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番外編 ケンカップルの初夜
意外にモテるクライヴ
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婚約を発表する場となる侯爵家のパーティーは、ちょっと憂鬱だった。
婚約契約書は内々のものだし、気が変わればお互いの同意の元、破り捨ててしまえば済むことだわ。でも発表してしまえば、皆が知ることになる。
シンシアの気持ちは婚約発表前日に知ったから、痩せさせることもできなかったんだもん。
高嶺の令息と言われるヒューバート兄様と、ピンクのドレスを好んで着たせいで──可愛いけど──豚のぬいぐるみに見える成金令嬢シンシアのカップルを、はたして周囲が認めるのか。
そんな不安をよそに、当主挨拶のパーティーは始まってしまった。
そわそわしていた時、クライヴの姿が目に入ったの。
今日は新興貴族も何組か招待されていて、その娘たちが彼に寄っていくのを見てしまった。
胃がキリキリする。そうよね、身分的には、彼女たちとそのうち結婚するんでしょう。
ところが驚いたことに、貴族の令嬢たちからもけっこうモテているではないの。
「あら、あのステイプルトン家の御子息?」
「へー素敵じゃない、一曲踊ってあげても良くてよ?」
「残念ね、新興貴族じゃなかったら……」
「せめて男爵位でも持っていれば……」
聞き耳を立てて、私はホッとしていた。そうよ、彼は貴族じゃないもの。血筋のいい名家の令嬢だったら、成金のクライヴなんて相手にしないわ。
そう思いつつ、気になって仕方なくて……私はシンシアが立食テーブルにフラフラ吸い寄せられるのも止めずに、クライヴの方ばかり見ていた。
「あいにく、お嬢様方の相手を務められるほど、洗練されたダンスは踊れません」
クライヴはそう言って謙遜しているのに、なんだかふてぶてしい。そこがちょっと生意気で、令嬢たちには新鮮みたい。
なんとなく、彼女たちが惹かれる理由が分かる。クライヴは目端が利くの。
給仕より先に、女性のグラスの中身が無くなったことに気づく。傍目には分からないでしょう、会場が滞りなく回るよう、気を配っている彼のおかげで、傍にいると心地よいのだわ。
加えて、父親譲りの利発そうな顔立ちに、爽やかな営業スマイル。貴族の令息──生まれながらの金持ちにはない、たまに見せる鋭い目付き。そう、値踏みするような、隙を見せたらやり込められそうな……。
なのに……気高い。なんていうか、こう……跪かせて、愛していると言わせてみたい。
ぼんやりとクライヴを見ていたら、目が合ってしまった。動揺して後ずさりし、背後の紳士にぶつかってしまう。
「し、失礼」
「こちらこそ……お嬢さん」
デレッと紳士の目尻が下がる。
「よろしければ次の曲は僕といかがでしょう」
「ヘビントン侯爵令嬢」
クライヴが、眉を顰めて私に近づいてきた。
「失礼、ダンロップ氏。彼女は今日の主役の妹君で──」
「ああ、侯爵令嬢でしたか! 初めてお会いしたので」
顔を赤くして、そそくさと紳士が去っていった。まあ新興貴族だもの、身分的にはこの反応は普通だわ。本当ならクライヴだって私にひれ伏したっていいんだから。
「ふらついてる。疲れたならソファーに座っていたまえ。俺が飲み物と食べ物は運んでやるから」
クライヴは私の腰に手を回して支え、壁際のソファーに連れていってくれた。何人かが羨ましそうに見ているのが、ちょっと優越感。まあ、クライヴは誰にでもやるんだろうけど。
「目眩がしたわけではないの。ただちょっと──」
クライヴが、ソファーに腰かけた私の足に目をやり、それから突然跪いた。
近くにいた淑女たちから、黄色い声が上がった。さっきは確かに跪かせてみたいと思ったけど、こんなに堂々と跪かないでよ! 私が悪役令嬢と呼ばれているから、よけい構図がおかしなことになっているわ!
しかも、自分の太腿に私の足を乗せたじゃないの。ちょっとちょっとちょっと!
跪いて足をお舐め状態に!
「ミラベル、この靴合ってないぞ。靴擦れだ」
え?
私は新調したばかりのパンプスを見下ろした。微かにかかとのところに血がにじんでいる。
「脱ぎたまえ、俺が違うのを持ってくるから」
脱ぎたまえですって! とまた近くの淑女たちが悲鳴をあげた。
でもすぐに王太子殿下のサプライズが始まって、シンシアが豚とか肉塊って辱められて、結局私は裸足のままクライヴにタックルすることになったんだけどね。
婚約契約書は内々のものだし、気が変わればお互いの同意の元、破り捨ててしまえば済むことだわ。でも発表してしまえば、皆が知ることになる。
シンシアの気持ちは婚約発表前日に知ったから、痩せさせることもできなかったんだもん。
高嶺の令息と言われるヒューバート兄様と、ピンクのドレスを好んで着たせいで──可愛いけど──豚のぬいぐるみに見える成金令嬢シンシアのカップルを、はたして周囲が認めるのか。
そんな不安をよそに、当主挨拶のパーティーは始まってしまった。
そわそわしていた時、クライヴの姿が目に入ったの。
今日は新興貴族も何組か招待されていて、その娘たちが彼に寄っていくのを見てしまった。
胃がキリキリする。そうよね、身分的には、彼女たちとそのうち結婚するんでしょう。
ところが驚いたことに、貴族の令嬢たちからもけっこうモテているではないの。
「あら、あのステイプルトン家の御子息?」
「へー素敵じゃない、一曲踊ってあげても良くてよ?」
「残念ね、新興貴族じゃなかったら……」
「せめて男爵位でも持っていれば……」
聞き耳を立てて、私はホッとしていた。そうよ、彼は貴族じゃないもの。血筋のいい名家の令嬢だったら、成金のクライヴなんて相手にしないわ。
そう思いつつ、気になって仕方なくて……私はシンシアが立食テーブルにフラフラ吸い寄せられるのも止めずに、クライヴの方ばかり見ていた。
「あいにく、お嬢様方の相手を務められるほど、洗練されたダンスは踊れません」
クライヴはそう言って謙遜しているのに、なんだかふてぶてしい。そこがちょっと生意気で、令嬢たちには新鮮みたい。
なんとなく、彼女たちが惹かれる理由が分かる。クライヴは目端が利くの。
給仕より先に、女性のグラスの中身が無くなったことに気づく。傍目には分からないでしょう、会場が滞りなく回るよう、気を配っている彼のおかげで、傍にいると心地よいのだわ。
加えて、父親譲りの利発そうな顔立ちに、爽やかな営業スマイル。貴族の令息──生まれながらの金持ちにはない、たまに見せる鋭い目付き。そう、値踏みするような、隙を見せたらやり込められそうな……。
なのに……気高い。なんていうか、こう……跪かせて、愛していると言わせてみたい。
ぼんやりとクライヴを見ていたら、目が合ってしまった。動揺して後ずさりし、背後の紳士にぶつかってしまう。
「し、失礼」
「こちらこそ……お嬢さん」
デレッと紳士の目尻が下がる。
「よろしければ次の曲は僕といかがでしょう」
「ヘビントン侯爵令嬢」
クライヴが、眉を顰めて私に近づいてきた。
「失礼、ダンロップ氏。彼女は今日の主役の妹君で──」
「ああ、侯爵令嬢でしたか! 初めてお会いしたので」
顔を赤くして、そそくさと紳士が去っていった。まあ新興貴族だもの、身分的にはこの反応は普通だわ。本当ならクライヴだって私にひれ伏したっていいんだから。
「ふらついてる。疲れたならソファーに座っていたまえ。俺が飲み物と食べ物は運んでやるから」
クライヴは私の腰に手を回して支え、壁際のソファーに連れていってくれた。何人かが羨ましそうに見ているのが、ちょっと優越感。まあ、クライヴは誰にでもやるんだろうけど。
「目眩がしたわけではないの。ただちょっと──」
クライヴが、ソファーに腰かけた私の足に目をやり、それから突然跪いた。
近くにいた淑女たちから、黄色い声が上がった。さっきは確かに跪かせてみたいと思ったけど、こんなに堂々と跪かないでよ! 私が悪役令嬢と呼ばれているから、よけい構図がおかしなことになっているわ!
しかも、自分の太腿に私の足を乗せたじゃないの。ちょっとちょっとちょっと!
跪いて足をお舐め状態に!
「ミラベル、この靴合ってないぞ。靴擦れだ」
え?
私は新調したばかりのパンプスを見下ろした。微かにかかとのところに血がにじんでいる。
「脱ぎたまえ、俺が違うのを持ってくるから」
脱ぎたまえですって! とまた近くの淑女たちが悲鳴をあげた。
でもすぐに王太子殿下のサプライズが始まって、シンシアが豚とか肉塊って辱められて、結局私は裸足のままクライヴにタックルすることになったんだけどね。
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