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第二章

追う者と裏切り者

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 ゲルクは生きていた。

 たんに、旗艦に乗っていなかったというだけのことだ。

 凪状態の上、夜の艦隊移動は衝突の危険が伴う。日が上るまでは、帆走しないはず。

 そう踏んで、忍耐強く待った。

 さらに八点鐘(二回目の夜直の交代の時間)が鳴るのを聞き、やっとその深い闇に紛れて身を潜めていた巡洋艦から離れた。

 ここで見つかるわけにはいかない。

 軍の艦では、夜間四時間交代で半分の乗組員がハンモックに入る。

 そこが狙い時だ。

 海賊にも、捕まった国の法で裁きを受ける権利がある。

 ところが、裁判の簡略化が認められている帝国では、多くは私刑で処分されているらしい。

 だが『月光』の長には自分と同じく多額の懸賞金がかかっているはず。

 死刑は免れないにしても、本人確認が済むまでは、この海でフカのエサにされることはない、と踏んだのだ。

 ゲルクは海に浮かぶ旗艦を見上げ、口の端に笑みを浮かべた。


「仲間を殺し、俺の船を燃やしてくれた礼はたんまり払うぜ。軍人さんたちよ」

 そして――あの男。

「エルグラン……首を洗って待っていろ」

 銀の髪の悪鬼が、そこには居た。




「うゎあぁああぁぁああっ!?」

 叫び声とともに飛び起きたのは、エルグランだった。

 銀の刃が、彼の喉を切り裂く夢。その感触があまりに生々しかったので、汗だくで目を覚ましてしまったのだ。

(俺は今どこにいるんだっけ?)

 一瞬で忘れた何か恐ろしい夢のせいで混乱し、しばし呆然となっていた。

 そうだ……ここは、帝国水軍の船の中だった。

 うつろな目で横を見ると、修繕を終えた帆布の塊の上に、全裸のカティラがぐったりと横たわっていた。

 鎖と手枷はとうの昔に外され、今は縄で軽く縛ってあるだけだった。

 さんざん輪姦され、もう動けないのだ。

 エルグランは、先ほどまで続いていた狂宴を思い出す。

 あの後カティラは、何人もの士官に入れ替わり立ち替わり犯された。

 初めは嫉妬心から阻止しようとしたエルグランだったが、カティラが乱れる姿を見たいという誘惑もありーーけっきょく自分も含め五、六人で犯した。

 あるときは一人一人、あるときは全員で協力して。

 媚薬が浸透し、完全に混乱してしまったカティラは、今や畏怖の対象ではなかった。

 エルグランはついに、自分の中にあった最後の禁忌を犯した。

 海賊団において、首領とは絶対的な崇拝すべき存在だった。

 愛情もプラトニックなものでなければならなかったし、それを破り彼女を腕に抱いたときも、畏敬の念は常にあった。

 しかし、誘惑には勝てなかった。首領を貶めたい。自分と同じ高さ、いやもっと地の底に引きずりこんで、ただの女にしたくなったのだ。

 手の届く女に。

 その想いに突き動かされ、ついに、彼女を床に這いつくばらせた。

 エルグランは目を閉じ、その時のことを思い出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※


「舐めろ」

 自分の口から出た言葉とは思えなかった。

 エルグランは、ボロボロに力つきている首領にそう命令したのだ。

 両手首を荒縄で縛られて床に這いつくばったカティラは、一瞬怯んだようだった。

 しかし背後から近づいた士官が彼女の尻の菊花をせめだしたので、まともな思考はあっさり飛んでしまったらしい。

 さんざん男達に吸われ、腫れあがった唇を半分開いた。

 エルグランは強引に自分の一物をねじ込んだ。喉の奥深くに突き入れられ、カティラはむせ返る。しかし背後から士官に抱きすくめられ、犯されているので身動きは取れない。

「しゃぶれよ。俺のをしゃぶるか、後ろのやつのを口にぶち込まれるか、どっちがいい?」

 カティラは目を閉じた。

 背後の男の男根は、ここにいる男達の中で一番大きい。あれで口を攻められたら、死んでしまうかもしれない。

 おもむろに、柔らかい舌がエルグランの突きつけたそれを優しく舐めまわす。

 絡みつく舌の柔らかさと舌技に、エルグランはうめき声をあげた。

 彼は、その娼婦さながらの技巧に、驚きを禁じえなかった。


 実はカティラは海賊になる前、帝国の奴隷だった。

 西方の島国のよい家柄の娘として生を受けたのに、帝国に侵攻され国は滅ぼされたのである。

 美貌に恵まれ教養もあったカティラは、その時攻め込んできた帝国貴族に囲われ、十歳から十四歳までの少女時代を性人形として奉仕させられたのである。

 十四歳の時、カティラの持ち主だった貴族は、近海を周遊中に『月光』に襲撃された。貴族のお気に入りとして一緒に乗っていたカティラは、そこで今は亡き先代の首領に掠奪されたのだ。

 それは、ゲルクでさえ知らないことだった。

 カティラは思い出したくない記憶とともに、その技巧を蘇らせた。

 玉の袋の一つ一つを口に含み、舌でねぶる。

 うめき声がエルグランの喉の奥からあがってくる。

 陰茎の筋をなぞるように何度も舐め上げられ、亀頭の上でチロチロと舌の先が遊んだ。

 やがてぽってりとした唇を開き、ぱくっと口全体に含むと、ゆっくり、強く、搾り出すようにしゃぶりだした。

 幾度かの出し入れの後、ひときわ強く吸い、すでに何か滲み出してきている先端を尖らせた舌で突付いた――カティラ自身が士官たちに入れ代わり立ち代り背後から突かれているため、それも彼女の口の動きを助けていた。

(こ、これでは……すぐにイってしまう)

 生温かい感触につつまれた男根は、今日は何度も達しているはずなのに、またもやはちきれんばかりに反応している。

「うっぅうっ!」

 悲鳴混じりの叫びは、エルグランの口から漏れたものだった。

 彼は、カティラの口の中に射精していた。

 カティラはとろんとした目を伏せ、白い喉を見せて上を向くと、息を呑んで見守るエルグランの前でごくりとそれを飲み干した。

 腫れた赤い唇の端から、白い糸がつぅっと垂れる。カティラは舌でそれを舐めとり、誘うようにエルグランを見上げる。

(カティラが……首領が俺のを……)

 感激のあまり涙が出そうになった。もちろん媚薬の影響なのだが、エルグランは一瞬だけカティラが自分を愛してくれたという錯覚に陥ったのである。

「カティラ……」

 手を伸ばして抱きしめようとした次の瞬間、カティラは糸が切れた人形のように倒れ伏した。ちょうど背後の男が達したところだったので、勢いのまま彼女におおい被さる。

 ぴくりとも動かない虜囚に、士官は慌てて身を起こした。

「死んだか?」

 それを聞いたエルグランが恐怖にかられカティラに駆け寄ると、女海賊は疲労の極みで気絶しているだけだった。



※ ※ ※ ※ ※



 今、カティラは昏々と眠りについている。

 起きたとき、媚薬は切れているだろう。

 その時、彼女はどうなるのだろう。

 あれほど乱れ、自ら腰をせり出して雌犬のようにガクガクと振った自分に、絶えられるのだろうか。

 カティラはプライドが高い。

(狂うか、死んでしまうかもしれない)

 リンネルの帆布の上で眠っている首領は、男達の精液や唾液にまみれ、べとべとになった藍色の髪の毛を体にまとわせている。

 顔にも体中にも体液や痣、そして噛み痕が残り、薄汚れてボロボロだった。

 それでも、美しかった。

「俺とずっと一緒にいよう」

 エルグランは、その寝顔を見ながら小さく呟いた。

 そんな願いが叶うことなどないと知っているはずなのに。

 エルグランは、弾かれたように顔をあげた。

 突然、ツカツカと艦隊の司令官が入ってきたからだ。

 船底でそのまま寝てしまった部下達を一瞥すると、帆布の上の女海賊に近づく。

「抱きに来たのか?」

 エルグランは投げやりに尋ねた。

 アーヴァインは彼を無視してカティラをじっと見下ろしている。

 何を考えているのか分からない。

 怪訝そうにエルグランが見守っていると、アーヴァインはおもむろにカティラを抱き上げた。

 部屋を出て行こうとする軍人に、エルグランは慌てて追いすがる。

「カティラをどうする気だ?」
「ふん……海に捨てたりはしないさ」

 鼻先で部屋の仕切りを閉じられる。

 エルグランは、アーヴァインの目が潤んでいたことに気づいた。
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