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第二章
この醜い豚めに、指輪もいただけるのですか!?
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急に決まった結婚なので、婚約指輪と結婚指輪もすぐに作らなければなりません。
わたくしたちは同じ並びにある、ジュエリーショップに向かいました。
婚約指輪は、十五の偽婚約の時にも一緒に作りにいきました。
あの時は浮かれ過ぎてさらに太ってしまい、できあがってから嵌めたらサイズが合わず、無理やり押し込めたのだったわ。
鬱血し、指が壊死しそうになって大騒ぎでした……。
黒歴史です……。
実はあやうく指を切断か、という事態に陥ったあの指輪も、まだ持っております。今は逆にブカブカなので、鎖に通して首から下げているの……。
地金を切って縮めれば入りそうです。ヒューバート様の返済額を少しでも減らすなら、指輪は使い回しで……いいえ、ダメよ!
「まだ持っていたの?」と、女々しく思われそう、いえ、ドン引きでしょうね。
結局、彼には言い出せませんでした。
ミラベルが、指輪を見ているわたくしとヒューバート様に言いました。
「指輪のサイズを測ったら、その後あなた達は靴ね! 私とクライヴは、先に教会の予約に行っているわ。でも……ふふふ。私たちの挙式と勘違いされそうね」
ミラベルは、チラチラとクライヴ兄様の方を窺いながらそう言いました。
クライヴ兄様はそれに気づかず、パチンと懐中時計を開きます。
「それが済んだら昼食にしよう。皆疲れただろう。終わったらフリッツ通りで合流だ」
そう全員に伝えると、どこか不満そうなミラベルを促し、通りに並ぶお店をウィンドウショッピングしながら、どんどん歩いていってしまいました。
あの二人、喧嘩ばっかりだけど行動のテンポが合っていますわね……。
朝はデートだと喜んでいたわたくしですが、いざ二人きりになると、気まずくて仕方がありませんでした。
「ダイヤがいい? それとも、前のようにエメラルドがいい?」
ヒューバート様はそうおっしゃってから、ハッと息を呑み、口を閉ざしました。
前回の婚約のことは、二人の間では禁句のようになっておりました。
「もちろん、僕はなんでもいいよ」
顔を背けながらそう言われ、やはり指輪にも興味がないのだと分かりました。まあ男の人ですし、好きな相手の物を選ぶわけでもございませんし……。
わたくしは、ヒューバート様の負担にならなそうな、でも遠慮しているとは思われなそうな、絶妙な指輪を手に取りました。
「あ、これにします。何連にもなっていて可愛い」
「それは、知恵の輪だよ。宝石がついている物にしよう」
ヒューバート様がわたくしの手の平にあるリングを見て、クスッと微笑みました。
わたくしは目が潰れるかと思いました。やっと自然な笑顔が見られましたわ!
少しはわたくしのこと、許してくれたのでしょうか。
けっきょく、自分が醜い豚であることを思い出し、真珠を選んだわたくしです。
まあ、一番この豚に釣り合わない真珠は、ヒューバート様自身なのですけどね。
ジュエリーショップの次はシューズショップに入りました。わたくし、以前は特注しか入らなかったのですが、今は可愛いパンプスも既製品で済みました。肉が落ち、足も小さくなったのです。
買い物が終わり、ミラベルたちとの合流場所に向かおうとしたわたくしを、ヒューバート様は引き止めました。
懐中時計を取り出して中をご覧になると、
「まだ早いかな。ちょっと散策しようか」
そうおっしゃって腕を差し出されたので、わたくしは躊躇ってしまいます。
昔よく彼と腕を組んで「シンシア、ぶら下がったら腕が折れちゃうよ」と苦笑いされたことを思い出したのです。
おずおずと、彼の腕に手を乗せたその時、
「おや、ヘビントン侯爵じゃないか」
低い声がヒューバート様にかけられました。
振り返ると、お供をたくさん連れた王太子殿下が、歩道に立っておいででした。
わたくしたちは慌てて頭を下げます。こんなところに王族!?
「で、殿下!? いったい、このようなところで何をなさっているんです?」
ご学友だったとはいえ、王太子殿下と街中でバッタリ会って「よう、久しぶり、同窓会行った?」という学院のノリと流れにはなりません。
フラフラ出歩いている殿下に、ヒューバート様もわたくしも、さすがに驚きました。
「彼女が、たまには市井の生活を体験してみたいと言うからな」
新聞でしか拝見したことがない王太子殿下の婚約者が、路肩に停めた馬車からドレスの裾を持ち上げながら、出てくるところでした。
わたくしたちは再び腰を屈め、頭を低く下げました。
「苦しゅうない、顔を上げよ」
既に王太子妃きどりの、ルネール公爵令嬢エレナ様が、頭の上からそうお声をかけてくださいました。
わたくしたちが顔を上げると、王太子殿下はわたくしの顔をしげしげ見つめます。
「ほう。このレディは一体? ヒューバート、あのミニブタと婚約を解消して以来、女っけがないと聞いていたが?」
ミニブタは目の前ですわ。
「あのミニブタ──なんだったかな、えーと、そうそう! シンシア嬢であれば、君の領地の窮乏を救ったであろうに。ステイプルトン家は今や並ぶものがないほどの資産家だ。もったいなかったな、はっはっはっは」
王太子殿下って、特に悪気もなさそうに胸を抉る言葉をおっしゃるから怖いですわ!
わたくしたちは同じ並びにある、ジュエリーショップに向かいました。
婚約指輪は、十五の偽婚約の時にも一緒に作りにいきました。
あの時は浮かれ過ぎてさらに太ってしまい、できあがってから嵌めたらサイズが合わず、無理やり押し込めたのだったわ。
鬱血し、指が壊死しそうになって大騒ぎでした……。
黒歴史です……。
実はあやうく指を切断か、という事態に陥ったあの指輪も、まだ持っております。今は逆にブカブカなので、鎖に通して首から下げているの……。
地金を切って縮めれば入りそうです。ヒューバート様の返済額を少しでも減らすなら、指輪は使い回しで……いいえ、ダメよ!
「まだ持っていたの?」と、女々しく思われそう、いえ、ドン引きでしょうね。
結局、彼には言い出せませんでした。
ミラベルが、指輪を見ているわたくしとヒューバート様に言いました。
「指輪のサイズを測ったら、その後あなた達は靴ね! 私とクライヴは、先に教会の予約に行っているわ。でも……ふふふ。私たちの挙式と勘違いされそうね」
ミラベルは、チラチラとクライヴ兄様の方を窺いながらそう言いました。
クライヴ兄様はそれに気づかず、パチンと懐中時計を開きます。
「それが済んだら昼食にしよう。皆疲れただろう。終わったらフリッツ通りで合流だ」
そう全員に伝えると、どこか不満そうなミラベルを促し、通りに並ぶお店をウィンドウショッピングしながら、どんどん歩いていってしまいました。
あの二人、喧嘩ばっかりだけど行動のテンポが合っていますわね……。
朝はデートだと喜んでいたわたくしですが、いざ二人きりになると、気まずくて仕方がありませんでした。
「ダイヤがいい? それとも、前のようにエメラルドがいい?」
ヒューバート様はそうおっしゃってから、ハッと息を呑み、口を閉ざしました。
前回の婚約のことは、二人の間では禁句のようになっておりました。
「もちろん、僕はなんでもいいよ」
顔を背けながらそう言われ、やはり指輪にも興味がないのだと分かりました。まあ男の人ですし、好きな相手の物を選ぶわけでもございませんし……。
わたくしは、ヒューバート様の負担にならなそうな、でも遠慮しているとは思われなそうな、絶妙な指輪を手に取りました。
「あ、これにします。何連にもなっていて可愛い」
「それは、知恵の輪だよ。宝石がついている物にしよう」
ヒューバート様がわたくしの手の平にあるリングを見て、クスッと微笑みました。
わたくしは目が潰れるかと思いました。やっと自然な笑顔が見られましたわ!
少しはわたくしのこと、許してくれたのでしょうか。
けっきょく、自分が醜い豚であることを思い出し、真珠を選んだわたくしです。
まあ、一番この豚に釣り合わない真珠は、ヒューバート様自身なのですけどね。
ジュエリーショップの次はシューズショップに入りました。わたくし、以前は特注しか入らなかったのですが、今は可愛いパンプスも既製品で済みました。肉が落ち、足も小さくなったのです。
買い物が終わり、ミラベルたちとの合流場所に向かおうとしたわたくしを、ヒューバート様は引き止めました。
懐中時計を取り出して中をご覧になると、
「まだ早いかな。ちょっと散策しようか」
そうおっしゃって腕を差し出されたので、わたくしは躊躇ってしまいます。
昔よく彼と腕を組んで「シンシア、ぶら下がったら腕が折れちゃうよ」と苦笑いされたことを思い出したのです。
おずおずと、彼の腕に手を乗せたその時、
「おや、ヘビントン侯爵じゃないか」
低い声がヒューバート様にかけられました。
振り返ると、お供をたくさん連れた王太子殿下が、歩道に立っておいででした。
わたくしたちは慌てて頭を下げます。こんなところに王族!?
「で、殿下!? いったい、このようなところで何をなさっているんです?」
ご学友だったとはいえ、王太子殿下と街中でバッタリ会って「よう、久しぶり、同窓会行った?」という学院のノリと流れにはなりません。
フラフラ出歩いている殿下に、ヒューバート様もわたくしも、さすがに驚きました。
「彼女が、たまには市井の生活を体験してみたいと言うからな」
新聞でしか拝見したことがない王太子殿下の婚約者が、路肩に停めた馬車からドレスの裾を持ち上げながら、出てくるところでした。
わたくしたちは再び腰を屈め、頭を低く下げました。
「苦しゅうない、顔を上げよ」
既に王太子妃きどりの、ルネール公爵令嬢エレナ様が、頭の上からそうお声をかけてくださいました。
わたくしたちが顔を上げると、王太子殿下はわたくしの顔をしげしげ見つめます。
「ほう。このレディは一体? ヒューバート、あのミニブタと婚約を解消して以来、女っけがないと聞いていたが?」
ミニブタは目の前ですわ。
「あのミニブタ──なんだったかな、えーと、そうそう! シンシア嬢であれば、君の領地の窮乏を救ったであろうに。ステイプルトン家は今や並ぶものがないほどの資産家だ。もったいなかったな、はっはっはっは」
王太子殿下って、特に悪気もなさそうに胸を抉る言葉をおっしゃるから怖いですわ!
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