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第一章
ふりむかせて……モグモグ……やりますわ……モグモグ
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いくら家族付き合いが長いとはいえ、クライヴ兄様への好きとは違うのです。
もっとこう、ドキドキするような、きゅんきゅんするような、お腹の底からせりあがってくる「好き」なの。
「わたくし、彼のわたくしへの意識を改めさせなければなりません。これは神様がくれたチャンス。この婚約期間を利用して、わたくしをひとりの女として好きになってもらいます!」
ミラベルは感心したように、しかし理解ができないとでもいうように首を横に振りながらわたくしに尋ねました。
「ところで、あの外面だけいい、ナルシスト偽善者のどの辺りが好きなの? クソ野郎じゃない」
「ミラベル、言葉遣い!」
わたくしは彼女に注意しました。まったく。黙っていれば「悪役令嬢」などと変なあだ名で呼ばれることもないのに。
わたくしはそんな彼女が持参した、人気店の桃のタルトを頬張りました。まあっ! 完熟桃のジュレが入っているわ!
ああ……なんて美味しいの。ほっぺが蕩けてしまう。ミラベルの持ってくるお菓子にハズレはございません。
「くしょやろうなんかでは、ごはひません、ひゅーはーひょしゃまふぁ、ほっへもすへきですわ」
あらやだ。わたくしもモグモグしながらしゃべってはいけませんね。お行儀が悪いわ。
タルトを飲みこんでから、わたくしは続けました。
「ナルシストなのは高貴であるがゆえでしょう? 外面がいいのは、貴族の跡継ぎとしてはむしろ当たり前に持っていてほしいスキルですわ」
再び、ミラベルのお土産に手を伸ばします。
「………………」
しばらく無言でモグモグタイムです。食べながら話すのは、マナーに反するので。
「………………」
「三十個は買いすぎかと思ったけど」
ミラベルはわたくしをしげしげと眺めながら、ホクホクした笑顔を浮かべました。
悪役令嬢なんてとんでもない。わたくしを見る目はこんなに優しいのに……。そうですわ、まるでペットを愛でているようなデレッとした顔ですわ。
「クライヴがあなたを溺愛するのも分かるわ。本当に美味しそうに食べるのね」
わたくしは四つ目をペロリと飲み込んでから、お茶を飲み干しました。
ミラベルは桃のタルトをフォークで突きながら、広い中庭に目をやりました。
よく四人で遊んだステイプルトン家のお庭です。
女神の彫像や、水を吹き上げる噴水、白亜の東屋にガラス張りの温室。贅を凝らしていながら上品な屋敷の庭は、ヒューバート様のお祖母様のご趣味とのこと。
この屋敷は元々はヒューバート様のお祖父様とお祖母様が住んでいらっしゃいましたが、お祖父様が亡くなり、お祖母様も肺を病んで空気の良い田舎の療養施設に移ったため、売りに出されたのだとか。
しかしながら、この辺りは王都の一等地で、地価は目が飛び出るほど高く、屋敷自体も高額。なかなか売れず持て余していたところを、わたくしのお父様が買い取らせていただいたのです。
おかげで、こうやってミラベルとも気軽にお茶ができるのですわね。
「そっかぁ。お兄様と婚約ねぇ。シンシアはお金持ちだもの、私と同じく持参金目当ての男性が寄ってくるかもしれないわね。クライヴが心配するのは分かるわ。その点、ヒューバート兄様ならボンボンだから安心かもしれない……」
ミラベルは独り言のようにしばらくブツブツと言ってから、わたくしに視線を戻します。
「分かったわ。応援はするけど──」
「嬉しいわっ、ミラベル」
わたくしは彼女の手を握りしめました。
「わたくし、ヒューバート様と結婚するためにがんばるわ!」
「待ちなさい、その前に──」
ミラベルはわたくしの手を引きはがして、立ち上がりました。
「あなたのこと、姉妹のように思っているからこそ、心を鬼にして言うわよ」
片手を腰にやり、もう片方の手でわたくしを指差し、猫みたいにパッチリした目をカッと見開いたではございませんか。
え? なんですの?? まるで悪役令嬢みたいだわ!
「まずお痩せなさい、話はそれからよ! このブタ!」
ミラベルはそう言うと、わたくしからタルトを奪ってしまいました。
もっとこう、ドキドキするような、きゅんきゅんするような、お腹の底からせりあがってくる「好き」なの。
「わたくし、彼のわたくしへの意識を改めさせなければなりません。これは神様がくれたチャンス。この婚約期間を利用して、わたくしをひとりの女として好きになってもらいます!」
ミラベルは感心したように、しかし理解ができないとでもいうように首を横に振りながらわたくしに尋ねました。
「ところで、あの外面だけいい、ナルシスト偽善者のどの辺りが好きなの? クソ野郎じゃない」
「ミラベル、言葉遣い!」
わたくしは彼女に注意しました。まったく。黙っていれば「悪役令嬢」などと変なあだ名で呼ばれることもないのに。
わたくしはそんな彼女が持参した、人気店の桃のタルトを頬張りました。まあっ! 完熟桃のジュレが入っているわ!
ああ……なんて美味しいの。ほっぺが蕩けてしまう。ミラベルの持ってくるお菓子にハズレはございません。
「くしょやろうなんかでは、ごはひません、ひゅーはーひょしゃまふぁ、ほっへもすへきですわ」
あらやだ。わたくしもモグモグしながらしゃべってはいけませんね。お行儀が悪いわ。
タルトを飲みこんでから、わたくしは続けました。
「ナルシストなのは高貴であるがゆえでしょう? 外面がいいのは、貴族の跡継ぎとしてはむしろ当たり前に持っていてほしいスキルですわ」
再び、ミラベルのお土産に手を伸ばします。
「………………」
しばらく無言でモグモグタイムです。食べながら話すのは、マナーに反するので。
「………………」
「三十個は買いすぎかと思ったけど」
ミラベルはわたくしをしげしげと眺めながら、ホクホクした笑顔を浮かべました。
悪役令嬢なんてとんでもない。わたくしを見る目はこんなに優しいのに……。そうですわ、まるでペットを愛でているようなデレッとした顔ですわ。
「クライヴがあなたを溺愛するのも分かるわ。本当に美味しそうに食べるのね」
わたくしは四つ目をペロリと飲み込んでから、お茶を飲み干しました。
ミラベルは桃のタルトをフォークで突きながら、広い中庭に目をやりました。
よく四人で遊んだステイプルトン家のお庭です。
女神の彫像や、水を吹き上げる噴水、白亜の東屋にガラス張りの温室。贅を凝らしていながら上品な屋敷の庭は、ヒューバート様のお祖母様のご趣味とのこと。
この屋敷は元々はヒューバート様のお祖父様とお祖母様が住んでいらっしゃいましたが、お祖父様が亡くなり、お祖母様も肺を病んで空気の良い田舎の療養施設に移ったため、売りに出されたのだとか。
しかしながら、この辺りは王都の一等地で、地価は目が飛び出るほど高く、屋敷自体も高額。なかなか売れず持て余していたところを、わたくしのお父様が買い取らせていただいたのです。
おかげで、こうやってミラベルとも気軽にお茶ができるのですわね。
「そっかぁ。お兄様と婚約ねぇ。シンシアはお金持ちだもの、私と同じく持参金目当ての男性が寄ってくるかもしれないわね。クライヴが心配するのは分かるわ。その点、ヒューバート兄様ならボンボンだから安心かもしれない……」
ミラベルは独り言のようにしばらくブツブツと言ってから、わたくしに視線を戻します。
「分かったわ。応援はするけど──」
「嬉しいわっ、ミラベル」
わたくしは彼女の手を握りしめました。
「わたくし、ヒューバート様と結婚するためにがんばるわ!」
「待ちなさい、その前に──」
ミラベルはわたくしの手を引きはがして、立ち上がりました。
「あなたのこと、姉妹のように思っているからこそ、心を鬼にして言うわよ」
片手を腰にやり、もう片方の手でわたくしを指差し、猫みたいにパッチリした目をカッと見開いたではございませんか。
え? なんですの?? まるで悪役令嬢みたいだわ!
「まずお痩せなさい、話はそれからよ! このブタ!」
ミラベルはそう言うと、わたくしからタルトを奪ってしまいました。
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