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第一章

ちがうの、この身の程知らずの豚のせいなの

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 わたくし、まだ子供でした。エゴイストだったのでございます。

 ヒューバート様をわたくしのものにしたくて、彼自身の幸せを考えることができなかった。

 自分への愛が勝っていたのでしょう。振られても仕方なかったの。


 わたくしからの婚約破棄でしたので、クライヴ兄様はわたくしがヒューバート様を嫌いになったのだと思ったようです。

 原因が何かしきりに聞きたがりました。

「どうした? いつか遠くに嫁に行くくらいなら、そのまま本当に結婚してもよかったんだぞ? いつでもこのお兄たんに会えるし」

 お兄様、その目論見が失敗したのですわ。わたくしだってそうしたかったの……。

 ミラベルにすら、詳しい事情は話しておりません。

 二人とも、それぞれ違う理由で破局したのだと考え、わたくしを慰めました。

「お兄様って、昔からデリカシー無いのよ。クライヴと同じで」
「あいつ、君のオヤツを食べちゃったのかい? でもそれは、俺が手紙を出して口を酸っぱくして言ったからなんだ。シンシアが食べすぎないよう気をつけてほしいと」

 本当のことは申せません。

 二人ともわたくしの味方をしてくれる気がするからです。つまり、ヒューバート様を責めてしまうのではないかと。

 でも、違うの。わたくしが、この身の程知らずの豚めが、あさましい欲を持ってしまい──ヒューバート様の初めての恋をダメにした。

 二人の仲を引き裂いたわたくしが、全面的に悪かったのです。

 それを分かっていたから恥ずかしくて、本当のことを言えなかったの。

「わたくし、違う方と恋をしたくなったの。彼からの婚約を受けたのは、若気の至りだったわ」

 仕方なくミラベルとわたくしの家族には、そう説明しました。そしてこの破局のことは、もう何も聞かないでと釘を刺して。あの時のクライヴ兄様のショックを受けた顔と言ったら……。







 ヒューバート様がフリーになったことは、瞬く間に世間に広がりました。しかしながら、たかが子供の口約束だったのだと、わたくしという婚約者の存在自体が、すぐに無かったことにされたのです。

 もとより、高嶺の令息とこの醜いブタが婚約していたなんて、信じたくなかった人たちがほとんどでしょうから。

 まあ、ありがたいことではございますが……だって、ヒューバート様にこれ以上恥をかかせなくて済みます。

 ひどい目に遭わせたあげく、彼の人生の汚点となるのは忍びないですしね。

 ただ学院内ではさんざんでした。

「デブのくせにヒューバート様を振るって何様ですの!?」
「本当はあちらから振ったのよね?」
「けっきょくD専ではなかったということでいいのよね?」
「ダイエットしなきゃ!」

 肥満率の高くなった学院で、怨嗟に満ちた声がわたくしに降りかかります。ですが甘んじて受けました。ヒューバート様がデブ専という噂を信じさせてしまった、わたくしが悪いの。

 それでもこの期に及んで、あまりヒューバート様に付きまとわないよう彼女たちに言いたかったのですが……もちろんそんな資格はございませんわね。

 ナディーン様とダメになった今、ヒューバート様は他の結婚相手を探さなければならないわけです。

 侯爵家には跡取りが要る。女嫌いだから、などとはもう言っていられないはず。たとえ相手がこのあさましい鮫令嬢たちでも……いつかは……。

 わたくしは唇を噛み、ひたすら黙っておりました。


「お兄様、領地から帰ってこないわね」

 ミラベルに言われて、わたくしはフォークを置きました。

 カフェテリアは──席は上流クラスと異なりますが──共同施設なので、最近はここで彼女と一緒に食べております。見渡すと、席はガラガラです。

 学院のカフェテリアから大食いブームが去ったのは、やはりわたくしが振られたていになっているからでしょう。

 第二王子アーサー様など、すれ違いざまに振り返りながら両手でわたくしを指差して「う~ん、デブ!」と指摘していきます。

 分かっていますったら。

 わたくしの中の「ふくよかな女性は可愛い」神話は崩壊しました。ヒューバート様に振られたことで、完全に目が覚めたのです。

 わたくしは、醜い豚なのでございます。
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