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第三章
豚の結婚
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未亡人となったナディーン様は、ヒューバート様に振られたあげく、当てにしていた遺産が自分には期待したほど入って来なかったことにショックを受け、領地に引きこもったのだとか。
それだけでも驚きなのに、それからすぐに憲兵の捜査が入り、ナディーン嬢は殺人の容疑で取り調べを受けているのだとか。
「ど、どういうことですの?」
新聞の一面を見たわたくしは説明を求め、ミラベルを振り返りました。
ミラベルは自分のウェディングドレス姿を鏡に映しながら「ああ、私ってやっぱり綺麗だわ、胸が無いくらいで、あとは完璧だわ」と呟いております。さすがナルシストの家系ですわね。
でも今は、それどころではないのです。
「ナディーン様が、どうして──」
「ジョシュア・ストーンヒルズがね、他殺だったんだよ」
花嫁の控え室に入ってきたクライヴ兄様が、新しい眼鏡を押し上げながら、そうおっしゃいました。
「ちょっと! 花婿は入ってきちゃダメよクライヴ!」
「いいだろ? 俺たちの式は二回目、形だけのオマケなんだから。それに、親族として入って来たんだよ」
うるさそうにミラベルを睨むと、わたくしにデレデレした視線を向けました。
「やっぱり可愛いなぁ、俺の子豚ちゃんは」
すると、着付け室の外の廊下から、ヒューバート様が声をかけてきました。
「僕も、親族として入っていいだろうか?」
わたくしは放心し、見とれてしまいました。だって、クライヴ兄様同様お顔の傷はすっかり癒え、光沢のあるフロックコートを着こなしたヒューバート様が、あまりにもかっこよかったから。
ああ、お似合いですわ、綺麗。
「よく似合っているよ……綺麗だ」
先に言われてしまいました。さらに耳たぶに触れられてドキドキしました。
「エメラルドの指輪、売れてなくて良かったね」
そう、偽婚約指輪を質屋から買い戻して、ピアスにしたのです。ヒューバート様は女々しいと言うどころか、大変感激してくださいました。
ふと、彼の視線が今度は胸元に来ていることに気づきました。
「ヒューバート様?」
「あ!? いや、なんでもない! オフショルダーって襟ぐりが開いてて、よく落ちてこないなと……」
慌てて目をそらすヒューバート様です。
わたくしは胸元と腰を触りました。
「あの、こことお尻だけは、どうしても痩せなくて」
式の前──ミラベルのドレスが出来るのを待つ間、少しでもダイエットしようとしたのですが……。
ヒューバート様は黙り込んでしまいました。
クライヴ兄様が横でニヤニヤ笑っています。
「俺は大きさはどうでもいいんだが……ヒューバートは大きいのが好きだったのか。……ちっ、死ね」
「──っ、そういうわけじゃないよ! うーん、なんだか複雑だな。言っておくが、僕も祝福できない、死ね」
「いや、ほんと。大変気持ち悪い。お互い、妹を取られる感じだもんな、死ね死ね」
なにかこそこそ罵り合っている二人を怪訝に思いつつ、わたくしは再び新聞記事に目をやりました。
記事によれば、夫のジョシュア卿の喉には、たくさんのお餅が詰まっていたとか。お餅は東の領地で作っているお米の一種を、殺人的に食べにくくしたもので、すごく伸びるのです。
調べによると夫人は「夫の好物だったのよ! 大量に食べさせて何が悪いの!」と容疑を否定しているのだとか。
ジョシュア卿、まさか自分が殺されるかもという予感でもあったのでしょうか。遺言は最近になって書き換えられ、遺産の多くを孤児院や労働者の組合に寄付することになっていたのです。
しんみりしてしまいました。ナディーン様がもしあの時ヒューバート様と結婚していたら、こんな風に道を踏み外したりしなかったのではないかと、考えてしまったから。
クライヴ兄様が、神妙な様子で新聞に目を落とすわたくしに気づいて、おっしゃいました。
「どうしたシンシア。しょげることはない。ジョシュア卿とのお見合いを斡旋した俺の前で、いきなり服を脱ぎ捨て色目を使ってきたんだから、それほど品行方正な女ではないぞ」
ええええええっ??
「まあ俺が『シャワー室はあちらですが』と顔色を変えずに言ったら『あら間違えてしまいました』と悪びれずにそのまま立ち去ったのは、なかなかあっぱれだったが。だが、財産目当てなのは見え見えすぎるよ。普通はアレでは惚れない」
ヒューバート様がきまり悪そうにそっぽを向き、ミラベルがブスッとした顔でクライヴ兄様に言いました。
「何よ、自分がモテると言いたげじゃない」
「なんだい、気づかなかったのかい?」
クライヴ兄様がニッと唇を歪めます。
やだわ、ミラベルったら。兄様はシスコンがキモいからあまりモテてませんわ。
ヒューバート様がその時少し顔を顰めました。
「そう言えば、シンシアの介添えをアーサー王子がやりたがっていたけど、断っておいた。ずいぶん君に執着していたが……。前はミラベルを狙っていたはずなのに」
クライヴ兄様が満足そうにおっしゃいました。
「俺たちが乗っ取った君らの結婚式で『この顔は新婦にやられました』と正直に言ったんだ。あっさりミラベルから手を引いたな。切り替えが早い」
ヒューバート様は不満そうです。
「さっきだって、教会の外にいたアーサー殿下は、シンシアのこと凄い目で見ていた」
「すごい目?」
「君を食べちゃいそうな目だよ」
豚ロースではありませんわ、まったく! それに、あの方からモテてもありがたくございません。
兄妹の合同結婚式ということで、地母神教会にはたくさんの親族や知人友人が集まりました。
ちなみにウェディングベールは、お母さまが過去に使用した古い物を使うことにしました。だって、全身が隠れたらもったいないと、ヒューバート様がおっしゃるんだもの。
「見せたくないけど見せたい、ジレンマだね」
そう言って彼は苦笑いしました。
「それはわたくしが醜い豚だから──」
と言いかけたわたくしを遮り、彼はため息をつきながらおっしゃったのです。
「まったく。ちょっと厳しめに分からせないと、駄目かもね」
不穏な言葉を残し、合同結婚式は無事に終わったのでございます。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
※次回からR回になります( ⸝⸝•ᴗ•⸝⸝ )
大人のみんな、長かったね!
それだけでも驚きなのに、それからすぐに憲兵の捜査が入り、ナディーン嬢は殺人の容疑で取り調べを受けているのだとか。
「ど、どういうことですの?」
新聞の一面を見たわたくしは説明を求め、ミラベルを振り返りました。
ミラベルは自分のウェディングドレス姿を鏡に映しながら「ああ、私ってやっぱり綺麗だわ、胸が無いくらいで、あとは完璧だわ」と呟いております。さすがナルシストの家系ですわね。
でも今は、それどころではないのです。
「ナディーン様が、どうして──」
「ジョシュア・ストーンヒルズがね、他殺だったんだよ」
花嫁の控え室に入ってきたクライヴ兄様が、新しい眼鏡を押し上げながら、そうおっしゃいました。
「ちょっと! 花婿は入ってきちゃダメよクライヴ!」
「いいだろ? 俺たちの式は二回目、形だけのオマケなんだから。それに、親族として入って来たんだよ」
うるさそうにミラベルを睨むと、わたくしにデレデレした視線を向けました。
「やっぱり可愛いなぁ、俺の子豚ちゃんは」
すると、着付け室の外の廊下から、ヒューバート様が声をかけてきました。
「僕も、親族として入っていいだろうか?」
わたくしは放心し、見とれてしまいました。だって、クライヴ兄様同様お顔の傷はすっかり癒え、光沢のあるフロックコートを着こなしたヒューバート様が、あまりにもかっこよかったから。
ああ、お似合いですわ、綺麗。
「よく似合っているよ……綺麗だ」
先に言われてしまいました。さらに耳たぶに触れられてドキドキしました。
「エメラルドの指輪、売れてなくて良かったね」
そう、偽婚約指輪を質屋から買い戻して、ピアスにしたのです。ヒューバート様は女々しいと言うどころか、大変感激してくださいました。
ふと、彼の視線が今度は胸元に来ていることに気づきました。
「ヒューバート様?」
「あ!? いや、なんでもない! オフショルダーって襟ぐりが開いてて、よく落ちてこないなと……」
慌てて目をそらすヒューバート様です。
わたくしは胸元と腰を触りました。
「あの、こことお尻だけは、どうしても痩せなくて」
式の前──ミラベルのドレスが出来るのを待つ間、少しでもダイエットしようとしたのですが……。
ヒューバート様は黙り込んでしまいました。
クライヴ兄様が横でニヤニヤ笑っています。
「俺は大きさはどうでもいいんだが……ヒューバートは大きいのが好きだったのか。……ちっ、死ね」
「──っ、そういうわけじゃないよ! うーん、なんだか複雑だな。言っておくが、僕も祝福できない、死ね」
「いや、ほんと。大変気持ち悪い。お互い、妹を取られる感じだもんな、死ね死ね」
なにかこそこそ罵り合っている二人を怪訝に思いつつ、わたくしは再び新聞記事に目をやりました。
記事によれば、夫のジョシュア卿の喉には、たくさんのお餅が詰まっていたとか。お餅は東の領地で作っているお米の一種を、殺人的に食べにくくしたもので、すごく伸びるのです。
調べによると夫人は「夫の好物だったのよ! 大量に食べさせて何が悪いの!」と容疑を否定しているのだとか。
ジョシュア卿、まさか自分が殺されるかもという予感でもあったのでしょうか。遺言は最近になって書き換えられ、遺産の多くを孤児院や労働者の組合に寄付することになっていたのです。
しんみりしてしまいました。ナディーン様がもしあの時ヒューバート様と結婚していたら、こんな風に道を踏み外したりしなかったのではないかと、考えてしまったから。
クライヴ兄様が、神妙な様子で新聞に目を落とすわたくしに気づいて、おっしゃいました。
「どうしたシンシア。しょげることはない。ジョシュア卿とのお見合いを斡旋した俺の前で、いきなり服を脱ぎ捨て色目を使ってきたんだから、それほど品行方正な女ではないぞ」
ええええええっ??
「まあ俺が『シャワー室はあちらですが』と顔色を変えずに言ったら『あら間違えてしまいました』と悪びれずにそのまま立ち去ったのは、なかなかあっぱれだったが。だが、財産目当てなのは見え見えすぎるよ。普通はアレでは惚れない」
ヒューバート様がきまり悪そうにそっぽを向き、ミラベルがブスッとした顔でクライヴ兄様に言いました。
「何よ、自分がモテると言いたげじゃない」
「なんだい、気づかなかったのかい?」
クライヴ兄様がニッと唇を歪めます。
やだわ、ミラベルったら。兄様はシスコンがキモいからあまりモテてませんわ。
ヒューバート様がその時少し顔を顰めました。
「そう言えば、シンシアの介添えをアーサー王子がやりたがっていたけど、断っておいた。ずいぶん君に執着していたが……。前はミラベルを狙っていたはずなのに」
クライヴ兄様が満足そうにおっしゃいました。
「俺たちが乗っ取った君らの結婚式で『この顔は新婦にやられました』と正直に言ったんだ。あっさりミラベルから手を引いたな。切り替えが早い」
ヒューバート様は不満そうです。
「さっきだって、教会の外にいたアーサー殿下は、シンシアのこと凄い目で見ていた」
「すごい目?」
「君を食べちゃいそうな目だよ」
豚ロースではありませんわ、まったく! それに、あの方からモテてもありがたくございません。
兄妹の合同結婚式ということで、地母神教会にはたくさんの親族や知人友人が集まりました。
ちなみにウェディングベールは、お母さまが過去に使用した古い物を使うことにしました。だって、全身が隠れたらもったいないと、ヒューバート様がおっしゃるんだもの。
「見せたくないけど見せたい、ジレンマだね」
そう言って彼は苦笑いしました。
「それはわたくしが醜い豚だから──」
と言いかけたわたくしを遮り、彼はため息をつきながらおっしゃったのです。
「まったく。ちょっと厳しめに分からせないと、駄目かもね」
不穏な言葉を残し、合同結婚式は無事に終わったのでございます。
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※次回からR回になります( ⸝⸝•ᴗ•⸝⸝ )
大人のみんな、長かったね!
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