?
なんの脈絡もなく、いきなりイチャつこうとしているの、お兄様!?
ルシールさんはじっと膝の上を見つめた後、ふぅっと息をつく。
「エイベル君、今日は妹さんにご挨拶に来たのよ、ふざけないで」
叱られてしゅんとなるお兄様。
「メイベルさん、どうぞお掛けください」
はい……と返事して座ってしまいそうになったけど、ここ私の家!
ルシールさんはニコリともせず、私にいきなり切り出した。
「『くたばれ』『裏切り者』『誰が会うものか』と、たくさんお手紙をいただきました。お兄様との結婚を反対されている理由を百四十字以内でお願いいたします」
面接官!? あと文字数短いわね!
表情の乏しい人らしく、ルシールさんがどう思っているのか分からない。黙っていると迫力あるな!
私はぷいっと顔を背け、それからテーブルを挟んだお兄様の方にツカツカ歩いていき、その膝に座った。
「これが答えよ!」
私は隣に座るルシールさんに、挑むように言った。
ちょ、メイベル、もう子供じゃないんだから! と狼狽えるお兄様とその膝の上の私を、ルシールさんは考え深げに見くらべている。
「お兄様はね、このメイベルが一番可愛いの! ね、お兄様」
「メイベル、まったく何を言っているんだ、焼きもちを焼くんじゃないっ」
眉尻を下げてワタワタしているお兄様は、やっぱりお変わりない。優しい大好きなお兄様よ。
首根っこにしがみつき、ドヤ顔でルシールさんを見ると、彼女は顎に手を当ててまじまじとこちらを観察している。
なによ、他人のくせに文句あるの?
「エイベル君の太腿、固くない?」
「え?」
「あと、ゴリゴリしない? 股間の──」
「ルシール!」
お兄様が喚いた。妹にそうなったら真正の変態じゃないかっ、と騒いでいるお兄様。
何のことかしら??
「ふんっ、本当は悔しいくせに。私とお兄様の間に入れないってことくらい分かっているくせに!」
ルシールさんの落ち着いた大人っぽさを剥いでやろうと思ったのに、ぜんぜん動じないのが悔しい。でもきっと内心はギリギリと歯軋りしているに違いないわっ!
「あなたなんて、しょせんウィンドカスター辺境伯の跡継ぎを産むためだけに選ばれた人なのよっ」
私は口の端を吊り上げて、表情を変えないルシールさんに指を突き付けた。
「お兄様の愛情は、このメイベルのものなんだから! ねー、お兄様」
そう言ってお兄様の顔を見た瞬間、私の心臓が縮みあがった。
真紅の瞳が冷酷に光っている。
久々に見た、お兄様のガチの怖い顔。四年に一回くらいかしら、こうなるの。
「メイベル、謝りなさい」
白い冷気を放出しそうな低い声。私はこういう時のお兄様が、いつもとはまるで人が変わったかのようになることを知っている。
で、でも貴族の結婚なんてしょせん、そのためじゃない。そこに真実の愛なんて無いのよっ。家族以外の愛なんて、全部嘘だものっ。
「いやよっ、謝らないわっ」
ルシールさんがお兄様の顔を見て、初めて表情を変えた。息を呑んだのだ。
それもそのはず、抜けていた表情のまま固まっていたお兄様の唇の端が、クイッと吊り上がったからだ。
そう笑顔が戻ったの。
でもその笑顔って、いつもの優しいそれとは違う。サイコパスな笑みだ。平気で人を殺せそうなやつ。
「メイベル、お仕置きされたいようだね」
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