12 / 91
第一章
王太子殿下とブタ
しおりを挟む
ヒューバート様は、殿下の前にわたくしを連れていきました。
王太子殿下とお会いするのは、本日が初めてです。ヒューバート様と同じく、わたくしが学院に入学する時に入れ違いでご卒業されたからでもございますが、そもそも王族に拝謁する機会のある王宮のパーティーに、平民出身の新興貴族は出席できません。
おそらくこれが、最初で最後の機会になるのではないでしょうか。いえ、そうはならないためにも、わたくしはどうにかしてヒューバート様と結婚しなければ!
「殿下、そしてご来場の皆さま。今日の良き日に、もう一つ嬉しいお知らせがございます」
ヒューバート様が声を張り上げて、殿下の前にわたくしを優しく押し出しました。
王族特有なのでしょうか。関心の薄い視線が、わたくしに注がれます。
ヒューバート様ほどではございませんが、美しく整ったその容貌に、訝しげな表情が浮かびました。
「僕は、こちらのステイプルトン家のシンシア嬢と、結婚の約束をいたしました」
シーンという沈黙の後、ざわっと会場がざわめきはじめます。わたくしは衆目にさらされ、緊張に身をすくませてしまいました。
殿下が目を丸くしてソファーから立ち上がりました。そしてなんと、わたくしに近づいてきたではございませんか。
再び会場が静まり返ります。
わたくしは慌てて足を引き、腰を屈めて優雅に頭を下げました。
どうしましょう、祝福を授けてもらったら、どういう風にお返ししたらよいのかしら。上流階級のマナーは学んでおりますが、噛み噛みになってしまうに違いありません。
殿下はいつまで経っても声をかけてはくださいません。わたくしは頭を下げたまま、殿下の足元を見ておりました。
わ、わたくしから話しかけてよろしいんでしたっけ?
「ヒューバート、どれが婚約者だ?」
殿下の抑揚のない声が、会場に響きわたりました。
ヒューバート様は、誇らしげにわたくしを引きよせます。
「殿下、こちらのシンシア嬢です」
王太子殿下の沈黙が続きます。脂汗が出て、動悸が早まりました。
「顔を見せよ」
やっとお声がけがあり、わたくしはようやく顔を上げることができたのです。
「ステイプルトン家……多くの事業を手がけている、あの?」
殿下がつぶやきました。わたくしはハッとしました。身分が違うと非難されるのでしょうか。でも昨今は身分違いの恋愛だって、珍しくはございませんし──。
「シンシア嬢と申したか?」
「は、はい、お初にお目にかかります。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」
しかしわたくしの顔をまじまじとご覧になり、殿下はどうやら困惑しているようでした。
「どこが目だ?」
「え?」
王太子殿下の視線は、わたくしの顔面をひたすらさ迷っているのです。
「肉に埋もれて目の位置が分からん」
どっと会場が沸き立ちました。大爆笑です。
「え? え??」
どうやらわたくし、笑われているようです。な、なぜ? ただ殿下ご自身は、笑ってはいません。ものすごく真面目におっしゃいました。
「ヒューバート、君はその肉塊と婚約すると申すのか。一体どんな弱みを握られている?」
ホクホクした顔で見ていたお兄様が、悪鬼の形相で飛び出してこようとし、ミラベルがしがみついてそれを止めるのが視界の端に映りました。
ナイスですわ、ミラベル。王族を殴ろうものなら、不敬罪で投獄ですわ!
「殿下! 愛するシンシア嬢に謝っていただきたい」
ヒューバート様が憤慨しておっしゃいました。しかし王太子殿下は、肩を竦められました。
「豚ではないか」
ヒューバート様、落ち着いて!
「それがなんです!? こんなに可愛らしい娘は他にいないでしょう? 殿下だってミニブタをペットにしていたではございませんか!」
王太子殿下とお会いするのは、本日が初めてです。ヒューバート様と同じく、わたくしが学院に入学する時に入れ違いでご卒業されたからでもございますが、そもそも王族に拝謁する機会のある王宮のパーティーに、平民出身の新興貴族は出席できません。
おそらくこれが、最初で最後の機会になるのではないでしょうか。いえ、そうはならないためにも、わたくしはどうにかしてヒューバート様と結婚しなければ!
「殿下、そしてご来場の皆さま。今日の良き日に、もう一つ嬉しいお知らせがございます」
ヒューバート様が声を張り上げて、殿下の前にわたくしを優しく押し出しました。
王族特有なのでしょうか。関心の薄い視線が、わたくしに注がれます。
ヒューバート様ほどではございませんが、美しく整ったその容貌に、訝しげな表情が浮かびました。
「僕は、こちらのステイプルトン家のシンシア嬢と、結婚の約束をいたしました」
シーンという沈黙の後、ざわっと会場がざわめきはじめます。わたくしは衆目にさらされ、緊張に身をすくませてしまいました。
殿下が目を丸くしてソファーから立ち上がりました。そしてなんと、わたくしに近づいてきたではございませんか。
再び会場が静まり返ります。
わたくしは慌てて足を引き、腰を屈めて優雅に頭を下げました。
どうしましょう、祝福を授けてもらったら、どういう風にお返ししたらよいのかしら。上流階級のマナーは学んでおりますが、噛み噛みになってしまうに違いありません。
殿下はいつまで経っても声をかけてはくださいません。わたくしは頭を下げたまま、殿下の足元を見ておりました。
わ、わたくしから話しかけてよろしいんでしたっけ?
「ヒューバート、どれが婚約者だ?」
殿下の抑揚のない声が、会場に響きわたりました。
ヒューバート様は、誇らしげにわたくしを引きよせます。
「殿下、こちらのシンシア嬢です」
王太子殿下の沈黙が続きます。脂汗が出て、動悸が早まりました。
「顔を見せよ」
やっとお声がけがあり、わたくしはようやく顔を上げることができたのです。
「ステイプルトン家……多くの事業を手がけている、あの?」
殿下がつぶやきました。わたくしはハッとしました。身分が違うと非難されるのでしょうか。でも昨今は身分違いの恋愛だって、珍しくはございませんし──。
「シンシア嬢と申したか?」
「は、はい、お初にお目にかかります。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」
しかしわたくしの顔をまじまじとご覧になり、殿下はどうやら困惑しているようでした。
「どこが目だ?」
「え?」
王太子殿下の視線は、わたくしの顔面をひたすらさ迷っているのです。
「肉に埋もれて目の位置が分からん」
どっと会場が沸き立ちました。大爆笑です。
「え? え??」
どうやらわたくし、笑われているようです。な、なぜ? ただ殿下ご自身は、笑ってはいません。ものすごく真面目におっしゃいました。
「ヒューバート、君はその肉塊と婚約すると申すのか。一体どんな弱みを握られている?」
ホクホクした顔で見ていたお兄様が、悪鬼の形相で飛び出してこようとし、ミラベルがしがみついてそれを止めるのが視界の端に映りました。
ナイスですわ、ミラベル。王族を殴ろうものなら、不敬罪で投獄ですわ!
「殿下! 愛するシンシア嬢に謝っていただきたい」
ヒューバート様が憤慨しておっしゃいました。しかし王太子殿下は、肩を竦められました。
「豚ではないか」
ヒューバート様、落ち着いて!
「それがなんです!? こんなに可愛らしい娘は他にいないでしょう? 殿下だってミニブタをペットにしていたではございませんか!」
20
お気に入りに追加
1,373
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる