8 / 63
挙動不審な執事
しおりを挟む
「お嬢様は、恋人を作りたいのでございますか?」
固い口調で尋ねられ、私は口元に──エクボの辺りに──人差し指を当て、上を向いて答えあぐねる。
改めて聞かれるとちょっと違う気もする。
寂しいだけ? でも最終学年だし、単純に寂しいから欲しいというよりは、作らなければならない、ってのもあるわね。だって卒業パーティーがあるのだもの。
卒業パーティーってね、重要イベントなの。
なぜってその時のパートナーとは、それを機に付き合ったり、そのまま結婚したりするから。
だから、彼氏を探すくらい皆慎重なの。
そうね、私を第一に優先してくれて、かつ卒業パーティーのパートナーになってくれる人、それって恋人じゃない!
寂しいのも、それが解決してくれるわ!
ネイサンが来てからは、ランチ会やお茶会に積極的に参加させようとする彼の気遣いのおかげで、学院内ではそれほど浮かなくなった。
あからさまに逃げられたり、無視されたりはしなくなったの。
……とはいえ、それでもこの性格だ。
相変わらず友達すらいないこの私を、好きになってくれる人なんていないもん。
今のところは、デートに誘ってくる異性も皆無。せいぜいお話しする異性は、共に夢に向かって勉強するセディくらいかな。
「まあ……欲しいわね」
小さく答えてから、困惑する。
なんか……ピンとこないな。
だって、傍にいてほしい人は、誰でもいいわけじゃないもの。恋人を作るとなると、それって私の方も好きじゃないといけないわよね?
わたし、家族以外に好きな人なんていないわ。
試しに、クラスメイトの男子とデートしているところを想像してみたけど、別に嬉しくない。だったら一人でブラブラするわよ、うっとうしい。
よく分からないなぁ。
そう言えば、秋には万聖節がある。
これも一昔前は宗教的な行事だったのだけど、今は楽しくバカ騒ぎするためのお祭りになっていた。
特に学院の最終学年になると、女子は仮装パーティーなどのイベントにあちこち参加して、男子とお近付きになろうとするのだ。
さらには冬の生誕祭でモーションをかけて気を引き、聖バレテラデーでチョコをあげて気持ちを伝え、卒業パーティーと同日のホワイトデーで、相手から告白させるように仕向ける。
その時のお返しの品を見て、告白への応えが変わってくるらしいのだけど、上手くいけば──相手の貢ぎ物に満足すれば──そのまま結婚……というパターンが昨今のリア充らの主流だとか。
しかもローレンス陛下の意向で、去年くらいから学院外からのパートナー同伴が許可されたものだから対象範囲も広がって、みんな張り切っている。
つまりハロウィンの祭りは、恋人を作ろうと思うなら外せない、最初のイベントなのだ。
「とりあえずハロウィンにデートしてくれる人、誰か誘ってみようかな」
バカ騒ぎは好きじゃないけど、仮装した人々が歩く飾り付けられた街を歩くのは、楽しいもんね!
そう言えばお兄様が寮に入ってから、ちゃんとしたハロウィンのお祝いをしていない。それに、私がこのタウンハウスでお兄様と過ごせたのなんて、たった一年だもん。
士官学校に入ってからは、ハロウィンどころかめったに逢いに来てもらえなかった。
領地にいる頃から、よく使用人たちに天使の格好をさせられていたお兄様。
「黒に赤い瞳なんだよ、悪魔の仮装の方が合っているよ」
なんて困ったように言っていたけど、お兄様、明らかに中身が天使だもの。
で、私が魔女や悪魔や、魔獣の格好を買って出ていたっけ。
お兄様、私がどんなコスチュームを着ても目を輝かせて、
「可愛いよ! さすが僕の妹だ!」
と褒めちぎってくれたから、なんでも良かったんだけど。
ただ、明らかに使用人らの視線は違った。メイドがコソコソ話しているのが聞こえてしまったし……。お嬢様、似合いすぎるわ。小悪魔の素質があるわよね、って。
どうせ愛らしい天使コスは似合わないわよ、ふん。
私は懐かしくなって微笑んだ。やっぱり、お兄様に傍にいてほしいのかも?
それと……。
私はこちらを窺うネイサンを、逆に盗み見た。
ネイサンがタウンハウスに雇われてからは、毎年カボチャのプディングを作ってくれた。
……たまには裏方のセッティングじゃなくて、一緒にお祝いできないかな?
「今年は一緒にハロウィンやってくれるかしら」
ネイサンが困ったように首を傾げた。
「それをお尋ねする機会を潰したのはお嬢様でございますよ。お嬢様がお二人と会うことを拒絶されたから……」
今のはお兄様のことじゃなくて、ネイサンに言ったんだけどな。
「式の打合せでそろそろ王都にいらっしゃるはずです。最新のお手紙では、お嬢様の許可が下りなければ、延期になると書かれてありました」
私はふぅ、と息をついた。あの後も何通か手紙が来たけど、全部、断固拒否で返してやったわ!
だって、婚約者なんて見たくないもの。
まあ別にお兄様だけなら、会ってやらないこともないわ。あとは勝手にやったらいいのよ。わたしは出席しないもん。
ネイサンは膨れる私を見て、クスッと笑った。駄々っ子を見るような目ね!
「だいたいお兄様が、もっと顔を出してくれていれば良かったのよ!」
「士官学校は厳格で、休日でも敷地内から出るにはいちいち許可が必要だったとか……坊っちゃまとハロウィンができなかったのは仕方ありませんね」
知ってるわ。しかもお祭りや式典などのイベントがある当日は、騎士学校の候補生らと共に王都周辺の警備に駆り出される。反王政のデモや、労働者ストライキなんかが起こりやすいからだ。
「お二人の式の日取りは、ハロウィン前でございます。お嬢様が態度を軟化させ祝福して差し上げれば、今年はきっと……」
慰めの色が含まれたネイサンの声。
えー、でもそれって、新婚の結婚相手も一緒ってことでしょう?
ネイサンが渋い顔をしている私に尋ねた。
「恋人をご所望なのは、坊っちゃまの代わりをさせたいからでございますか? ハロウィンを一緒に過ごしたいから?」
私は強がって顎をツンと逸らす。寂しいなんて思われたらたまらないわ! 同情や哀れみなんて使用人から持たれたら、主人としての威厳が無くなってしまう!
こいつ、ちょっと隙を見せると生意気な態度でマウントとってくるんだもん。
「私は、お兄様が妹をほったらかしなのが気に入らないだけ! 恋人の代わりになんてしたいわけじゃないわ!」
それは本心だ。
「それに、卒業パーティーのパートナーも、早く決めないと」
それも、本心。だって、全員参加の行事だものね。
パートナーイコール恋人なんて変な風潮になったのは、少子化傾向にあるから。
どうやら下ネタ王の異名を持つローレンス陛下──本人は獅子王とか太陽王みたいなかっこいい二つ名をつけてもらいたかったみたい──の策略らしいの。
「もう今からセディにでも頼むかな……」
ボソッと呟く私を、ネイサンは何を考えているかよく分からない糸目で見ていた。
固い口調で尋ねられ、私は口元に──エクボの辺りに──人差し指を当て、上を向いて答えあぐねる。
改めて聞かれるとちょっと違う気もする。
寂しいだけ? でも最終学年だし、単純に寂しいから欲しいというよりは、作らなければならない、ってのもあるわね。だって卒業パーティーがあるのだもの。
卒業パーティーってね、重要イベントなの。
なぜってその時のパートナーとは、それを機に付き合ったり、そのまま結婚したりするから。
だから、彼氏を探すくらい皆慎重なの。
そうね、私を第一に優先してくれて、かつ卒業パーティーのパートナーになってくれる人、それって恋人じゃない!
寂しいのも、それが解決してくれるわ!
ネイサンが来てからは、ランチ会やお茶会に積極的に参加させようとする彼の気遣いのおかげで、学院内ではそれほど浮かなくなった。
あからさまに逃げられたり、無視されたりはしなくなったの。
……とはいえ、それでもこの性格だ。
相変わらず友達すらいないこの私を、好きになってくれる人なんていないもん。
今のところは、デートに誘ってくる異性も皆無。せいぜいお話しする異性は、共に夢に向かって勉強するセディくらいかな。
「まあ……欲しいわね」
小さく答えてから、困惑する。
なんか……ピンとこないな。
だって、傍にいてほしい人は、誰でもいいわけじゃないもの。恋人を作るとなると、それって私の方も好きじゃないといけないわよね?
わたし、家族以外に好きな人なんていないわ。
試しに、クラスメイトの男子とデートしているところを想像してみたけど、別に嬉しくない。だったら一人でブラブラするわよ、うっとうしい。
よく分からないなぁ。
そう言えば、秋には万聖節がある。
これも一昔前は宗教的な行事だったのだけど、今は楽しくバカ騒ぎするためのお祭りになっていた。
特に学院の最終学年になると、女子は仮装パーティーなどのイベントにあちこち参加して、男子とお近付きになろうとするのだ。
さらには冬の生誕祭でモーションをかけて気を引き、聖バレテラデーでチョコをあげて気持ちを伝え、卒業パーティーと同日のホワイトデーで、相手から告白させるように仕向ける。
その時のお返しの品を見て、告白への応えが変わってくるらしいのだけど、上手くいけば──相手の貢ぎ物に満足すれば──そのまま結婚……というパターンが昨今のリア充らの主流だとか。
しかもローレンス陛下の意向で、去年くらいから学院外からのパートナー同伴が許可されたものだから対象範囲も広がって、みんな張り切っている。
つまりハロウィンの祭りは、恋人を作ろうと思うなら外せない、最初のイベントなのだ。
「とりあえずハロウィンにデートしてくれる人、誰か誘ってみようかな」
バカ騒ぎは好きじゃないけど、仮装した人々が歩く飾り付けられた街を歩くのは、楽しいもんね!
そう言えばお兄様が寮に入ってから、ちゃんとしたハロウィンのお祝いをしていない。それに、私がこのタウンハウスでお兄様と過ごせたのなんて、たった一年だもん。
士官学校に入ってからは、ハロウィンどころかめったに逢いに来てもらえなかった。
領地にいる頃から、よく使用人たちに天使の格好をさせられていたお兄様。
「黒に赤い瞳なんだよ、悪魔の仮装の方が合っているよ」
なんて困ったように言っていたけど、お兄様、明らかに中身が天使だもの。
で、私が魔女や悪魔や、魔獣の格好を買って出ていたっけ。
お兄様、私がどんなコスチュームを着ても目を輝かせて、
「可愛いよ! さすが僕の妹だ!」
と褒めちぎってくれたから、なんでも良かったんだけど。
ただ、明らかに使用人らの視線は違った。メイドがコソコソ話しているのが聞こえてしまったし……。お嬢様、似合いすぎるわ。小悪魔の素質があるわよね、って。
どうせ愛らしい天使コスは似合わないわよ、ふん。
私は懐かしくなって微笑んだ。やっぱり、お兄様に傍にいてほしいのかも?
それと……。
私はこちらを窺うネイサンを、逆に盗み見た。
ネイサンがタウンハウスに雇われてからは、毎年カボチャのプディングを作ってくれた。
……たまには裏方のセッティングじゃなくて、一緒にお祝いできないかな?
「今年は一緒にハロウィンやってくれるかしら」
ネイサンが困ったように首を傾げた。
「それをお尋ねする機会を潰したのはお嬢様でございますよ。お嬢様がお二人と会うことを拒絶されたから……」
今のはお兄様のことじゃなくて、ネイサンに言ったんだけどな。
「式の打合せでそろそろ王都にいらっしゃるはずです。最新のお手紙では、お嬢様の許可が下りなければ、延期になると書かれてありました」
私はふぅ、と息をついた。あの後も何通か手紙が来たけど、全部、断固拒否で返してやったわ!
だって、婚約者なんて見たくないもの。
まあ別にお兄様だけなら、会ってやらないこともないわ。あとは勝手にやったらいいのよ。わたしは出席しないもん。
ネイサンは膨れる私を見て、クスッと笑った。駄々っ子を見るような目ね!
「だいたいお兄様が、もっと顔を出してくれていれば良かったのよ!」
「士官学校は厳格で、休日でも敷地内から出るにはいちいち許可が必要だったとか……坊っちゃまとハロウィンができなかったのは仕方ありませんね」
知ってるわ。しかもお祭りや式典などのイベントがある当日は、騎士学校の候補生らと共に王都周辺の警備に駆り出される。反王政のデモや、労働者ストライキなんかが起こりやすいからだ。
「お二人の式の日取りは、ハロウィン前でございます。お嬢様が態度を軟化させ祝福して差し上げれば、今年はきっと……」
慰めの色が含まれたネイサンの声。
えー、でもそれって、新婚の結婚相手も一緒ってことでしょう?
ネイサンが渋い顔をしている私に尋ねた。
「恋人をご所望なのは、坊っちゃまの代わりをさせたいからでございますか? ハロウィンを一緒に過ごしたいから?」
私は強がって顎をツンと逸らす。寂しいなんて思われたらたまらないわ! 同情や哀れみなんて使用人から持たれたら、主人としての威厳が無くなってしまう!
こいつ、ちょっと隙を見せると生意気な態度でマウントとってくるんだもん。
「私は、お兄様が妹をほったらかしなのが気に入らないだけ! 恋人の代わりになんてしたいわけじゃないわ!」
それは本心だ。
「それに、卒業パーティーのパートナーも、早く決めないと」
それも、本心。だって、全員参加の行事だものね。
パートナーイコール恋人なんて変な風潮になったのは、少子化傾向にあるから。
どうやら下ネタ王の異名を持つローレンス陛下──本人は獅子王とか太陽王みたいなかっこいい二つ名をつけてもらいたかったみたい──の策略らしいの。
「もう今からセディにでも頼むかな……」
ボソッと呟く私を、ネイサンは何を考えているかよく分からない糸目で見ていた。
15
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)
幻田恋人
恋愛
夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。
でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。
親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。
童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。
許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…
僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…
【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。
KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※
前回までの話
18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。
だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。
ある意味良かったのか悪かったのか分からないが…
万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を…
それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに……
新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない…
おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる