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第二章
第二王子もこの豚めが分からないようです
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その時です。
「お、ミラベル、久しいではないか」
軽快な声がして、ミラベルがウエッという顔をしました。
鮮やかな赤毛は王族の印。王太子よりさらに赤味の濃い髪と瞳をこれ見よがしに見せびらかしながら、わたくしたちに近づいてきた男性がおりました。
「君は没落寸前で、ドレスも買えないのではないかと噂されていたが?」
「ご心配には及びません」
ミラベルが不機嫌に応じました。頭に来るのは分かります。だって羊の放牧は、元々国の推進していた政策の一つです。ですが、まさか第二王子に正面きっては言えませんものね。
「アーサー殿下こそ、先ほどは王族席にいらっしゃいませんでしたわね?」
「カードゲームの勝負がつかなくてな。ダンスの時間に遅れてしまったのさ」
貴族を含む国民から巻き上げたお金を、アーサー殿下が巻き上げられていると思うと、キャッチ&リリースのようでいまいち盛り上がらないのではないのでしょうか。
「そういやミラベル。ヘビントン侯爵家に権威があった頃は、やたらとお高く留まっていたな。学院では悪役令嬢なんて呼ばれていたが、落ちぶれた君と踊ってくれる者がいないなら、どれ。卒業パーティーのパートナーのよしみだ。俺が相手をしてやろうか?」
「その必要はございません、殿下」
クライヴ兄様が、ミラベルの手を取りました。
「今、私がダンスの申し込みをしたところです。ヘビントン侯爵令嬢とダンスをなさいますと、殿下のおみ足が危険ですので」
「どういうことよ」
ミラベルがぷうっと膨れます。
「君が踏んづけまわって、アーサー殿下がお怪我をするかもしれんだろう。練習の時、俺の爪が割れたんだぞ」
「そこまでじゃないでしょ、大袈裟ね」
「だいたい君は落ち着いて踊らないから──」
果てしない喧嘩が始まりそうになった時、アーサー殿下とわたくしの目が合い、彼の興味がわたくしに移ったことに気づきました。
「おや。ヘビントン侯爵、その女性は?」
じろじろ眺められ、居心地が悪くなります。さんざんいじめたくせに、わたくしが分からないのね……。
仕方なくわたくしは足を引いて屈み、深く礼をしました。いっそ「初めまして」とご挨拶してもいいくらいだわ!
ふと、何かこう、胸の辺りにチリチリと視線を感じました。
「柔らかそうなクリームブロンドに、明るい萌黄色の瞳。ふむ、俺がこんなけしからん体つきの女性を知らぬとは思えないのだが」
え? と顔を上げて殿下の方を窺うと、赤い瞳がトロンと潤んで見えました。
しかし、すぐにヒューバート様の背中がわたくしの視界を遮ります。アーサー殿下から隠すように、わたくしの前に立ったのです。
隠しつつ、わたくしを殿下に紹介してくださいました。
「急遽婚約いたしました、ステイプルトン家のシンシア嬢です」
本当は、紹介するまでもないのですけどね。だってお話ししたことはこざいますし。
ところがアーサー殿下は、長身のヒューバート様の背後にいるわたくしを背伸びして覗き込み、そして首を捻りました。
少し間があってから、おもむろに口を開きます。
「だれ?」
「ステイプルトン家の、シンシア嬢です」
「──は?」
「シンシア嬢です。殿下の同級生の」
殿下は、さらに考え込んでからおっしゃいました。
「もう一度申せ、ヒューバート卿。誰と?」
「ステイプルトン家のシンシア嬢です」
年輩の御老人におっしゃるように、ゆっくりはっきり説明すると、ようやくアーサー王子は言葉を理解したようでした。
いえ、それでも理解はできなかったようです。
「君の婚約者だった?」
「ええ」
「百貫デブの?」
「……もう少しふくよかでしたが」
「ば、ばかな」
「お、ミラベル、久しいではないか」
軽快な声がして、ミラベルがウエッという顔をしました。
鮮やかな赤毛は王族の印。王太子よりさらに赤味の濃い髪と瞳をこれ見よがしに見せびらかしながら、わたくしたちに近づいてきた男性がおりました。
「君は没落寸前で、ドレスも買えないのではないかと噂されていたが?」
「ご心配には及びません」
ミラベルが不機嫌に応じました。頭に来るのは分かります。だって羊の放牧は、元々国の推進していた政策の一つです。ですが、まさか第二王子に正面きっては言えませんものね。
「アーサー殿下こそ、先ほどは王族席にいらっしゃいませんでしたわね?」
「カードゲームの勝負がつかなくてな。ダンスの時間に遅れてしまったのさ」
貴族を含む国民から巻き上げたお金を、アーサー殿下が巻き上げられていると思うと、キャッチ&リリースのようでいまいち盛り上がらないのではないのでしょうか。
「そういやミラベル。ヘビントン侯爵家に権威があった頃は、やたらとお高く留まっていたな。学院では悪役令嬢なんて呼ばれていたが、落ちぶれた君と踊ってくれる者がいないなら、どれ。卒業パーティーのパートナーのよしみだ。俺が相手をしてやろうか?」
「その必要はございません、殿下」
クライヴ兄様が、ミラベルの手を取りました。
「今、私がダンスの申し込みをしたところです。ヘビントン侯爵令嬢とダンスをなさいますと、殿下のおみ足が危険ですので」
「どういうことよ」
ミラベルがぷうっと膨れます。
「君が踏んづけまわって、アーサー殿下がお怪我をするかもしれんだろう。練習の時、俺の爪が割れたんだぞ」
「そこまでじゃないでしょ、大袈裟ね」
「だいたい君は落ち着いて踊らないから──」
果てしない喧嘩が始まりそうになった時、アーサー殿下とわたくしの目が合い、彼の興味がわたくしに移ったことに気づきました。
「おや。ヘビントン侯爵、その女性は?」
じろじろ眺められ、居心地が悪くなります。さんざんいじめたくせに、わたくしが分からないのね……。
仕方なくわたくしは足を引いて屈み、深く礼をしました。いっそ「初めまして」とご挨拶してもいいくらいだわ!
ふと、何かこう、胸の辺りにチリチリと視線を感じました。
「柔らかそうなクリームブロンドに、明るい萌黄色の瞳。ふむ、俺がこんなけしからん体つきの女性を知らぬとは思えないのだが」
え? と顔を上げて殿下の方を窺うと、赤い瞳がトロンと潤んで見えました。
しかし、すぐにヒューバート様の背中がわたくしの視界を遮ります。アーサー殿下から隠すように、わたくしの前に立ったのです。
隠しつつ、わたくしを殿下に紹介してくださいました。
「急遽婚約いたしました、ステイプルトン家のシンシア嬢です」
本当は、紹介するまでもないのですけどね。だってお話ししたことはこざいますし。
ところがアーサー殿下は、長身のヒューバート様の背後にいるわたくしを背伸びして覗き込み、そして首を捻りました。
少し間があってから、おもむろに口を開きます。
「だれ?」
「ステイプルトン家の、シンシア嬢です」
「──は?」
「シンシア嬢です。殿下の同級生の」
殿下は、さらに考え込んでからおっしゃいました。
「もう一度申せ、ヒューバート卿。誰と?」
「ステイプルトン家のシンシア嬢です」
年輩の御老人におっしゃるように、ゆっくりはっきり説明すると、ようやくアーサー王子は言葉を理解したようでした。
いえ、それでも理解はできなかったようです。
「君の婚約者だった?」
「ええ」
「百貫デブの?」
「……もう少しふくよかでしたが」
「ば、ばかな」
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