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第二章

ヴェロニカ連れされられる

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 鞍付きの馬に狙いを定めて飛び乗り、ダン・カンは騎馬した先住民たちが駆けてくる方に向かって、馬を走らせた。

 肩に担ぎ上げていた女を鞍の前に乗せる。小柄なので扱いやすかった。

 白人が追い付いたら、この女に銃を向けて牽制しよう。こんな小娘が人質になるかは分からないが、少なくともその辺りの兵士たちよりは位が高そうだった。

 ダン・カンは今の自分が心もとなくて嫌だった。早く代わりのペニスケースを見つけなければなるまい。まるで裸でいるような気分だ。いや、まるでというか、裸だった。

 さすがに今は、有志たちと共に戦うわけにはいかない。急所をむき出しにしているのだから。

 それに──。

 ズキッと脇腹に痛みが走る。追手の吹き矢が一発当たったのだ。小さな穴だが、鉛玉とかいう遅延性の毒があるとかないとか……。

 女を背中側に乗せておけば、奴らは撃ってこなかっただろうか。失敗した。

(傷を洗わなければ)

 小さな泉の場所を思い出しながら、ダンは馬を走らせ続けた。その振動すら、地味に辛かった。

 仲間の戦士たちや、追手の姿が見えなくなってから、ようやく馬の速度を落した。傷に響かないよう、ゆっくり歩かせる。

 出血が思ったより酷かったのか──いや、たぶん血を見て気持ち悪くなったのかもしれないが、フラフラしてくる。

 泉が見えてきた。湧き水の浅い水辺にホッとしたその瞬間、ぐらりと体が傾いだ。





 ヴェロニカは無理やり馬の前に乗せられ、緊張していた。

 ……だって、やけに当たるのだ、彼のむき出しのアレが。

(なんて破廉恥なのかしら)

 人質に取られてしまった自分の不甲斐なさを、背後の男にぶつける。

 全裸である。

 完全に変態である。

 そんな男に、後ろから抱きしめられるような形になっているのだ。

 疾走している馬上なので、そのような変態にしがみつくしかない自分が不甲斐ない。

 背はやたら高いが、痩身である。

 父を筆頭に、プロスターチン軍の兵士たちはヒゲもじゃガチムチが多かったので、比べるとずいぶん貧弱に思えたが……。

 意外にも、そんな薄い体には、腹筋や胸筋がしっかりついている。やはり戦士なのだなと思った。

 自国の兵士たちとは違う鍛え方をしているのか、そもそも人種が違うので、鍛えてもガチムチに膨らんだ体型にはならないのか。

 しげしげと、六ブロックに分かれた腹筋を観察していると、金臭さに気づいた。脇腹が血に濡れている。

 なんと、この男怪我をしているのだ。撃たれたらしい。

(わたくしが捕まっているのに銃を向けるなんて、許せませんわ)

 ヴェロニカは不快になった。間違って彼女に当たったら、どうするつもりなのだろう。

 それにしても、彼の血はなかなか止まらない。見た目より深いのだろうか。

 やっと馬が止まった。と思ったら、突然相手が後ろからのしかかってきて驚く。むぎゅうと前のめりになりながら、慌てて支えた。

 後ろに目をやると、男は辛そうに呼吸している。意識が朦朧としているようだ。

 危なく二人して、馬から落ちるところだった。

(あら、この方を突き落とせば、逃げられるんじゃありませんこと?)

 相手もそれに気づいたのか、必死に意識を保とうとしつつ、憎々しげにこちらを睨んでいる。

 ヴェロニカはその苛烈な視線にひるみ、ひるんだ自分に腹をたてるように、ツンッと横を向いた。

 ついに男の頭がガクッと落ちる。

(まあ……お亡くなりになったのかしら?)

 ますます彼の体重がかかり、ヴェロニカは突き落とそうとして地面を見下ろした。思ったより高度がある。

 生きていたらさぞ痛いだろう。

 まあ、どうでもいいことだ。変態であるのだから。いや違った、敵であるわけだし。

 そう思ったのに、なぜだか躊躇してしまう。おそらく、全裸で死なせるのがちょっと気の毒になったのだろう。

 仕方なく彼の体を馬に預け、自分が馬を降りた。

 男の背が波打っているのを見るかぎり、まだ生きている。脇腹の傷は、走っている時ほど出血していない。やっと止まってきたようだ。

 背中に触れてみた。

 すごい熱だった。

 ヴェロニカは相手が動けないのを確認してから、レースのハンカチを泉で濡らし、傷口を調べた。

 いつ撃たれたのだろう。この熱は傷が膿んだのだろうか。いや、症状が出るのは早い気がする。

 男の鼻の穴から、タリッと鼻水が垂れた。

 なんと、どうやらこれは銃創関係無く、体調を崩して熱で倒れているのだ。つまり風邪である。

(裸でなんかいるからよ、なんておバカさんなのかしら)

 ヴェロニカは呆れた。秋だと言うのにこの格好。ヴェロニカは仕方なく軍服の上着を脱いでかけてやる。

「さて、どうしたものかしら」

 自分は戦う軍人ではない。脳筋の兄が心配で、無理を言って軍属にしてもらったようなものだ。

 それに、先住民だからと言って、やたら殺していいとは思わない。

「うぅうう」

 うめき声。苦しそうだ。

 辺りを見渡すと、すぐ近くに民家が見えた。なるほど、水場があるなら、開拓者の村があっても不思議ではない。

 立ち上がって近づいていくと、誰も居ない廃村であることが分かった。

 あちこち黒焦げの家もある。既に、先住民に襲撃された後なのだろう。教会もすっかり壊されている。

 一番近くの大きな平屋に入ってみると、意外なことに、中は荒らされていなかった。

 ヴェロニカは息をつくと、仕方なく男を馬で運んだ。

 石造りの、間口の広い玄関だったので、馬ごと室内に乗り入れた。ベッドがあって良かった。

 男を馬からベッドへ突き落とす。綿が詰まっているから大丈夫だろうと思ったが、長身なため、ずれた頭が床について「ゴンッ」という音がした。

 馬を外につなぐと、ヴェロニカは家の中を探索する。

 幸い、救急箱があった。軟膏や石灰酸の瓶やリネンを見つけたので、手を洗い、男の傷に手当を施す。

 触ってみた限りだと、鉛玉が残っている様子は無い。切開などはしなくて大丈夫そうだ。

 古い臭いがするが、住民の毛布はそのまま残されていた。ありったけ運ぶと、男の上にかける。これだけの動作で、小柄なヴェロニカは汗だくだった。

 暗く古い井戸もあったが、水が心配だった。泉に行ってリネンを濡らし、体の汗を拭う。誰も見ていなくて良かった。公爵令嬢ともあろう者が、外で行水なんて。

 そして、今度は寒くなってきた。

 部屋に戻るとビクッとなる。男が起き上がってこちらを見ていた。

「な、なによ、わたくし、貴方のこと助けてあげたのよ。感謝してもらってもいいくらいだわ」

 後ずさりする。

 男はまだ朦朧としているようで、虚ろな目でヴェロニカをしばらく見ていたが、再びひっくり返ってしまった。

 ヴェロニカはほっとして、今のうちに逃げようとした。ここにある物でなんとか荷を整えて、砦に──。

 そこでハッとなる。北の砦エーデルバが襲撃された。

 今どうなっているのだろう。あそこは、もしかしたら最後の拠点なのかもしれないのに。

 あの砦が落ちたら──。

(わたくしは、どこに行けばいいの……)

 行く場所も無く、その場にしゃがみこむ。

 日が暮れそうだった。外に居れば狼やコヨーテの餌食になる。

 ヴェロニカはよろよろと立ち上がり、獣の餌にならないよう、厩を探して馬を押し込んだ。

 飼葉が残っていて水もまだ入っている。もしかして、誰か使っている者がいるのかもしれない。

 この村に、生き残りが居る?

 しかし何度見まわっても、人の気配はしなかった。

 それに最初に入った家よりも、他の民家は荒れている。隙間風がすごそうだし、半分は焼けていて、座る場所も無さそうだ。

 一方泉の近くの民家は窓ガラスが入っていて、しかも割れてもいない。わりと金持ちの家だったのだろうか。

(あんなに具合が悪そうなんだし、しばらく、動けないわよね)

 明日考えよう。明日、砦の様子を遠くから見に行こう。無事ならいいが、全滅なら──。

 ヴェロニカはガクガク震えた。不安からではなく、普通に寒い。行水を止めておけばよかった。仕方なく元の民家に戻る。

 幸い、男はまだ寝ていた。

 オイルの入ったランタンと火打石が置いてあったので点火し、この家のめぼしい物を集めて荷造りしておく。

 暖炉にくべる薪は無かった。ものすごくがっかりした。

 ほんとうに、何をやっているのか。汗をかいたからと言って、日暮れ近くに行水などするのではなかった。

 すっかり冷えた体を抱き、毛布をかぶる。

 男からなるべく離れた場所に座った。すぐ逃げられるように戸口である。

 ここなら厩も近いし、男が目を覚ましそうになったら速攻で逃げよう。
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