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ジョセフィーナ割り込む
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フェルナンドは海図を受け取るとテーブルに広げた。イスハーク皇子ものぞき込む。
綺麗に整えられた爪で、皇子はトンと海図の上を突いた。
「やってほしいのは、マフデニヤ島から出る貿易船だな」
「ああ、銀山か」
「その島の採掘権は丸々皇族のだ。誰かしら私の兄弟が携わっている」
「どちらかというと、戻ってきた船を襲いたいんだが……」
東のティンポール大陸から来る船は、香料や綿花や茶葉に煙草、象牙に絹織物と、西の国々に欠かせない貿易品を積んでいる。宝の船だ。
「大丈夫大丈夫、マフデニヤ島に一旦運ばれるからね。ティンポール大陸の交易が、皇族の専売になりつつある。こいつら異母兄弟らの出世を潰してくれるなら、協力する」
フェルナンドが口を開こうとした時、可愛い声が割り込んできた。
「でも、この島の東海岸に近づくには、北周りだと海峡を抜ける形になりますわよね。渦潮が発生するし、大陸からせり出したセーブル岬の砲台からの射程に入ってしまいます」
レガリア海軍が何隻沈んだと思いますの? と指摘しながら、声の主──ジョセフは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
面食らう二人の前で、さらに顎に人差し指を当て、目線を上に向け考え込む。
「そうかといって島の南周りからだと、海流が邪魔するので倍の時間がかかります。今の時期、風向きも強すぎて、下手したら南の大陸の方に流されて、浅瀬で座礁してしまいますわ。ただでさえ、島影が多い海域です」
東西の陸路だけでなく海路まで独占しようとするソル帝国には、どの国も手を焼いているのだが、元々この海の航海は難しかった。
「セーブル岬の砲台は、砲門数も増えて飛距離も伸びたそうですわ。高台から狙われたら船体はバラバラですわよ。最近ですと、ポランダ王国の東ティンポール会社の船が、十五隻沈められました。五隻は引き潮の時間を読み間違って岩礁に引っかかったのです。危険ですわ」
戸惑う男二人の視線に、やっと気づいたジョセフだ。船長室に沈黙が降りた。
ジョセフは一気に挙動不審になる。
「危険ゲスわ、わんす」
もう訛りがめちゃくちゃだ。
「……坊や、火薬運びじゃないのかね? 航海士志望?」
イスハーク皇子が、ジョセフィーナを疑い深い青い目で凝視した。
「あ、いえ、そんなわけないでやんす。でもこの海域はクラーケンが渦を起こすと、ばっちゃが言ってただ」
「海峡になっているせいで、渦が発生するだけだ、ジョセフ。規則性はあるから避けられる。あとクラーケンなんていねーよ」
フェルナンドはジョセフを注意深く観察しながら、静かに説明した。
「ただ、船の墓場って言われてる海域だからな。難しいのは確かだ。それと、護衛船の数がやたら多いので有名だ」
「そりゃあたっぷり東の大陸のお宝を積んでるんだ。おまいら西の国々も南の大陸のやつらも、海賊じゃなくたってこぞってヒャッハーズになるだろうよ」
皇子は、ヒャッハーと言いながらソル帝国の船を襲ってきたフェルナンドの船員を揶揄するように、意地悪く笑う。
「まあな。あんたの船は楽勝だった」
煽るようにフェルナンドも返す。バチバチ火花が散り、ジョセフはオロオロしている。
「仕方ないだろう、私は皇子の中でもみそっかすなんだから。護衛艦の隻数が少ない。混血の私に割く戦力などないんだ」
最後の方は自嘲気味な皇子の言葉に、何だか微妙な空気になる。
皇子はその空気をごまかすように、突然身を乗り出した。手を伸ばしてジョセフの頭のスカーフを掴んで取り外す。
「……もったいないな、せっかく可愛い顔なのに薄汚いじゃないか。洗ってやれば輝くぞ」
さらにスカーフからこぼれた金の髪を見て、目を細めた。
「さっき、甲板で水夫らが雨水シャワーをやっていただろ? 君もやってきたまえ」
「ケツを狙うのは殿下だけじゃないんですよ」
フェルナンドは苦笑いする。それから、水差しに水を汲んできて、とジョセフに命じた。ところが皇子は、まだしげしげとジョセフの顔を凝視している。
「この子を新皇帝の貢物にしたら、私のクビは繋がるかもな。兄も面食いだ。売ってくれ……いや、あの老いた豚畜生にやるのはもったいないな、私の小姓にするからよこせ海賊」
「ひょぇぇ」
青ざめるジョセフ。この皇子はどこまで本気で言っているのか、分かりにくいところがある。
「一応、これ乗組員なんで。仲間は売れねーな。ほら、行けよジョセフ」
フェルナンドが助け舟を出した。だが皇子はしつこい。彼の言葉を無視し、水差しを取りに行こうとしたジョセフの手首を掴み、グイッと引っ張った。
「私はね、美しい物が好きだ。硝煙やタールに塗れた艦隊なんて率いたくはなかった。しかし、海にはとんでもないお宝が転がっているのだな?」
膝に乗せられ、ゆっくり頬を撫でられ、ジョセフは凍りついている。やめるでやんす、さわるなでがんすと、恐怖に固まった細い声しか出ていない。
「お尻がふっくらしてるじゃないか。うん、例え男でも……やれそうだ」
「なにを!?」
ジョセフは悲鳴まじりに喚いた。
フェルナンドは赤くなったり青くなったりしているジョセフを見て「例え男でもね」と呟くと、椅子から立ち上がる。
綺麗に整えられた爪で、皇子はトンと海図の上を突いた。
「やってほしいのは、マフデニヤ島から出る貿易船だな」
「ああ、銀山か」
「その島の採掘権は丸々皇族のだ。誰かしら私の兄弟が携わっている」
「どちらかというと、戻ってきた船を襲いたいんだが……」
東のティンポール大陸から来る船は、香料や綿花や茶葉に煙草、象牙に絹織物と、西の国々に欠かせない貿易品を積んでいる。宝の船だ。
「大丈夫大丈夫、マフデニヤ島に一旦運ばれるからね。ティンポール大陸の交易が、皇族の専売になりつつある。こいつら異母兄弟らの出世を潰してくれるなら、協力する」
フェルナンドが口を開こうとした時、可愛い声が割り込んできた。
「でも、この島の東海岸に近づくには、北周りだと海峡を抜ける形になりますわよね。渦潮が発生するし、大陸からせり出したセーブル岬の砲台からの射程に入ってしまいます」
レガリア海軍が何隻沈んだと思いますの? と指摘しながら、声の主──ジョセフは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
面食らう二人の前で、さらに顎に人差し指を当て、目線を上に向け考え込む。
「そうかといって島の南周りからだと、海流が邪魔するので倍の時間がかかります。今の時期、風向きも強すぎて、下手したら南の大陸の方に流されて、浅瀬で座礁してしまいますわ。ただでさえ、島影が多い海域です」
東西の陸路だけでなく海路まで独占しようとするソル帝国には、どの国も手を焼いているのだが、元々この海の航海は難しかった。
「セーブル岬の砲台は、砲門数も増えて飛距離も伸びたそうですわ。高台から狙われたら船体はバラバラですわよ。最近ですと、ポランダ王国の東ティンポール会社の船が、十五隻沈められました。五隻は引き潮の時間を読み間違って岩礁に引っかかったのです。危険ですわ」
戸惑う男二人の視線に、やっと気づいたジョセフだ。船長室に沈黙が降りた。
ジョセフは一気に挙動不審になる。
「危険ゲスわ、わんす」
もう訛りがめちゃくちゃだ。
「……坊や、火薬運びじゃないのかね? 航海士志望?」
イスハーク皇子が、ジョセフィーナを疑い深い青い目で凝視した。
「あ、いえ、そんなわけないでやんす。でもこの海域はクラーケンが渦を起こすと、ばっちゃが言ってただ」
「海峡になっているせいで、渦が発生するだけだ、ジョセフ。規則性はあるから避けられる。あとクラーケンなんていねーよ」
フェルナンドはジョセフを注意深く観察しながら、静かに説明した。
「ただ、船の墓場って言われてる海域だからな。難しいのは確かだ。それと、護衛船の数がやたら多いので有名だ」
「そりゃあたっぷり東の大陸のお宝を積んでるんだ。おまいら西の国々も南の大陸のやつらも、海賊じゃなくたってこぞってヒャッハーズになるだろうよ」
皇子は、ヒャッハーと言いながらソル帝国の船を襲ってきたフェルナンドの船員を揶揄するように、意地悪く笑う。
「まあな。あんたの船は楽勝だった」
煽るようにフェルナンドも返す。バチバチ火花が散り、ジョセフはオロオロしている。
「仕方ないだろう、私は皇子の中でもみそっかすなんだから。護衛艦の隻数が少ない。混血の私に割く戦力などないんだ」
最後の方は自嘲気味な皇子の言葉に、何だか微妙な空気になる。
皇子はその空気をごまかすように、突然身を乗り出した。手を伸ばしてジョセフの頭のスカーフを掴んで取り外す。
「……もったいないな、せっかく可愛い顔なのに薄汚いじゃないか。洗ってやれば輝くぞ」
さらにスカーフからこぼれた金の髪を見て、目を細めた。
「さっき、甲板で水夫らが雨水シャワーをやっていただろ? 君もやってきたまえ」
「ケツを狙うのは殿下だけじゃないんですよ」
フェルナンドは苦笑いする。それから、水差しに水を汲んできて、とジョセフに命じた。ところが皇子は、まだしげしげとジョセフの顔を凝視している。
「この子を新皇帝の貢物にしたら、私のクビは繋がるかもな。兄も面食いだ。売ってくれ……いや、あの老いた豚畜生にやるのはもったいないな、私の小姓にするからよこせ海賊」
「ひょぇぇ」
青ざめるジョセフ。この皇子はどこまで本気で言っているのか、分かりにくいところがある。
「一応、これ乗組員なんで。仲間は売れねーな。ほら、行けよジョセフ」
フェルナンドが助け舟を出した。だが皇子はしつこい。彼の言葉を無視し、水差しを取りに行こうとしたジョセフの手首を掴み、グイッと引っ張った。
「私はね、美しい物が好きだ。硝煙やタールに塗れた艦隊なんて率いたくはなかった。しかし、海にはとんでもないお宝が転がっているのだな?」
膝に乗せられ、ゆっくり頬を撫でられ、ジョセフは凍りついている。やめるでやんす、さわるなでがんすと、恐怖に固まった細い声しか出ていない。
「お尻がふっくらしてるじゃないか。うん、例え男でも……やれそうだ」
「なにを!?」
ジョセフは悲鳴まじりに喚いた。
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