9 / 91
第一章
わたくし豚に似てます?
しおりを挟む
その日の夕食の席で、かいがいしくポークソテーを切り分けてわたくしの口に突っ込んでくるお兄様に、わたくしは尋ねました。
「わたくし、豚さんに似てます?」
お父様がぐっぶっふぉぉっとワインを吹き出し、お母さまがカシャーンとスプーンをお皿に落とし、給仕がワインのボトルを手から滑らせて割り、執事が零れた液体に足を取られてスッ転び、メイドたちが慌ただしくそれを片付けます。
「し、失礼しました、お給料から引いてください」
「いや、私こそ驚かせてしまって」
「新しいスプーンをお持ちします」
「お怪我は? ガラスをすぐに片付けなければ」
やだわ、お父様もお母様も、いつもはマナーにうるさいのに。
わたくしは、特に反応せずわたくしの口の中にトマトを突っ込もうとしているお兄様に、もう一度尋ねました。
「わたくし、猪豚並みに太っていますか? ミラベルに言われたのです」
クライヴ兄様が眉を吊りあげました。
「ミラベルが? あいつ、なんてバカなことを。そんなわけがないだろう?」
「でも、確かに美少女の誉れ高いミラベルとわたくしは、まるきりフォルムが違いますわ」
「もちろんタイプは違うが、君だって可愛らしいよ、シンシア。けして猪豚ではない。そうだな、どちらかと言うと、ミニブタか、毛を刈られる前の羊だろうか」
わたくしはほっとして、骨付き肉の骨をバリンッと噛み砕きました。
よかった。ふわふわしてキュートってことよね。
お父様が咳払いをしながらおっしゃいました。
「明日の侯爵邸でのパーティー、本当に婚約発表をしてもいいのかい? 結婚は法律上、十六にならなければできないし、ヒューバート君も学院を卒業したばかりだ。別に急がなくてもいい気がするが」
クライヴ兄様が目を白黒させております。まさか愛しい妹の男除けのために、偽の婚約をさせるなどとお父様には言えないのでしょう。
「光栄なことではあるがね……。成金のステイプルトン家としては、おそらく最高の嫁ぎ先になるだろうからな」
お父様の言葉に、そうか、とクライヴ兄様は頷きました。
「それだけじゃない。侯爵邸は隣だし、ヒューバートの嫁ならば垣根を乗りこえていつでも我が妹に会いにいけるし……いつか他の男に嫁にやるよりは……」
ブツブツ考え込んでいるお兄様。これはもしかして、協力してもらえるかも?
わたくしはお兄様の手が止まってしまったので、自らフォークの先のトマトにパクンと食いつきました。お母さまと目が合いました。その目は優しいけれど、物言いたげです。
おっと、お行儀ですわね。
「シンシアがもう結婚の約束をするなんて……寂しいわね。では、レディとしての振るまいもちゃんと教えなくてはならないわ」
わたくしはナプキンで口を拭きました。
「ほら、お兄様。お母さまもこうおっしゃっているわ。もうお口アーンはおやめください」
「そういう問題じゃないのよ、シンシア。実はわたくしも、あなたは少し太りすぎていると思うわ。可愛いけれど」
お母さまは、わたくしの体を見て申し訳なさそうにおっしゃいます。
「ドレスを作っても、あっという間に入らなくなりそう。クライヴ、お願いだからもう食べさせないで。明日の舞踏会で布地が破れたらどうするの」
「バカを言わないでください、母上」
クライヴ兄様が、ナプキンをテーブルに叩きつけました。
「夜中にお腹が空いたら、シンシアが可哀想じゃないですか」
「わたくし、豚さんに似てます?」
お父様がぐっぶっふぉぉっとワインを吹き出し、お母さまがカシャーンとスプーンをお皿に落とし、給仕がワインのボトルを手から滑らせて割り、執事が零れた液体に足を取られてスッ転び、メイドたちが慌ただしくそれを片付けます。
「し、失礼しました、お給料から引いてください」
「いや、私こそ驚かせてしまって」
「新しいスプーンをお持ちします」
「お怪我は? ガラスをすぐに片付けなければ」
やだわ、お父様もお母様も、いつもはマナーにうるさいのに。
わたくしは、特に反応せずわたくしの口の中にトマトを突っ込もうとしているお兄様に、もう一度尋ねました。
「わたくし、猪豚並みに太っていますか? ミラベルに言われたのです」
クライヴ兄様が眉を吊りあげました。
「ミラベルが? あいつ、なんてバカなことを。そんなわけがないだろう?」
「でも、確かに美少女の誉れ高いミラベルとわたくしは、まるきりフォルムが違いますわ」
「もちろんタイプは違うが、君だって可愛らしいよ、シンシア。けして猪豚ではない。そうだな、どちらかと言うと、ミニブタか、毛を刈られる前の羊だろうか」
わたくしはほっとして、骨付き肉の骨をバリンッと噛み砕きました。
よかった。ふわふわしてキュートってことよね。
お父様が咳払いをしながらおっしゃいました。
「明日の侯爵邸でのパーティー、本当に婚約発表をしてもいいのかい? 結婚は法律上、十六にならなければできないし、ヒューバート君も学院を卒業したばかりだ。別に急がなくてもいい気がするが」
クライヴ兄様が目を白黒させております。まさか愛しい妹の男除けのために、偽の婚約をさせるなどとお父様には言えないのでしょう。
「光栄なことではあるがね……。成金のステイプルトン家としては、おそらく最高の嫁ぎ先になるだろうからな」
お父様の言葉に、そうか、とクライヴ兄様は頷きました。
「それだけじゃない。侯爵邸は隣だし、ヒューバートの嫁ならば垣根を乗りこえていつでも我が妹に会いにいけるし……いつか他の男に嫁にやるよりは……」
ブツブツ考え込んでいるお兄様。これはもしかして、協力してもらえるかも?
わたくしはお兄様の手が止まってしまったので、自らフォークの先のトマトにパクンと食いつきました。お母さまと目が合いました。その目は優しいけれど、物言いたげです。
おっと、お行儀ですわね。
「シンシアがもう結婚の約束をするなんて……寂しいわね。では、レディとしての振るまいもちゃんと教えなくてはならないわ」
わたくしはナプキンで口を拭きました。
「ほら、お兄様。お母さまもこうおっしゃっているわ。もうお口アーンはおやめください」
「そういう問題じゃないのよ、シンシア。実はわたくしも、あなたは少し太りすぎていると思うわ。可愛いけれど」
お母さまは、わたくしの体を見て申し訳なさそうにおっしゃいます。
「ドレスを作っても、あっという間に入らなくなりそう。クライヴ、お願いだからもう食べさせないで。明日の舞踏会で布地が破れたらどうするの」
「バカを言わないでください、母上」
クライヴ兄様が、ナプキンをテーブルに叩きつけました。
「夜中にお腹が空いたら、シンシアが可哀想じゃないですか」
18
お気に入りに追加
1,371
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる