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第三章
わたくしが、猪豚だから?
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「まあとりあえず、ストーンヒルズ未亡人は葬式、ミラベルは結婚式を挙げられたわけだ」
そうおっしゃって、わたくしにウィンクしてみせたヒューバート様です。
もっとも、片方は瞼が腫れていて、両目をつぶったように見えたのですが……。
それにしても、王都でそんなことがあったなんて……てんやわんやだったのですわね。
わたくしは、自分が出席できなかったクライヴ兄様とミラベルの結婚式のことを思い、胸を押さえました。
「大丈夫。式も披露宴ももう一度、ちゃんとしたやつをやるからね。僕たちと合同で」
「え?」
きょとんとしたわたくしに、ヒューバート様は不安そうにおっしゃいました。
「嫌かい? 僕は君が好きだよ。小さいころからずっと変わらず、君を愛している」
わたくしは戸惑ってしまいます。
「それは……わたくしの方がもっとですわ。でもヒューバート様だって、ご存知のはずです。わたくしとは、愛の種類が違いますの。わたくしのは、えーと……」
どう申し上げたらいいか分かりません。
「わたくし、ヒューバート様に勃起してしまいますの。そういう『好き』なのですわ!」
ヒューバート様が片手で口を覆い、横を向きました。肩が揺れているところを見ると、笑いを堪えているようです。
「真面目に申し上げているのですよ? ヒューバート様のいう『好き』や『愛してる』は、家族愛なのです。後継者が作れないのです。でも、わたくしはヒューバート様に勃ってしまって──んっ」
温かい唇に、言葉を遮られてしまいました。
驚愕のあまり、おそらくわたくしの瞳孔は開きっぱなしだったのでしょう。
「大丈夫? 息して」
クスッと笑うと、彼はご自分の濡れた唇を舐めました。わたくしの腰を抱く腕には力が籠り、その瞳は熱っぽく潤んでいます。
わたくしは、震える手で自分の唇を触りました。
「い、今、キスなさいましたわ」
「……うん」
「おでこやほっぺにする、おやすみのチュウとは違いましたわ」
それに、彼がわたくしを見る目は、まるで、まるで──。
ん? お尻の下に何かが当たりました。何かしら、邪魔だわ。座り直しながら、わたくしはヒューバート様に単刀直入に尋ねました。
「もっと、キスしたいと思います? わたくしの、唇に……さらに、深く?」
「もちろん。あちこちにキスしたいよ」
「──っ! つ、つまりその……ヒューバート様は、わたくしに、ぼ、勃起しているということですか?」
ヒューバート様は赤くなり、目を逸らしました。
「そうだよ、最低だと思うかもしれないけど」
「そ、それは……つまるところ、このわたくしめとでも後継者が作れそうだと?」
「……確かに昔は、性的な気持ちで君を見ることは難しかった。可愛い、守るべき子だと。今だって君にそんな感情を持つのは、冒涜のような気がしている。でも──」
ヒューバート様のヘイゼルの瞳が、輝きを強めました。なにかしらの、感情の波を孕んで。
「もうダメだ。昔のように清らかな目で、君を見ることは出来ない」
低い声は掠れ、少し震えていました。
「君が、そんな色っぽい女性になったせいだ」
色っぽい!? わたくしめが!?
ヒューバート様はわたくしの唇を、焦がれるように指でなぞりました。
「食べてしまいたい」
「豚肉として──」
「すまない、言葉選びを間違えた。君に欲情している」
「食欲が湧くではなく?」
「……シンシア」
ヒューバート様が途方に暮れたのを感じ、わたくしは黙りました。彼は咳払いして、続けました。
「君を、抱きたい。僕の手で女にしたい。汚してやりたい」
わたくしの頬がカッと火照ります。
彼の声は囁きに近いものでした。まるで、怖がっているかのよう。
「……こんな、邪な気持ちを抱いた僕でも、君は好きでいてくれるのかい?」
信じられない、都合のいい幻聴ではないの?
「このわたくしがあなたを、嫌いになるわけがないではございませんか」
そう言ってから、わたくしも震える声でせがみました。それが本当なら──。
「もう一度、わたくしにキスしてくださいませ」
こんなわたくしに、できるものなら。
祈るように目を閉じて、唇をそっと突き出します。しかし、いつまで経ってもキスしてはくれず……しばらくの間のあと、彼の声がしました。
「ごめん……やっぱりキスしたくない」
ガーンですわ!?
「ど、どうしてですの、やっぱりわたくしが醜い猪豚だからですの?」
「違う違う! まったく、もうそれはやめてくれ」
彼はわたくしのウエストを掴んで、ひょいと自分の膝から持ち上げ、ソファーの脇に下ろしました。
そしてなぜか前かがみに立ち上がり、くるりとわたくしに背中を向けます。
「結婚前に、限界を迎えたらまずいからね。ご両親を悲しませたくない」
と、謎の言葉を呟き、顔だけこちらを向け、にっと笑いました。
「でも、君から許可をもらった」
今度は真面目な顔になり、彼ははっきりとおっしゃったのです。
「シンシア、愛している。結婚してください」
そうおっしゃって、わたくしにウィンクしてみせたヒューバート様です。
もっとも、片方は瞼が腫れていて、両目をつぶったように見えたのですが……。
それにしても、王都でそんなことがあったなんて……てんやわんやだったのですわね。
わたくしは、自分が出席できなかったクライヴ兄様とミラベルの結婚式のことを思い、胸を押さえました。
「大丈夫。式も披露宴ももう一度、ちゃんとしたやつをやるからね。僕たちと合同で」
「え?」
きょとんとしたわたくしに、ヒューバート様は不安そうにおっしゃいました。
「嫌かい? 僕は君が好きだよ。小さいころからずっと変わらず、君を愛している」
わたくしは戸惑ってしまいます。
「それは……わたくしの方がもっとですわ。でもヒューバート様だって、ご存知のはずです。わたくしとは、愛の種類が違いますの。わたくしのは、えーと……」
どう申し上げたらいいか分かりません。
「わたくし、ヒューバート様に勃起してしまいますの。そういう『好き』なのですわ!」
ヒューバート様が片手で口を覆い、横を向きました。肩が揺れているところを見ると、笑いを堪えているようです。
「真面目に申し上げているのですよ? ヒューバート様のいう『好き』や『愛してる』は、家族愛なのです。後継者が作れないのです。でも、わたくしはヒューバート様に勃ってしまって──んっ」
温かい唇に、言葉を遮られてしまいました。
驚愕のあまり、おそらくわたくしの瞳孔は開きっぱなしだったのでしょう。
「大丈夫? 息して」
クスッと笑うと、彼はご自分の濡れた唇を舐めました。わたくしの腰を抱く腕には力が籠り、その瞳は熱っぽく潤んでいます。
わたくしは、震える手で自分の唇を触りました。
「い、今、キスなさいましたわ」
「……うん」
「おでこやほっぺにする、おやすみのチュウとは違いましたわ」
それに、彼がわたくしを見る目は、まるで、まるで──。
ん? お尻の下に何かが当たりました。何かしら、邪魔だわ。座り直しながら、わたくしはヒューバート様に単刀直入に尋ねました。
「もっと、キスしたいと思います? わたくしの、唇に……さらに、深く?」
「もちろん。あちこちにキスしたいよ」
「──っ! つ、つまりその……ヒューバート様は、わたくしに、ぼ、勃起しているということですか?」
ヒューバート様は赤くなり、目を逸らしました。
「そうだよ、最低だと思うかもしれないけど」
「そ、それは……つまるところ、このわたくしめとでも後継者が作れそうだと?」
「……確かに昔は、性的な気持ちで君を見ることは難しかった。可愛い、守るべき子だと。今だって君にそんな感情を持つのは、冒涜のような気がしている。でも──」
ヒューバート様のヘイゼルの瞳が、輝きを強めました。なにかしらの、感情の波を孕んで。
「もうダメだ。昔のように清らかな目で、君を見ることは出来ない」
低い声は掠れ、少し震えていました。
「君が、そんな色っぽい女性になったせいだ」
色っぽい!? わたくしめが!?
ヒューバート様はわたくしの唇を、焦がれるように指でなぞりました。
「食べてしまいたい」
「豚肉として──」
「すまない、言葉選びを間違えた。君に欲情している」
「食欲が湧くではなく?」
「……シンシア」
ヒューバート様が途方に暮れたのを感じ、わたくしは黙りました。彼は咳払いして、続けました。
「君を、抱きたい。僕の手で女にしたい。汚してやりたい」
わたくしの頬がカッと火照ります。
彼の声は囁きに近いものでした。まるで、怖がっているかのよう。
「……こんな、邪な気持ちを抱いた僕でも、君は好きでいてくれるのかい?」
信じられない、都合のいい幻聴ではないの?
「このわたくしがあなたを、嫌いになるわけがないではございませんか」
そう言ってから、わたくしも震える声でせがみました。それが本当なら──。
「もう一度、わたくしにキスしてくださいませ」
こんなわたくしに、できるものなら。
祈るように目を閉じて、唇をそっと突き出します。しかし、いつまで経ってもキスしてはくれず……しばらくの間のあと、彼の声がしました。
「ごめん……やっぱりキスしたくない」
ガーンですわ!?
「ど、どうしてですの、やっぱりわたくしが醜い猪豚だからですの?」
「違う違う! まったく、もうそれはやめてくれ」
彼はわたくしのウエストを掴んで、ひょいと自分の膝から持ち上げ、ソファーの脇に下ろしました。
そしてなぜか前かがみに立ち上がり、くるりとわたくしに背中を向けます。
「結婚前に、限界を迎えたらまずいからね。ご両親を悲しませたくない」
と、謎の言葉を呟き、顔だけこちらを向け、にっと笑いました。
「でも、君から許可をもらった」
今度は真面目な顔になり、彼ははっきりとおっしゃったのです。
「シンシア、愛している。結婚してください」
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