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第三章
この貴公子の僕が【ヒューバート視点4】
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なにがショックって……シンシアだと気づかなかったことと、ひと目でその知らない女性にムラムラしてしまったことにだ。
だからシンシアだと知った時、そんな自分に嫌悪感を抱いた。
まともに彼女を見られなかった。目を向ければ、その煽情的な体つきをジロジロ舐めるように見てしまう。
醜い欲を、汚れ無き天使に持ってしまうなんて。
……僕は情けないことに彼女を見たその夜、思春期の少年のように夢精してしまったんだ。墓まで持っていく秘密ができた日となった。
よしよしとシンシアをあやしながら、丸いお尻の感触から気を逸らそうと必死だった。
どうしよう、どうすれば彼女を僕のモノにできるだろう。僕はもう、彼女が思うような貴公子ではない。彼女が尊敬する兄貴分にも戻れない。
寝ている間に乳枕に吸い付いてしまうような変質者を、どうすれば好きになってもらえる?
今も、涙が止まるまでキスしてあげたいけど、きっとその先に進みたくなる。
そんな不埒なことをしてはいけない存在だったはずなのに!
「君は、僕にはもったいないくらいの素晴らしい女性だよ」
震える声でそう言っていた。
思えば僕は、前から貴公子などではなかった。
美しいか醜いか。僕はそんな低俗な理由で人に対する印象を左右されない。でも人がどんな理由で僕を好きになるかは知っている、爵位と財力と、そして見た目だ。
シンシアも幼いながら、それで僕を好きになったのかもしれない。貴族の令息である僕に、幻想を抱いて。憧れとはそういうものだ。
でもそれでいい。僕の中身は結局、臆病で懐疑的で、おおよそ貴公子などと言えるものではないからだ。
そんな僕だから自分を取り繕うことにしか興味は無く、シンシアの見た目を醜いと感じたことは一度もない。
シンシアは、小さな頃から優しくて素直で、素直すぎるがゆえに変な方向に思い込みが激しくなる。目が離せない子だった。そんな不器用な彼女が愛おしくて仕方なかった。
だからシンシアが、僕を妄信的に好きになってくれたことは、都合が良かったのだ。
だが、今となってはそれを言い出せなくなってしまった。
僕は姿が変わった彼女には、勃起してしまうのだから。
彼女は僕のせいで、容姿にコンプレックスを持ってしまっていた。
痩せて変わった彼女に欲情している僕を知れば、ますます以前の自分を醜いと思ってしまうだろう。
そして僕が結局は見た目に欲情するクズだと、彼女に公言しているようなものだ。
「…………シンシア、僕はね」
僕は彼女の短い髪を撫でた。髪を耳にかけているがゆえに剥き出しの、耳たぶを見つめる。シンシア、僕はね、その耳たぶをハムハムして、それから首筋まで舐めて、君のデコルテやふっくらいした乳枕に、僕の印を付けたいんだ。
そんなこと、言えるわけがない。困ったな、嫌われたくない。
途方にくれた僕は、そこで取り敢えず彼女を泣き止ませなきゃと、思考を変えた。
泣きじゃくるシンシアをあやしながら、
「あ、そうだ。クライヴとミラベルは、結婚したよ」
「ふぇぇ~ん……ふぁっ!?」
良かった、やっと泣きやんでくれた。確かにびっくりニュースだもんな。
僕はクライヴを殴りつけた時のことを思い出した。
散々妹から殴られて顔を押さえて呻いている僕に、クライヴがニヤニヤしながら「その顔じゃあシンシアが戻ってきても結婚式は無理だな」と言った。
その彼の次の言葉に、僕は耳を疑ったのだ。
「結婚式をキャンセルにするともったいないから、俺と結婚しないかミラベル。前に、君では勃起しないと言ったが、もしかしたら勃つかもしれない」
当然、ミラベルは殴ると思った。
それなのに、兄の僕には分かってしまった。一瞬、妹の猫のように吊り上がったヘイゼルの瞳がキラキラ輝いたことに。
うそだろ!? あれだけ喧嘩ばっかりしていたのに!?
「クライヴ」
ミラベルの声は震えていた。
待て待て待て待て待て待て! 好きなのか!? え、本当に!?
クライヴが両腕を広げ、ミラベルがフラフラとその腕に飛び込もうとした時、クライヴがひとこと付け足した。
「もし勃たなかったらごめんな」
まず唖然として僕たちを見ていた彼の両親が一発ずつクライヴを殴り、その後ミラベルが殴り、最後に僕が殴った。
眼鏡が壊れたが知ったことか。
「まあ、結局ミラベルは挑戦するようにクライヴの求婚を受け、結婚式はクライヴと彼女が出ることにしたんだ」
「だ、だって、ドレスは?」
「シンシアのドレスだと板胸が丸見えだからと、急遽クライヴがウェディングドレスの既製品を買いに走った」
どうしてあいつは、ミラベルを怒らせようとするんだろう。怒り狂って追いかけていったミラベルと連れ立って戻ってきた時には、なぜかいい感じになっていたのも謎なんだけど。
「ケンカップルだったのですわね!」
僕の膝の上で鼻をすすりながら、シンシアがうっとりと呟いた。
だからシンシアだと知った時、そんな自分に嫌悪感を抱いた。
まともに彼女を見られなかった。目を向ければ、その煽情的な体つきをジロジロ舐めるように見てしまう。
醜い欲を、汚れ無き天使に持ってしまうなんて。
……僕は情けないことに彼女を見たその夜、思春期の少年のように夢精してしまったんだ。墓まで持っていく秘密ができた日となった。
よしよしとシンシアをあやしながら、丸いお尻の感触から気を逸らそうと必死だった。
どうしよう、どうすれば彼女を僕のモノにできるだろう。僕はもう、彼女が思うような貴公子ではない。彼女が尊敬する兄貴分にも戻れない。
寝ている間に乳枕に吸い付いてしまうような変質者を、どうすれば好きになってもらえる?
今も、涙が止まるまでキスしてあげたいけど、きっとその先に進みたくなる。
そんな不埒なことをしてはいけない存在だったはずなのに!
「君は、僕にはもったいないくらいの素晴らしい女性だよ」
震える声でそう言っていた。
思えば僕は、前から貴公子などではなかった。
美しいか醜いか。僕はそんな低俗な理由で人に対する印象を左右されない。でも人がどんな理由で僕を好きになるかは知っている、爵位と財力と、そして見た目だ。
シンシアも幼いながら、それで僕を好きになったのかもしれない。貴族の令息である僕に、幻想を抱いて。憧れとはそういうものだ。
でもそれでいい。僕の中身は結局、臆病で懐疑的で、おおよそ貴公子などと言えるものではないからだ。
そんな僕だから自分を取り繕うことにしか興味は無く、シンシアの見た目を醜いと感じたことは一度もない。
シンシアは、小さな頃から優しくて素直で、素直すぎるがゆえに変な方向に思い込みが激しくなる。目が離せない子だった。そんな不器用な彼女が愛おしくて仕方なかった。
だからシンシアが、僕を妄信的に好きになってくれたことは、都合が良かったのだ。
だが、今となってはそれを言い出せなくなってしまった。
僕は姿が変わった彼女には、勃起してしまうのだから。
彼女は僕のせいで、容姿にコンプレックスを持ってしまっていた。
痩せて変わった彼女に欲情している僕を知れば、ますます以前の自分を醜いと思ってしまうだろう。
そして僕が結局は見た目に欲情するクズだと、彼女に公言しているようなものだ。
「…………シンシア、僕はね」
僕は彼女の短い髪を撫でた。髪を耳にかけているがゆえに剥き出しの、耳たぶを見つめる。シンシア、僕はね、その耳たぶをハムハムして、それから首筋まで舐めて、君のデコルテやふっくらいした乳枕に、僕の印を付けたいんだ。
そんなこと、言えるわけがない。困ったな、嫌われたくない。
途方にくれた僕は、そこで取り敢えず彼女を泣き止ませなきゃと、思考を変えた。
泣きじゃくるシンシアをあやしながら、
「あ、そうだ。クライヴとミラベルは、結婚したよ」
「ふぇぇ~ん……ふぁっ!?」
良かった、やっと泣きやんでくれた。確かにびっくりニュースだもんな。
僕はクライヴを殴りつけた時のことを思い出した。
散々妹から殴られて顔を押さえて呻いている僕に、クライヴがニヤニヤしながら「その顔じゃあシンシアが戻ってきても結婚式は無理だな」と言った。
その彼の次の言葉に、僕は耳を疑ったのだ。
「結婚式をキャンセルにするともったいないから、俺と結婚しないかミラベル。前に、君では勃起しないと言ったが、もしかしたら勃つかもしれない」
当然、ミラベルは殴ると思った。
それなのに、兄の僕には分かってしまった。一瞬、妹の猫のように吊り上がったヘイゼルの瞳がキラキラ輝いたことに。
うそだろ!? あれだけ喧嘩ばっかりしていたのに!?
「クライヴ」
ミラベルの声は震えていた。
待て待て待て待て待て待て! 好きなのか!? え、本当に!?
クライヴが両腕を広げ、ミラベルがフラフラとその腕に飛び込もうとした時、クライヴがひとこと付け足した。
「もし勃たなかったらごめんな」
まず唖然として僕たちを見ていた彼の両親が一発ずつクライヴを殴り、その後ミラベルが殴り、最後に僕が殴った。
眼鏡が壊れたが知ったことか。
「まあ、結局ミラベルは挑戦するようにクライヴの求婚を受け、結婚式はクライヴと彼女が出ることにしたんだ」
「だ、だって、ドレスは?」
「シンシアのドレスだと板胸が丸見えだからと、急遽クライヴがウェディングドレスの既製品を買いに走った」
どうしてあいつは、ミラベルを怒らせようとするんだろう。怒り狂って追いかけていったミラベルと連れ立って戻ってきた時には、なぜかいい感じになっていたのも謎なんだけど。
「ケンカップルだったのですわね!」
僕の膝の上で鼻をすすりながら、シンシアがうっとりと呟いた。
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