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第二章
この豚めに、新手の嫌がらせですの?
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アーサー殿下は学院時代の印象から言えば、ガキ大将で、俺様でした。
王子様なのだから俺様なのは、まあ仕方ございません。ですが、ヒューバート様と偽の婚約をした後から、わたくしを見かけては「デブ」「ブス」「成金」と揶揄ってくるようになっていたので、もちろんいい印象はございません。
しかしながらしつこいようですが、王子様なのです。新興貴族のわたくしが踊っていただけるのは、きっと光栄なことなのでしょう。
ちょうどゆったりしたワルツに曲が変わり、どうにかついていくことができました。
さすが王子様と申しましょうか、ダンスはやはりお上手で、殿下がわたくしをリードしてくれているおかげもあるようです。
ですからお礼を申し上げました。
「ありがとうござ……ぐぎぎ……います……ぎりぃ」
渋々ながらですが。
「何が?」
シャンデリアの灯りを受けて、赤い瞳がおもしろそうに煌めきます。
「まさか殿下からダンスに誘っていただけるとは、思いもよりませんでした……同級生のよしみでも」
「だって、ステイプルトン家は高額納税者だからな」
ああ、左様でございますか。
「義理でも、結果的にわたくしは助かりました。ヒューバート様の結婚相手としてのお披露目が、この王宮になってしまっては、彼が可哀想ですから」
「え? どうして」
殿下は目を丸くされました。この方が昔よく言っていたことですわよ?
「この醜い豚女と、あの美しい方の組み合わせは、周囲には不快でしょうから」
殿下は呆気にとられた後、わたくしにおっしゃいました。
「どちらにしろ、式も結婚披露パーティーもやるのだろう?」
「その時は、ベールでこの不格好な体を覆い隠す予定です」
アーサー殿下はわたくしをじっと見つめ、曲に合わせてくるりと回転させました。
「昔はこうやって回そうとしても、多分引っかかって無理だった」
「はぁ」
「今の君は豚じゃないよ」
「ありがとうございます」
人間に昇格できました。
「あの時はびっくりしたからね。豚のくせに人の言葉をしゃべっているから」
この人、王子じゃなかったら殴っていましたわ。
「しかも自分のことを可愛いと思っている雌豚なんだもんな、参ったよ」
こんっチキショーですわ! 顔に血が上ったのが分かりました。いちいち黒歴史を抉る方ですわね! アーサー殿下は悪びれもせずにおっしゃいました。
「俺にはまだ婚約者がいないんだ」
「この国の王子ですもの、結婚相手を探すのは大変でしょう」
性格が悪いから見つからないのですわ。
「なあに、兄上がいるから急がんのだ。どうだい、俺と付き合うかい? 結婚はまだ先だろう?」
わたくしは、殿下も意表を突くようなジョークをおっしゃるようになったものだと、呆れて見上げてしまいました。
でも、殿下の目尻は下がり、真紅の瞳が甘く煌めいているのを見て、息を呑みました。
「殿下?」
こんな甘ったるい目で見られたことはございません。今までは、家畜を見るような目だったのに、一体どうしたというのでしょう。悪い物でも召し上がったのかしら?
「お、お申し出はありがたいのですが、すぐにでもヒューバート様と結婚するつもりで王都に参りました」
「ヘビントン侯爵家の窮乏を救うためだろう。プライドの高い貴族が、それを喜ぶとは思えないがな」
勘がいいですわ。それは百も承知です。ですがヒューバート様は領地のために決断したのです。
かつてヒューバート様を陥れ、愛しい人との結婚をダメにしたこの醜い豚の、助けを得ることを。
それほど、領地というものは彼にとって大切なのです。そうですわよね、亡くなったご両親から預かる大切な土地ですもの。
「苦渋の決断だと存じますわ。わたくしとでは、跡継ぎを儲けることができるかも怪しいのに」
まあ、離婚するのでその点は大丈夫ですが。
「なぜだい? 石女なのかい? 豚過ぎて産めない体になったとか」
豚過ぎてってなんでしょう。つまり健康を害したと思われているのね。
「それは……存じませんが」
当然ディープキッスをしたことのない生娘なので、男性の事情はよく分かりません。確か、裸で悩殺して、管を入れるのですわよね。
簡単に思えるようですが……。
「わたくしを女性とは、見なしてらっしゃらないと思うので」
かつて裸になって迫ったのに、まるで幼児が風呂上がりにウロウロしているような扱いでした。
「たぶん、わたくしが全裸で歩いていても、誰も何も感じないと思います」
自虐的に吐き捨ててしまったわたくしを、アーサー殿下は信じられないとでもいうように見ながら、首を横に振りました。
「君が全裸で歩いたら、その辺りの男どもは全員死ぬよ」
「そこまでおっしゃらなくても」
「いや、そう言う意味ではなく。君はたぶん勘違いしていると思うよ」
そう言って彼は、堪えきれなくなったように、大笑いしました。意外にも、バカにした笑い方ではなく、楽しげです。
ふとその時、視線を感じました。
振り返ると毛皮筋肉軍団から解放されたヒューバート様が、腕を組み、固い表情でこちらを眺めておりました。
「おお、怖っ」
アーサー殿下は彼の表情に気づき、ニヤニヤしながらそうおっしゃいました。そうして突然わたくしの腰に腕を回して密着してきたのです。
「ほら、ワルツだからもっとくっついて。次はもっとテンポが速いやつだよ」
ヒューバート様がこちらにやってこようとしました。やだ、わたくしったら。
「いけません殿下。二曲目になってしまいます。連続で殿下を独り占めしては、マナー違反ですわ。ヒューバート様にお行儀がなっていないと、叱られてしまいます」
殿下はまた爆笑しました。
「違うって。それで睨んでいるわけじゃない。やべー、おもしれー女」
とにかく一礼して、まだお腹を抱えてケタケタ笑っている王子を置き去りにし、わたくしは急いでホールの内側から壁際に移動しました。
少し表情を緩めたヒューバート様がこちらに来ようとしたその時、彼の前に人影が立ちふさがりました。
ほっそりとした女性です。
「ヘビントン侯爵、お久しぶりでございます」
その女性には、見覚えがございました。
王子様なのだから俺様なのは、まあ仕方ございません。ですが、ヒューバート様と偽の婚約をした後から、わたくしを見かけては「デブ」「ブス」「成金」と揶揄ってくるようになっていたので、もちろんいい印象はございません。
しかしながらしつこいようですが、王子様なのです。新興貴族のわたくしが踊っていただけるのは、きっと光栄なことなのでしょう。
ちょうどゆったりしたワルツに曲が変わり、どうにかついていくことができました。
さすが王子様と申しましょうか、ダンスはやはりお上手で、殿下がわたくしをリードしてくれているおかげもあるようです。
ですからお礼を申し上げました。
「ありがとうござ……ぐぎぎ……います……ぎりぃ」
渋々ながらですが。
「何が?」
シャンデリアの灯りを受けて、赤い瞳がおもしろそうに煌めきます。
「まさか殿下からダンスに誘っていただけるとは、思いもよりませんでした……同級生のよしみでも」
「だって、ステイプルトン家は高額納税者だからな」
ああ、左様でございますか。
「義理でも、結果的にわたくしは助かりました。ヒューバート様の結婚相手としてのお披露目が、この王宮になってしまっては、彼が可哀想ですから」
「え? どうして」
殿下は目を丸くされました。この方が昔よく言っていたことですわよ?
「この醜い豚女と、あの美しい方の組み合わせは、周囲には不快でしょうから」
殿下は呆気にとられた後、わたくしにおっしゃいました。
「どちらにしろ、式も結婚披露パーティーもやるのだろう?」
「その時は、ベールでこの不格好な体を覆い隠す予定です」
アーサー殿下はわたくしをじっと見つめ、曲に合わせてくるりと回転させました。
「昔はこうやって回そうとしても、多分引っかかって無理だった」
「はぁ」
「今の君は豚じゃないよ」
「ありがとうございます」
人間に昇格できました。
「あの時はびっくりしたからね。豚のくせに人の言葉をしゃべっているから」
この人、王子じゃなかったら殴っていましたわ。
「しかも自分のことを可愛いと思っている雌豚なんだもんな、参ったよ」
こんっチキショーですわ! 顔に血が上ったのが分かりました。いちいち黒歴史を抉る方ですわね! アーサー殿下は悪びれもせずにおっしゃいました。
「俺にはまだ婚約者がいないんだ」
「この国の王子ですもの、結婚相手を探すのは大変でしょう」
性格が悪いから見つからないのですわ。
「なあに、兄上がいるから急がんのだ。どうだい、俺と付き合うかい? 結婚はまだ先だろう?」
わたくしは、殿下も意表を突くようなジョークをおっしゃるようになったものだと、呆れて見上げてしまいました。
でも、殿下の目尻は下がり、真紅の瞳が甘く煌めいているのを見て、息を呑みました。
「殿下?」
こんな甘ったるい目で見られたことはございません。今までは、家畜を見るような目だったのに、一体どうしたというのでしょう。悪い物でも召し上がったのかしら?
「お、お申し出はありがたいのですが、すぐにでもヒューバート様と結婚するつもりで王都に参りました」
「ヘビントン侯爵家の窮乏を救うためだろう。プライドの高い貴族が、それを喜ぶとは思えないがな」
勘がいいですわ。それは百も承知です。ですがヒューバート様は領地のために決断したのです。
かつてヒューバート様を陥れ、愛しい人との結婚をダメにしたこの醜い豚の、助けを得ることを。
それほど、領地というものは彼にとって大切なのです。そうですわよね、亡くなったご両親から預かる大切な土地ですもの。
「苦渋の決断だと存じますわ。わたくしとでは、跡継ぎを儲けることができるかも怪しいのに」
まあ、離婚するのでその点は大丈夫ですが。
「なぜだい? 石女なのかい? 豚過ぎて産めない体になったとか」
豚過ぎてってなんでしょう。つまり健康を害したと思われているのね。
「それは……存じませんが」
当然ディープキッスをしたことのない生娘なので、男性の事情はよく分かりません。確か、裸で悩殺して、管を入れるのですわよね。
簡単に思えるようですが……。
「わたくしを女性とは、見なしてらっしゃらないと思うので」
かつて裸になって迫ったのに、まるで幼児が風呂上がりにウロウロしているような扱いでした。
「たぶん、わたくしが全裸で歩いていても、誰も何も感じないと思います」
自虐的に吐き捨ててしまったわたくしを、アーサー殿下は信じられないとでもいうように見ながら、首を横に振りました。
「君が全裸で歩いたら、その辺りの男どもは全員死ぬよ」
「そこまでおっしゃらなくても」
「いや、そう言う意味ではなく。君はたぶん勘違いしていると思うよ」
そう言って彼は、堪えきれなくなったように、大笑いしました。意外にも、バカにした笑い方ではなく、楽しげです。
ふとその時、視線を感じました。
振り返ると毛皮筋肉軍団から解放されたヒューバート様が、腕を組み、固い表情でこちらを眺めておりました。
「おお、怖っ」
アーサー殿下は彼の表情に気づき、ニヤニヤしながらそうおっしゃいました。そうして突然わたくしの腰に腕を回して密着してきたのです。
「ほら、ワルツだからもっとくっついて。次はもっとテンポが速いやつだよ」
ヒューバート様がこちらにやってこようとしました。やだ、わたくしったら。
「いけません殿下。二曲目になってしまいます。連続で殿下を独り占めしては、マナー違反ですわ。ヒューバート様にお行儀がなっていないと、叱られてしまいます」
殿下はまた爆笑しました。
「違うって。それで睨んでいるわけじゃない。やべー、おもしれー女」
とにかく一礼して、まだお腹を抱えてケタケタ笑っている王子を置き去りにし、わたくしは急いでホールの内側から壁際に移動しました。
少し表情を緩めたヒューバート様がこちらに来ようとしたその時、彼の前に人影が立ちふさがりました。
ほっそりとした女性です。
「ヘビントン侯爵、お久しぶりでございます」
その女性には、見覚えがございました。
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