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第二章

王太子殿下とこの豚めが、お茶!?

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「それともこの女性もそれなりの資産家令嬢なのかね? ご令嬢、名は?」

 話を振られて、わたくしはドキッといたしました。しどろもどろで自己紹介しようとすると、ヒューバート様がやけに低い掠れた声で、先にわたくしを紹介してくださいました。

「彼女がシンシア嬢です。報告が遅れましたが、式の日取りが決まり次第、結婚式の招待状を送ります。出席していただけますか?」

 言葉は丁寧ですが、握りしめた拳が震えております。なんということでしょう。そうよ、彼の前でお金のことは禁句ですわ!

 ヒューバート様の異様な雰囲気に戸惑い、立ち尽くしている殿下に、わたくしは申し上げました。

「殿下、護衛の方々が、やきもきして待ってらっしゃいます」
「ああ、そうだな。え? 君が前の婚約者シンシア嬢だと言うのかい? 相変わらず人を笑わせるセンスはゼロだな、ヒューバート」

 ルネール公爵令嬢が、わたくしの髪型を見て口を開けました。

「短い髪に、そのはしたない体。殿下、彼女は娼婦なのではなくて?」
「──っ! 違います」

 ヒューバート様が食ってかかろうとしました。

 大変! わたくし、彼にさっそく恥をかかせてしまったわ。

 でもナイスタイミングで、

「殿下、道で立ち話は危険です」

 周囲に厳しい目を光らせながら、護衛の一人が近づいてきたのです。
 
 貴族の持つ土地への課税が議会で承認されてから、王族への風当たりが強くなりました。

 そもそも議会は、国王が勝手に賦課する権利を制限しております。今回の土地への課税は、国庫が財政破綻に窮したため、国王大権という反則技により、半ば強引に承認された法案とのこと。

「ごもっともですわ。お命を狙われる危険が増しておりますゆえ、外出は控えた方がよろしいかと」

 わたくしの言葉に、ルネール公爵令嬢エレナ様が、

「えーでもー、あの人気店のアイス食べたーい」

 と急に甘えた声で我儘を言い出しました。なるほど、アイスはすぐに溶けてしまうので、持ち帰れませんものね。

 けっきょく一緒にアイスクリーム屋さんに行くことになり、二人きりのデートはあっさり終わってしまったのです。

 まあ、結婚式の準備は一通り終わりましたし、ギクシャクした気まずい思いをヒューバート様にさせては可哀そうなので、これで良かったのでしょう。

 アイスクリーム屋さんの外にコワモテの護衛をたくさん並ばせ、店内でデザートタイムです。

「まさかこの女性がシンシア嬢とはな……」

 ステイプルトン家の名刺をお渡しして、やっと殿下に信じてもらえたわたくしです。

 殿下はわたくしの顔と体を矯めつ眇めつ見比べながら、ニコッと笑いかけてきます。

「髪型も斬新でいいね。これから宮廷で流行るかもしれないな、エレナ」

 あら? 態度が軟化しましたわ。

「結婚かぁ。いいなぁ、下々の者の結婚は。にしてもまだ若いんだし、王族ではないのだから、もっと遊べばよいではないかヒューバート。まだお互い若いのに、墓場に入るようなものだな」

 ルネール公爵令嬢が殿下をジロリと睨みました。ヒューバート様が苦笑いたします。

「殿下とエレナ様の結婚式は、来年でしたね。楽しみです」

 先ほど感じた不穏な激情の波はもう過ぎたようで、穏やかに戻った彼の声色に、わたくしはホッと致しました。相手は気さくでもフラフラと出歩いていても、王族ですからね。怒りが収まって良かったです。

「いつまで王都にいるんだい?」
「それほど長くは──羊が待っているので」
「まだ放牧を続けているのかい? いいかげん諦めたらいいのに。他の貴族はみんな羊肉にして、どうにかしのいだよ」

 殿下はヒューバート様に、アイスクリームを舐めながら提案してきました。

「羊は美味いぞ、ケバブにすると最高だ。とっとと売りたまえ。結婚資金だってかかるだろう」

 あ、駄目です。

 ヒューバート様のアイスを持つ手が、再びぶるぶる震えてきました。お金のことはおっしゃってはダメよ、殿下!

 だいたいね、羊を飼えとおっしゃったのは国ですよ? それなのに、言うことを聞いた貴族にまで高い税金を吹っかけて。

「可哀想でしょう」

 ヒューバート様はそう吐き捨てました。

「え?」

 殿下は眉を顰めます。わたくしもです。

「うちの羊は食肉用ではございません。愛情がある」

 そ、それで売らないのですか!?

 さすがにこれには、殿下もエレナ様も、そしてわたくしも呆れてしまいました。

 それって、大量のペットを飼っているだけではございませんか??
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