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第一章
わたくし豚に似てます?
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その日の夕食の席で、かいがいしくポークソテーを切り分けてわたくしの口に突っ込んでくるお兄様に、わたくしは尋ねました。
「わたくし、豚さんに似てます?」
お父様がぐっぶっふぉぉっとワインを吹き出し、お母さまがカシャーンとスプーンをお皿に落とし、給仕がワインのボトルを手から滑らせて割り、執事が零れた液体に足を取られてスッ転び、メイドたちが慌ただしくそれを片付けます。
「し、失礼しました、お給料から引いてください」
「いや、私こそ驚かせてしまって」
「新しいスプーンをお持ちします」
「お怪我は? ガラスをすぐに片付けなければ」
やだわ、お父様もお母様も、いつもはマナーにうるさいのに。
わたくしは、特に反応せずわたくしの口の中にトマトを突っ込もうとしているお兄様に、もう一度尋ねました。
「わたくし、猪豚並みに太っていますか? ミラベルに言われたのです」
クライヴ兄様が眉を吊りあげました。
「ミラベルが? あいつ、なんてバカなことを。そんなわけがないだろう?」
「でも、確かに美少女の誉れ高いミラベルとわたくしは、まるきりフォルムが違いますわ」
「もちろんタイプは違うが、君だって可愛らしいよ、シンシア。けして猪豚ではない。そうだな、どちらかと言うと、ミニブタか、毛を刈られる前の羊だろうか」
わたくしはほっとして、骨付き肉の骨をバリンッと噛み砕きました。
よかった。ふわふわしてキュートってことよね。
お父様が咳払いをしながらおっしゃいました。
「明日の侯爵邸でのパーティー、本当に婚約発表をしてもいいのかい? 結婚は法律上、十六にならなければできないし、ヒューバート君も学院を卒業したばかりだ。別に急がなくてもいい気がするが」
クライヴ兄様が目を白黒させております。まさか愛しい妹の男除けのために、偽の婚約をさせるなどとお父様には言えないのでしょう。
「光栄なことではあるがね……。成金のステイプルトン家としては、おそらく最高の嫁ぎ先になるだろうからな」
お父様の言葉に、そうか、とクライヴ兄様は頷きました。
「それだけじゃない。侯爵邸は隣だし、ヒューバートの嫁ならば垣根を乗りこえていつでも我が妹に会いにいけるし……いつか他の男に嫁にやるよりは……」
ブツブツ考え込んでいるお兄様。これはもしかして、協力してもらえるかも?
わたくしはお兄様の手が止まってしまったので、自らフォークの先のトマトにパクンと食いつきました。お母さまと目が合いました。その目は優しいけれど、物言いたげです。
おっと、お行儀ですわね。
「シンシアがもう結婚の約束をするなんて……寂しいわね。では、レディとしての振るまいもちゃんと教えなくてはならないわ」
わたくしはナプキンで口を拭きました。
「ほら、お兄様。お母さまもこうおっしゃっているわ。もうお口アーンはおやめください」
「そういう問題じゃないのよ、シンシア。実はわたくしも、あなたは少し太りすぎていると思うわ。可愛いけれど」
お母さまは、わたくしの体を見て申し訳なさそうにおっしゃいます。
「ドレスを作っても、あっという間に入らなくなりそう。クライヴ、お願いだからもう食べさせないで。明日の舞踏会で布地が破れたらどうするの」
「バカを言わないでください、母上」
クライヴ兄様が、ナプキンをテーブルに叩きつけました。
「夜中にお腹が空いたら、シンシアが可哀想じゃないですか」
「わたくし、豚さんに似てます?」
お父様がぐっぶっふぉぉっとワインを吹き出し、お母さまがカシャーンとスプーンをお皿に落とし、給仕がワインのボトルを手から滑らせて割り、執事が零れた液体に足を取られてスッ転び、メイドたちが慌ただしくそれを片付けます。
「し、失礼しました、お給料から引いてください」
「いや、私こそ驚かせてしまって」
「新しいスプーンをお持ちします」
「お怪我は? ガラスをすぐに片付けなければ」
やだわ、お父様もお母様も、いつもはマナーにうるさいのに。
わたくしは、特に反応せずわたくしの口の中にトマトを突っ込もうとしているお兄様に、もう一度尋ねました。
「わたくし、猪豚並みに太っていますか? ミラベルに言われたのです」
クライヴ兄様が眉を吊りあげました。
「ミラベルが? あいつ、なんてバカなことを。そんなわけがないだろう?」
「でも、確かに美少女の誉れ高いミラベルとわたくしは、まるきりフォルムが違いますわ」
「もちろんタイプは違うが、君だって可愛らしいよ、シンシア。けして猪豚ではない。そうだな、どちらかと言うと、ミニブタか、毛を刈られる前の羊だろうか」
わたくしはほっとして、骨付き肉の骨をバリンッと噛み砕きました。
よかった。ふわふわしてキュートってことよね。
お父様が咳払いをしながらおっしゃいました。
「明日の侯爵邸でのパーティー、本当に婚約発表をしてもいいのかい? 結婚は法律上、十六にならなければできないし、ヒューバート君も学院を卒業したばかりだ。別に急がなくてもいい気がするが」
クライヴ兄様が目を白黒させております。まさか愛しい妹の男除けのために、偽の婚約をさせるなどとお父様には言えないのでしょう。
「光栄なことではあるがね……。成金のステイプルトン家としては、おそらく最高の嫁ぎ先になるだろうからな」
お父様の言葉に、そうか、とクライヴ兄様は頷きました。
「それだけじゃない。侯爵邸は隣だし、ヒューバートの嫁ならば垣根を乗りこえていつでも我が妹に会いにいけるし……いつか他の男に嫁にやるよりは……」
ブツブツ考え込んでいるお兄様。これはもしかして、協力してもらえるかも?
わたくしはお兄様の手が止まってしまったので、自らフォークの先のトマトにパクンと食いつきました。お母さまと目が合いました。その目は優しいけれど、物言いたげです。
おっと、お行儀ですわね。
「シンシアがもう結婚の約束をするなんて……寂しいわね。では、レディとしての振るまいもちゃんと教えなくてはならないわ」
わたくしはナプキンで口を拭きました。
「ほら、お兄様。お母さまもこうおっしゃっているわ。もうお口アーンはおやめください」
「そういう問題じゃないのよ、シンシア。実はわたくしも、あなたは少し太りすぎていると思うわ。可愛いけれど」
お母さまは、わたくしの体を見て申し訳なさそうにおっしゃいます。
「ドレスを作っても、あっという間に入らなくなりそう。クライヴ、お願いだからもう食べさせないで。明日の舞踏会で布地が破れたらどうするの」
「バカを言わないでください、母上」
クライヴ兄様が、ナプキンをテーブルに叩きつけました。
「夜中にお腹が空いたら、シンシアが可哀想じゃないですか」
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