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番外編 ケンカップルの初夜
女王は手に入らない【クライヴ視点】
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ミラベルは、女王だ。悪役令嬢と言われようが、貧乳と言われようが、彼女は絶対に折れないだろう。
案の定、すぐにいつものミラベルに戻った。彼女は強い。
屈しない女王である彼女に、俺は一目置いていた。
俺たちが学院を卒業して間もなく、ヘビントン侯爵夫妻が亡くなった。
その時のミラベルを見て、俺は衝撃を受けた。細い肩を震わせて、兄様を護らなきゃと言っている彼女に、女王であることを求めたくなくなったからだ。
それなのに、俺にしてやれることが何もない。自分が嫌になった。
彼女は気高い。俺なんかの慰めを必要としないかもしれない。
泣いているところを見ていないふりをする方が、彼女にとってはいいのかも。
涙を見られたと知ったらプライドを傷つけられ、屈辱を感じるに違いないから。
それでも俺は、無遠慮にヒューバートの見合い写真を渡してくるデリカシーの無い貴族たちを、追い払った。
もう、ミラベルから後で殴られてもかまいやしない。恨まれても憎まれてもいい。
年齢に相応しく、思いきり泣いてほしくて胸を貸した。
さすがのミラベルも、復活するまでだいぶ時間がかかった。血の繋がらぬうちの家族ですらなかなか立ち直れなかったのだから、当然と言えば当然だ。
笑顔が減って、ますます悪役令嬢などと呼ばれるようになったらしい。
ミラベルの同級生にもデリカシーの無い王族がいるようだから、空気を読まずに平気でそんなことを言ってくるのだろう。
シンシアは繭で包むように守っていたが、ミラベルはどうやって守ればいいか分からない。そういう扱いは望まないだろうから。
結果、普段通りに接して、いつものミラベルに戻すしかないと判断した。
それから一年後、偽装婚約中だったシンシアとヒューバートが破局した。
シンシアは「好きな人ができたからもうやめる」と言い、俺はその好きな相手が誰なのか、探偵を雇って調べようとした。
なぜならシンシアはその相手のために、無理なダイエットをしようとしたからだ。健康を気遣って痩せさせようとしていた俺の努力をあざ笑うかのようにシンシアは痩せていき、ついには髪の毛まで抜け始め、恋煩いの恐ろしさを知った。
「そういうことじゃないのかもしれないわよ。ヒューバート兄様と何かあったんじゃないの?」
ミラベルが注意深くシンシアの様子を見ながら言ったが、二人でシンシアに質問攻めをしても、頑なに何も言わなかった。
「違うわミラベル、わたくしに好きな人ができたの。それに、ヒューバート様には何も聞かないで。彼は優しいから、自分が悪いって言いだすかもしれないけど、わたくしが彼を傷つけたの。何を言っても無視してください。悪いのはこの豚です」
可愛い子豚ちゃんどころか、鶏ガラのようになってきたシンシアを見て、俺は気が狂いそうだった。餓死したらどうしよう。
それなのにヒューバートの奴めは当主の仕事が忙しそうで、ほとんど戻ってこない。いや、領地にもいないことが多いようだ。
そうか……シンシアの状態を知らないからだ。シンシアは頑なに、体調不良を知られないようにしていたから。
それに、ヒューバートも余裕がないように思えた。羊毛の市場はますます縮小している。きっとそれが、ヒューバートを焦らせているに違いなかった。
相談してくれれば手伝えるのに──俺ならまず羊を売れというだろうが──やはり貴族だなと思う。ミラベルと同じく、弱った自分を見られたくないのだろう。
彼は一人で試行錯誤しながら、領地の経営に奮闘していた。
ミラベルはシンシアを心配する俺に寄り添い、慰めてくれた。自分だってシンシアが心配だろうに。
それにヒューバートの奴がなかなか戻ってこないのだ。不安で寂しかったはずなのに、俺のことを気にかけてくれた。
シンシアを退学させて南部に行かせることも、了承してくれた。ミラベルが一番寂しいはずなのに。
傲慢で高飛車でキツい見た目の女王は、我慢強くて慈愛に満ちた賢い女性だった。
そんな風に過ごしてきて、俺は認めるしかなかった。
ミラベルを、一人の女性として見ていることに。
はっきり言うと、彼女を女として愛している。
俺は、その気持ちを認めるとともに、絶望していた。
ダメじゃないか。俺のような下賤の血の者が、彼女を望んでは。
ヘビントン侯爵家の血筋から、過去に王族に嫁いだ者だっていると聞く。
俺は彼女を手に入れることはできない。
ミラベルはやはり俺にとっては女王であり、俺は彼女のご両親に生かされた貧乏人。
どれだけステイプルトン家が金持ちになろうが、彼女との隔たりは埋まらないのだ。
でも、もし今の階級社会が少しでも変わるなら──。
当時、貴族社会の衰退の匂いに気づいていた俺は、そんな希望を抱いてしまった。
俺はその日から、寝る間も惜しんで働いた。国家まるごと買えるほど、金持ちになったらどうだろう?
ミラベルの頬を札束で叩いて、彼女を買える日が来るかもしれないじゃないか。
そうして、あの遺言公開日を迎えた。
彼女を手に入れるチャンスが、巡って来た。
それなのに俺は、怖気づいたんだ。
シンシアはヒューバートだろうが、王族だろうが、どこに出しても恥ずかしくない妹だ。
もちろん嫁にいかないことには越したことはないが、十九歳ともなれば、そうも言ってはいられない。
ならば、最上の結婚相手は近場のヒューバートしかいない。
でも、俺は?
俺は金勘定しかできない、エレガントさのかけらもない、ガツガツした実業家だ。
ミラベルに相応しくない。彼女の横に立つのは、やはり王族くらいじゃないと吊り合わない……。
案の定、すぐにいつものミラベルに戻った。彼女は強い。
屈しない女王である彼女に、俺は一目置いていた。
俺たちが学院を卒業して間もなく、ヘビントン侯爵夫妻が亡くなった。
その時のミラベルを見て、俺は衝撃を受けた。細い肩を震わせて、兄様を護らなきゃと言っている彼女に、女王であることを求めたくなくなったからだ。
それなのに、俺にしてやれることが何もない。自分が嫌になった。
彼女は気高い。俺なんかの慰めを必要としないかもしれない。
泣いているところを見ていないふりをする方が、彼女にとってはいいのかも。
涙を見られたと知ったらプライドを傷つけられ、屈辱を感じるに違いないから。
それでも俺は、無遠慮にヒューバートの見合い写真を渡してくるデリカシーの無い貴族たちを、追い払った。
もう、ミラベルから後で殴られてもかまいやしない。恨まれても憎まれてもいい。
年齢に相応しく、思いきり泣いてほしくて胸を貸した。
さすがのミラベルも、復活するまでだいぶ時間がかかった。血の繋がらぬうちの家族ですらなかなか立ち直れなかったのだから、当然と言えば当然だ。
笑顔が減って、ますます悪役令嬢などと呼ばれるようになったらしい。
ミラベルの同級生にもデリカシーの無い王族がいるようだから、空気を読まずに平気でそんなことを言ってくるのだろう。
シンシアは繭で包むように守っていたが、ミラベルはどうやって守ればいいか分からない。そういう扱いは望まないだろうから。
結果、普段通りに接して、いつものミラベルに戻すしかないと判断した。
それから一年後、偽装婚約中だったシンシアとヒューバートが破局した。
シンシアは「好きな人ができたからもうやめる」と言い、俺はその好きな相手が誰なのか、探偵を雇って調べようとした。
なぜならシンシアはその相手のために、無理なダイエットをしようとしたからだ。健康を気遣って痩せさせようとしていた俺の努力をあざ笑うかのようにシンシアは痩せていき、ついには髪の毛まで抜け始め、恋煩いの恐ろしさを知った。
「そういうことじゃないのかもしれないわよ。ヒューバート兄様と何かあったんじゃないの?」
ミラベルが注意深くシンシアの様子を見ながら言ったが、二人でシンシアに質問攻めをしても、頑なに何も言わなかった。
「違うわミラベル、わたくしに好きな人ができたの。それに、ヒューバート様には何も聞かないで。彼は優しいから、自分が悪いって言いだすかもしれないけど、わたくしが彼を傷つけたの。何を言っても無視してください。悪いのはこの豚です」
可愛い子豚ちゃんどころか、鶏ガラのようになってきたシンシアを見て、俺は気が狂いそうだった。餓死したらどうしよう。
それなのにヒューバートの奴めは当主の仕事が忙しそうで、ほとんど戻ってこない。いや、領地にもいないことが多いようだ。
そうか……シンシアの状態を知らないからだ。シンシアは頑なに、体調不良を知られないようにしていたから。
それに、ヒューバートも余裕がないように思えた。羊毛の市場はますます縮小している。きっとそれが、ヒューバートを焦らせているに違いなかった。
相談してくれれば手伝えるのに──俺ならまず羊を売れというだろうが──やはり貴族だなと思う。ミラベルと同じく、弱った自分を見られたくないのだろう。
彼は一人で試行錯誤しながら、領地の経営に奮闘していた。
ミラベルはシンシアを心配する俺に寄り添い、慰めてくれた。自分だってシンシアが心配だろうに。
それにヒューバートの奴がなかなか戻ってこないのだ。不安で寂しかったはずなのに、俺のことを気にかけてくれた。
シンシアを退学させて南部に行かせることも、了承してくれた。ミラベルが一番寂しいはずなのに。
傲慢で高飛車でキツい見た目の女王は、我慢強くて慈愛に満ちた賢い女性だった。
そんな風に過ごしてきて、俺は認めるしかなかった。
ミラベルを、一人の女性として見ていることに。
はっきり言うと、彼女を女として愛している。
俺は、その気持ちを認めるとともに、絶望していた。
ダメじゃないか。俺のような下賤の血の者が、彼女を望んでは。
ヘビントン侯爵家の血筋から、過去に王族に嫁いだ者だっていると聞く。
俺は彼女を手に入れることはできない。
ミラベルはやはり俺にとっては女王であり、俺は彼女のご両親に生かされた貧乏人。
どれだけステイプルトン家が金持ちになろうが、彼女との隔たりは埋まらないのだ。
でも、もし今の階級社会が少しでも変わるなら──。
当時、貴族社会の衰退の匂いに気づいていた俺は、そんな希望を抱いてしまった。
俺はその日から、寝る間も惜しんで働いた。国家まるごと買えるほど、金持ちになったらどうだろう?
ミラベルの頬を札束で叩いて、彼女を買える日が来るかもしれないじゃないか。
そうして、あの遺言公開日を迎えた。
彼女を手に入れるチャンスが、巡って来た。
それなのに俺は、怖気づいたんだ。
シンシアはヒューバートだろうが、王族だろうが、どこに出しても恥ずかしくない妹だ。
もちろん嫁にいかないことには越したことはないが、十九歳ともなれば、そうも言ってはいられない。
ならば、最上の結婚相手は近場のヒューバートしかいない。
でも、俺は?
俺は金勘定しかできない、エレガントさのかけらもない、ガツガツした実業家だ。
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