83 / 90
月の加護を失う
しおりを挟む
気づくと、身体中に鎖を巻かれていた。
生臭くて、揺れる板の上だった。
ギシギシ軋む音は、セシリアの不安を誘う。
星空が見下ろしている。大きな月も。
見下ろされるのは嫌い。まるで、あの女みたいだもの。
あいつが生きていた? 嘘よ、認めないわ!
輝く髪の色も、世界を映したような瞳の色も、セシリアが手に入れられなかった物。しかも公爵家だ。そんな女が同じ年頃の従姉であれば、比べられ、嫌な思いをするのは必至。
しかも、ちょっと綺麗に生まれたぐらいで王太子妃だなんて、ルナ神はとても不公平だとセシリアは思った。
「あの家はおかしいわ」
と、ある日母カルメンが言った。
金の無心のため、父エルネストとヴェントゥス家を訪ねた時らしい。
公爵邸の裏庭で、聞いたこともない言葉をジョセフィーナが発していたと、母は言う。そのあと風が吹き荒れ、まるで、魔術のようだったと……。
「前から思っていたの。公爵家は気味が悪いわ」
母は父にそう言っていた。
本当に魔女だったらいいのに。セシリアはそう思った。
それからジョセフィーナを注意して見るようになった。すると従姉は、母カルメンの言う通り妙な言葉を呟いた。
まるで呪文のような。
魔女だわ! セシリアは大喜びで、さっそく王太子に報告したのだ。
別に魔女じゃなくてもよかった。
月の加護を受けてきたジョセフィーナを、とにかく貶めたかったのだ。
彼女の飼っていた犬、猫、カナリヤや亀まで殺したのは、最初は悪戯からだった。ジョセフィーナを悲しませたくて。
叔父のサミュエルを殺すための毒を試したというよりは──単純にあの女を絶望させたかった。
家族が死んだらもっと悲しむだろう。そう思った時、そこから子爵家の窮乏を救う小細工を思いついたのだ。
当主が死ねば、成人前のナタリオの後見人は、体の弱い叔母ではなく、セシリアの父になる。
ジョセフィーナを不幸に陥れてやりたかった。それなのに、取り乱さず悲しみに耐えるその姿は、よけい周囲からの同情を買い、賞賛され、腹が立って仕方がなかったのだ。
だから、社交の場で王太子を見かけた時、何としても奪ってやろうと思った。
ただでさえ恵まれているのに、あんなイケメンの妃が約束されているなんて、ずるい。彼を隣に並べることができたら、ジョセフィーナに勝てる気がしたのである。
驚いたことに、王太子は簡単に誘惑できた。
勘違いだったのだ。自分はジョセフィーナより劣っていると、卑屈になってしまっていた。自分の魅力を、分かっていなかった!
王太子殿下は、私を選んだのよ!
王太子の愛は、どんなものより価値があった。初めてジョセフィーナに勝ったと──。
「着いたぞ」
男の声がした。
鎖を引っ張られ、セシリアは無理やり起こされる。古い騎士の格好をした男が、月を映した水面を見つめていた。
さざ波が、丸く白い影を歪めている。
セシリアには、これから何が起こるか分からなかった。
「ちょっと、無礼じゃない!」
白のサーコートに月の紋章。大兜はフルフェイスで、男の表情は見えない。
「神託の王太子妃、魔女セシリア」
無感動な声に、セシリアは震えあがる。
「教皇聖下の神託の通り、レガリア王家を滅ぼそうとした。王太子に刃物を向け、殺そうとした罪は大きい」
「え? なに? なんのこと?」
「……グラディウス王家が断絶の危機に陥ったのだぞ」
セシリアは喚き散らした。
「知らないわよ! 殿下があの女の帰還を喜んだから、目を覚まさせようとしただけよ! あの女はお高くとまってるだけで、中身はビッチなのよ? 殿下の心をいいように弄んで、惑わせて! だいたいね、ルナ神が不公平だから私は自分で行動するしかなかったんじゃないっ何が全知全能の唯一神よただの役立たずじゃないっそもそも神なんていないのよ!」
月の騎士はしばらく黙ったまま、喚き散らす女を眺めていた。だがすぐにその罵詈雑言に飽いたのか「月に代わって刑を執行する」と宣言し、彼女を海に突き落とした。
生臭くて、揺れる板の上だった。
ギシギシ軋む音は、セシリアの不安を誘う。
星空が見下ろしている。大きな月も。
見下ろされるのは嫌い。まるで、あの女みたいだもの。
あいつが生きていた? 嘘よ、認めないわ!
輝く髪の色も、世界を映したような瞳の色も、セシリアが手に入れられなかった物。しかも公爵家だ。そんな女が同じ年頃の従姉であれば、比べられ、嫌な思いをするのは必至。
しかも、ちょっと綺麗に生まれたぐらいで王太子妃だなんて、ルナ神はとても不公平だとセシリアは思った。
「あの家はおかしいわ」
と、ある日母カルメンが言った。
金の無心のため、父エルネストとヴェントゥス家を訪ねた時らしい。
公爵邸の裏庭で、聞いたこともない言葉をジョセフィーナが発していたと、母は言う。そのあと風が吹き荒れ、まるで、魔術のようだったと……。
「前から思っていたの。公爵家は気味が悪いわ」
母は父にそう言っていた。
本当に魔女だったらいいのに。セシリアはそう思った。
それからジョセフィーナを注意して見るようになった。すると従姉は、母カルメンの言う通り妙な言葉を呟いた。
まるで呪文のような。
魔女だわ! セシリアは大喜びで、さっそく王太子に報告したのだ。
別に魔女じゃなくてもよかった。
月の加護を受けてきたジョセフィーナを、とにかく貶めたかったのだ。
彼女の飼っていた犬、猫、カナリヤや亀まで殺したのは、最初は悪戯からだった。ジョセフィーナを悲しませたくて。
叔父のサミュエルを殺すための毒を試したというよりは──単純にあの女を絶望させたかった。
家族が死んだらもっと悲しむだろう。そう思った時、そこから子爵家の窮乏を救う小細工を思いついたのだ。
当主が死ねば、成人前のナタリオの後見人は、体の弱い叔母ではなく、セシリアの父になる。
ジョセフィーナを不幸に陥れてやりたかった。それなのに、取り乱さず悲しみに耐えるその姿は、よけい周囲からの同情を買い、賞賛され、腹が立って仕方がなかったのだ。
だから、社交の場で王太子を見かけた時、何としても奪ってやろうと思った。
ただでさえ恵まれているのに、あんなイケメンの妃が約束されているなんて、ずるい。彼を隣に並べることができたら、ジョセフィーナに勝てる気がしたのである。
驚いたことに、王太子は簡単に誘惑できた。
勘違いだったのだ。自分はジョセフィーナより劣っていると、卑屈になってしまっていた。自分の魅力を、分かっていなかった!
王太子殿下は、私を選んだのよ!
王太子の愛は、どんなものより価値があった。初めてジョセフィーナに勝ったと──。
「着いたぞ」
男の声がした。
鎖を引っ張られ、セシリアは無理やり起こされる。古い騎士の格好をした男が、月を映した水面を見つめていた。
さざ波が、丸く白い影を歪めている。
セシリアには、これから何が起こるか分からなかった。
「ちょっと、無礼じゃない!」
白のサーコートに月の紋章。大兜はフルフェイスで、男の表情は見えない。
「神託の王太子妃、魔女セシリア」
無感動な声に、セシリアは震えあがる。
「教皇聖下の神託の通り、レガリア王家を滅ぼそうとした。王太子に刃物を向け、殺そうとした罪は大きい」
「え? なに? なんのこと?」
「……グラディウス王家が断絶の危機に陥ったのだぞ」
セシリアは喚き散らした。
「知らないわよ! 殿下があの女の帰還を喜んだから、目を覚まさせようとしただけよ! あの女はお高くとまってるだけで、中身はビッチなのよ? 殿下の心をいいように弄んで、惑わせて! だいたいね、ルナ神が不公平だから私は自分で行動するしかなかったんじゃないっ何が全知全能の唯一神よただの役立たずじゃないっそもそも神なんていないのよ!」
月の騎士はしばらく黙ったまま、喚き散らす女を眺めていた。だがすぐにその罵詈雑言に飽いたのか「月に代わって刑を執行する」と宣言し、彼女を海に突き落とした。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
【R18】女海賊は〇されて提督の性〇隷にされました!?【R18】
世界のボボ誤字王
恋愛
海賊に妻を殺され復讐を誓う海軍提督アーヴァイン。
拿捕した海賊船『月光』の首領が女であることを知り、妙案を思いつく。
この女を使って憎き妻の仇をおびき出してやろう。
アーヴァインはそう決意するが――。
※ムーンでは「パイオツシリーズ」第一弾です。(タイトル伏字に修正します)
初めてのパーティプレイで魔導師様と修道士様に昼も夜も教え込まれる話
トリイチ
恋愛
新人魔法使いのエルフ娘、ミア。冒険者が集まる酒場で出会った魔導師ライデットと修道士ゼノスのパーティに誘われ加入することに。
ベテランのふたりに付いていくだけで精いっぱいのミアだったが、夜宿屋で高額の報酬を貰い喜びつつも戸惑う。
自分にはふたりに何のメリットなくも恩も返せてないと。
そんな時ゼノスから告げられる。
「…あるよ。ミアちゃんが俺たちに出来ること――」
pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantia(続編有)にも投稿しております。
【https://fantia.jp/fanclubs/501495】
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった
ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。
あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。
細かいことは気にしないでください!
他サイトにも掲載しています。
注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?
季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる