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第二章
身の程知らずの豚は生きております
しおりを挟む『親愛なる我が妹シンシア
シンシアが王都を離れてもうひと月近く経つ。お兄たんは寂しくて死にそうだ。南部の農園は少し遠いな。気軽に会いにいけないじゃないか。ところで先日、ヒューバートが珍しく王都に戻ってきた。うちを真っ先に訪ねてきてくれたが、君に酷いことを言ったから、直接会って謝りたいと申し出てきたよ。やはり君たちは喧嘩したんじゃないのか? まあよく分からないが、取り敢えず殴っておいたから。で、謝罪はどうする? 君のいる場所を教えていいか?』
『親愛なるクライヴ兄様
お手紙拝見いたしました。殴ってはだめです! ヒューバート様はお人好しなので、わたくしに酷いことを言ったと思い込んでいるだけですわ! 謝罪など受ける謂れはございません。それと、かねてからお兄様とミラベルにはお願いしていたとおり、わたくしが体調不良で静養していることは、彼に黙っていてください。あの方、とんでもなく心配性ですから、押しかけられては困ります。ミラベルには仕方なくこの頭を見せたけど、ヒューバート様には髪が生え揃うまで知られたくないの』
※
ジリジリ肌が焼けるのを感じ、わたくしは慌てて日傘の中に隠れました。
南部の日差しは強烈で、色白の肌を晒してしまうと、火膨れができてしまうのです。
「みなさん、帽子は必ず被って、水分補給ですわよ!」
果物農園の農夫たちは、片手を挙げてそれに応えてくれました。
わたくしは日傘を持ち直し、馬の腹を軽く蹴って、ぐるりと自分の農園を巡回します。
ヒューバート様との婚約を解消してから三年。
この農園は忙しい両親に代わり、現在わたくしが管理運営しております。
窮乏した貴族が増え土地を売るようになれば、その領地からは小作人が追い出されます。お父様は農園の労働力として、彼らを積極的に雇用しました。
小作人は、農業のプロフェッショナルですからね。
ここで作っている作物は、種類を絞った果物です。南の島国から輸入するサトウキビと同じで、いわゆる輸出用の単一大規模農業というものになります。
こう言ってははしたないかもしれませんが、大変儲かるのです。
農業労働者たちのお給料は売り上げと連動させております。自分たちの働きに応じて賃金が変動すれば、やる気も出るというものです。皆びっくりするほど働いてくれています。
売り上げはここ三年でうなぎのぼりに上がり、その利益で労働者用の住宅も用意できました。そういった優良な労働環境に惹かれ、わざわざ王都近くからこの南部に出稼ぎに来る者までいるくらい。
ステイプルトン家のプランテーションは、大変賑わっておりました。
たわわに実る果実を眺めながら収穫期の畑を見回っていると、ムキムキの若者が近づいてまいりました。
いえ、若者と言っても、わたくしよりずっと年上なのですけれど……彼は労働監督者で、この農園の労働者たちのリーダーでもありました。
その手には、可愛らしい花束が握られております。
「お嬢様、どうぞ」
わたくしは、ブーケのように束ねられた色とりどりの花を見て、微笑みました。
「まるで、求婚しているみたいよ、ベン」
ベンの頬が真っ赤に染まります。朴訥で素直そうな若者ですから、気持ちは分かりますわ。
「ふふふ。正直におっしゃっても、わたくし怒らなくてよ? 醜い豚が気持ち悪いこと言うなよ、ってね」
ベンは、はっ? と困惑した顔をしましたが、わたくしは馬上から花束を受けとり──。
彼の目の前で、バクンと食べました。
農園の巡回を終え、労働者たちの集落を抜けて屋敷に戻ると、前庭に見覚えのある馬車が停まっていることに気づきました。
わたくしの顔が綻びます。
はしたなくも馬を飛び降りて走っていき、屋敷の中に飛び込むと、ちょうど玄関ホールにその馬車の持ち主が立っておりました。
「クライヴ兄様っ!」
お兄様は胸に飛び込んでいったわたくしを抱きとめ、ひょいと持ち上げました。
「こらこら、シンシア。また痩せただろう? 軽いぞ」
わたくしはフルフルと首を振りました。
「毛量が減ったからではございませんか?」
この三年、体重の減少は止まりましたし、髪も無事に生えてきました。
ただ、すべて生え変わったせいか、前のように爆発するほどの量ではございません。
まとまりの悪かった羊のような天然パーマが、ふんわりと狙ったようにカールされ、いい感じに落ち着いております。
カーラー要らずで、労働者住宅にいる同年代の女子たちからも羨ましがられるくらい。
「体重はむしろ一時期よりずっと増えましたわ。相変わらず既製品のドレスだと、胸元やお尻がパッツンパッツンなのですもの」
クレイヴ兄様はなぜか、ううううこれはいかん、とうめき声をあげました。
「もう十九か。さすがに嫁ぎ先を見つけなきゃならんよな……」
なぜか眩しげに目を眇めながら、お兄様はそうおっしゃいます。
「あら、わたくしは別に……。女実業家として一人で生きていきますから大丈夫ですわ。そろそろ商談も同行させてください」
「ダメだダメ! シンシアはあまり人前に出てはいかんぞ!」
みっともない妹が一緒だと、やはりお仕事が上手くいかないのかしら。
わたくしは悲しく思いましたが、クライヴ兄様に悟られないよう、わざと明るく尋ねました。
「お兄様こそ、そろそろ恋人の一人や二人おりませんの?」
するとクライヴ兄様は溜息をつきました。わたくしとよく似た萌黄色の瞳が陰ります。
「俺は当分結婚しないと思うんだ。特定の恋人もいないな。社交界に顔を出しても、うっかりビジネスの話をしてしまう。野暮だと思われてしまうよ」
昔から続く貴族の家門の多くは、没落の一途を辿り、現在都で社交界を賑わしているのは新興貴族です。
ある程度の財産を成すと皆さん社交三昧になるのは、成金だからでしょうか。やはり、貴族の真似をしたがるようです。
それに比べるとお兄様は未だに働き者で、ワーカーホリックと申しましょうか、両親に負けじと新規事業をどんどん立ち上げて、今では富豪番付に載るほど。
でもまるきり時間が無いということですから、それで兄様が幸せなのかどうか、気になってしまうのです。
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