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海賊王に彼はならなかった

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 滞りなく調印式は終わり、条約が締結されたその夜、ミハス島からの士官──元イザベラ号の乗組員ら──も招いた歓迎の宴が催された。

 海辺には例によって、レガリア王国自慢の花火が打ち上げられる。

 アリリオはミハス艦隊の提督を任されていた。

 えらい出世だが、イスハークへの態度は「なに、お前、皇帝になったの? やるじゃん!」と、相変わらず無礼だった……。

 ソルム公爵家のバルコニーで、パーティーの喧騒から逃れ、ひとり花火を見ているジョセフィーナ。そこへ、アリリオから当時の事情を聞いたイスハークがやってきた。

「寒くないの?」
「冬とはいえ、リア半島は温暖な地ですからね」

 ここから花火を見ると、結婚式前夜をいつも思い出す。

「ところで君は、本当にフェルナンドを諦めるつもりだったのかい?」

 イスハークが静かにそう質問した。

「──そうですわ」
「それで良かったのかね?」

 ジョセフィーナは鎖骨まで赤く染め、俯いた。

 イスハークは、歳を重ねて人妻の艶っぽさを醸し出すジョセフィーナに見とれる。昼と違い、今は下ろしてある長い髪は、黄金の滝のようだ。

 ゲスゲス言っていた水夫時代を懐かしむ。今や立派な淑女である。近寄り難いほどの。

 ジョセフィーナはしばらく沈黙していたが、やがてふっくらした赤い唇を開き、そうですわね、と呟く。

「当時は、使命感が勝ってしまい……でも」

 実はあの世に旅立つ前に、カルロス老にも聞かれた質問だ。

 室内で国王夫妻と話しているフェルナンドの方を盗み見る。

 ちょうど従僕が、飲み物をバルコニーに運んできてくれた。

 イスハークは今回大量に購入する予定のレガリアの特産、バルチノングラスに注がれた琥珀の液体を受け取り、ジョセフィーナに渡した。

 彼女はそれを飲み干し、ますます赤くなった顔を上げて、ようやくきちんと答えた。

「今はバカだったと思います。わたくしは、彼から離れられない。……彼にわたくしが必要か否かはどうでもいいの。神託とか、痣とか、運命とか関係ないのです。わたくしが、もう離れられないの」

 イスハークは、惚気けやがって、と小さく毒づいた。

「さっきフェルナンドにも聞いてみたんだよ」
「え!?」

 素っ頓狂な声が上がった。

「な、なんと聞いたのですがんすか!?」
「……あのまま、前の王太子との交代劇が無くて、君がそいつと結婚していたらどうするの? 諦めるつもりだったの? って」
「殿下は、ななな、なんとおっしゃってげすやんすか!?」

 動揺すると、訛るらしい。イスハークは面白がって王太子妃を見つめた。

「国王夫妻から話が来たのは、ギリギリだったらしいよ。危うく半島ごとぶっ潰して、王太子妃を略奪しにくるところだったってさ。やだねー、海賊思考じゃん。レガリアを滅ぼすっていうあいつの神託、当たるところだったな」

 まあ、君たち二人の答えによっては、君を略奪するつもりだった私が言うのもなんだけどね、とジョーク──おそらく──を言ってから、イスハークはジョセフィーナの肩に自分のドルマンを羽織らせ、室内に戻っていった。



※ ※ ※



 薄暗い部屋に、子守唄が聞こえる。

 パトリシオは羊水に包まれたような、心地いい微睡みに身を任せる。

「さあ、坊や。今日は美味しいチョコバナナがあるのよ、アーンして食べさせてあげましょうね」

 パトリシオは、言われるがままに口を開けた。

「あぶあぶーあぶー」

 カルドナ侯は、ご機嫌な妻ソフィアを見つめ、これで良かったのだと自分を納得させた。












ご愛読ありがとうございました!(^^ゞ
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