上 下
80 / 91
番外編 ケンカップルの初夜

意外にモテるクライヴ

しおりを挟む
 婚約を発表する場となる侯爵家のパーティーは、ちょっと憂鬱だった。

 婚約契約書は内々のものだし、気が変わればお互いの同意の元、破り捨ててしまえば済むことだわ。でも発表してしまえば、皆が知ることになる。

 シンシアの気持ちは婚約発表前日に知ったから、痩せさせることもできなかったんだもん。

 高嶺の令息と言われるヒューバート兄様と、ピンクのドレスを好んで着たせいで──可愛いけど──豚のぬいぐるみに見える成金令嬢シンシアのカップルを、はたして周囲が認めるのか。

 そんな不安をよそに、当主挨拶のパーティーは始まってしまった。

 そわそわしていた時、クライヴの姿が目に入ったの。

 今日は新興貴族も何組か招待されていて、その娘たちが彼に寄っていくのを見てしまった。

 胃がキリキリする。そうよね、身分的には、彼女たちとそのうち結婚するんでしょう。

 ところが驚いたことに、貴族の令嬢たちからもけっこうモテているではないの。

「あら、あのステイプルトン家の御子息?」
「へー素敵じゃない、一曲踊ってあげても良くてよ?」
「残念ね、新興貴族じゃなかったら……」
「せめて男爵位でも持っていれば……」

 聞き耳を立てて、私はホッとしていた。そうよ、彼は貴族じゃないもの。血筋のいい名家の令嬢だったら、成金のクライヴなんて相手にしないわ。

 そう思いつつ、気になって仕方なくて……私はシンシアが立食テーブルにフラフラ吸い寄せられるのも止めずに、クライヴの方ばかり見ていた。

「あいにく、お嬢様方の相手を務められるほど、洗練されたダンスは踊れません」

 クライヴはそう言って謙遜しているのに、なんだかふてぶてしい。そこがちょっと生意気で、令嬢たちには新鮮みたい。

 なんとなく、彼女たちが惹かれる理由が分かる。クライヴは目端が利くの。

 給仕より先に、女性のグラスの中身が無くなったことに気づく。傍目には分からないでしょう、会場が滞りなく回るよう、気を配っている彼のおかげで、傍にいると心地よいのだわ。

 加えて、父親譲りの利発そうな顔立ちに、爽やかな営業スマイル。貴族の令息──生まれながらの金持ちにはない、たまに見せる鋭い目付き。そう、値踏みするような、隙を見せたらやり込められそうな……。

 なのに……気高い。なんていうか、こう……跪かせて、愛していると言わせてみたい。

 ぼんやりとクライヴを見ていたら、目が合ってしまった。動揺して後ずさりし、背後の紳士にぶつかってしまう。

「し、失礼」
「こちらこそ……お嬢さん」

 デレッと紳士の目尻が下がる。

「よろしければ次の曲は僕といかがでしょう」
「ヘビントン侯爵令嬢」

 クライヴが、眉を顰めて私に近づいてきた。

「失礼、ダンロップ氏。彼女は今日の主役の妹君で──」
「ああ、侯爵令嬢でしたか! 初めてお会いしたので」
 
 顔を赤くして、そそくさと紳士が去っていった。まあ新興貴族だもの、身分的にはこの反応は普通だわ。本当ならクライヴだって私にひれ伏したっていいんだから。

「ふらついてる。疲れたならソファーに座っていたまえ。俺が飲み物と食べ物は運んでやるから」

 クライヴは私の腰に手を回して支え、壁際のソファーに連れていってくれた。何人かが羨ましそうに見ているのが、ちょっと優越感。まあ、クライヴは誰にでもやるんだろうけど。

「目眩がしたわけではないの。ただちょっと──」

 クライヴが、ソファーに腰かけた私の足に目をやり、それから突然跪いた。

 近くにいた淑女たちから、黄色い声が上がった。さっきは確かに跪かせてみたいと思ったけど、こんなに堂々と跪かないでよ! 私が悪役令嬢と呼ばれているから、よけい構図がおかしなことになっているわ!
 
 しかも、自分の太腿に私の足を乗せたじゃないの。ちょっとちょっとちょっと!

 跪いて足をお舐め状態に!

「ミラベル、この靴合ってないぞ。靴擦れだ」

 え?

 私は新調したばかりのパンプスを見下ろした。微かにかかとのところに血がにじんでいる。

「脱ぎたまえ、俺が違うのを持ってくるから」

 脱ぎたまえですって! とまた近くの淑女たちが悲鳴をあげた。

 でもすぐに王太子殿下のサプライズが始まって、シンシアが豚とか肉塊って辱められて、結局私は裸足のままクライヴにタックルすることになったんだけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

処理中です...