5 / 90
地下牢と忍び寄る不安
しおりを挟む
ふん、何が異端審問官よ。
ジョセフィーナは屈辱と恐怖を押しやろうと自分を鼓舞した。
我が国は教会勢力から独立しているもの。異端審問所は国内に存在しないし、すぐにこんな茶番は終わるわ!
困惑顔の衛兵に地下へと連行されながらも、落ち着きと自尊心を取り戻そうと深呼吸する。
嬉しそうについてくる王太子を振り返り、キッと睨みつけた。さらに、その後から粛々と続く、固く唇を引き結んだ王の側近である三役に、ジョセフィーナは毅然とした態度を崩さず抗議を続けた。
「今ならまだ冗談で済ませられますわ」
王宮の地下は城塞時代の名残で暗く冷たかった。現在はワインセラーや食料の保存場所になっているが、衛兵の持つランタンに照らされた古い壁には彼らの影が踊り、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
ジョセフィーナは内心震えあがっていたが、それをおくびにも出さなかった。
「アルマラス伯爵、王太子殿下の悪ふざけを止めてください」
きっぱり言ったにも関わらず、宰相だけでなく、誰ひとりとして返事をしない。変ですわ……彼らは陛下の廷臣ですのに。
ジョセフィーナは牢の扉が閉ざされる寸前まで三伯爵に訴え続けたが、彼らは最後まで彼女と目を合わさず、黙ってその場を去っていった。
……どういうことですの?
何かがおかしい、とジョセフィーナの胃の腑から不安の芽がもたげる。
王太子パトリシオはランタンを掲げ、
「婚約破棄だ! あははは! 婚約破棄は気んもちいいぜっ!」
と叫びながら、牢の前をぐるぐると行ったり来たりしている。
悪戯を成功させた子供のような楽天的な笑顔が橙色の光に照らされ、まるで彼こそ悪魔のように思えた。
国王の決定を覆し、王太子の気まぐれを遂行するなど本来有り得ない。周囲の者たちが王太子を止めるべきなのに……。不安と恐怖を押さえ込んで考え込むジョセフィーナ。
もしかすると、何かの陰謀が関わっているのかもしれない。宮廷内の勢力が変わったのかしら。
父──ヴェントゥス公爵家の当主が亡くなったばかりであるのも気になる。
このわたくしが、魔女の告発を受けるだなんて。
じっと考え込むジョセフィーナである。
元財務大臣の宰相アルマラス伯爵は、在任中、自らが貴族でありながら、貴族や聖職者への課税を推進した男だ。グランデにまで課税できなかったことを不満に思っていたはず。
ドキドキしてきた。
彼に追従する者が多かったら……。父の死で、グランデの権力が弱まると考えた者が続いたら……。ジョセフィーナは、自分の立場の不安定さに気づいた。
子供のようにはしゃぐこのパトリシオも、ことの重大さを分かっていないのではないか。魔女……異端審問……訪れていた教皇の使者。
そこまで考え、ジョセフィーナはハッと顔をあげた。これは、グランデが持つ特権への不満ではないのかもしれない。ゴクリと生唾を呑み込む。
宰相のアルマラス伯爵は、敬虔なルナ教徒でもある。侍従長イバルロンド伯爵は、長兄──嫡子を亡くし、伯爵位を継ぐために世俗に返った元聖職者。
大法官兼尚書のシルベストレ伯爵は、白人至上主義。ソル教の一夫多妻制を嫌悪し、帝国を破廉恥蛮族だと罵っていたっけ……。
サワッとジョセフィーナの背筋が寒くなった。
そういえば、国王夫妻の一行が帝国に向かってから、枢機卿の訪問はますます増えていたとか──。
ジョセフィーナは屈辱と恐怖を押しやろうと自分を鼓舞した。
我が国は教会勢力から独立しているもの。異端審問所は国内に存在しないし、すぐにこんな茶番は終わるわ!
困惑顔の衛兵に地下へと連行されながらも、落ち着きと自尊心を取り戻そうと深呼吸する。
嬉しそうについてくる王太子を振り返り、キッと睨みつけた。さらに、その後から粛々と続く、固く唇を引き結んだ王の側近である三役に、ジョセフィーナは毅然とした態度を崩さず抗議を続けた。
「今ならまだ冗談で済ませられますわ」
王宮の地下は城塞時代の名残で暗く冷たかった。現在はワインセラーや食料の保存場所になっているが、衛兵の持つランタンに照らされた古い壁には彼らの影が踊り、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
ジョセフィーナは内心震えあがっていたが、それをおくびにも出さなかった。
「アルマラス伯爵、王太子殿下の悪ふざけを止めてください」
きっぱり言ったにも関わらず、宰相だけでなく、誰ひとりとして返事をしない。変ですわ……彼らは陛下の廷臣ですのに。
ジョセフィーナは牢の扉が閉ざされる寸前まで三伯爵に訴え続けたが、彼らは最後まで彼女と目を合わさず、黙ってその場を去っていった。
……どういうことですの?
何かがおかしい、とジョセフィーナの胃の腑から不安の芽がもたげる。
王太子パトリシオはランタンを掲げ、
「婚約破棄だ! あははは! 婚約破棄は気んもちいいぜっ!」
と叫びながら、牢の前をぐるぐると行ったり来たりしている。
悪戯を成功させた子供のような楽天的な笑顔が橙色の光に照らされ、まるで彼こそ悪魔のように思えた。
国王の決定を覆し、王太子の気まぐれを遂行するなど本来有り得ない。周囲の者たちが王太子を止めるべきなのに……。不安と恐怖を押さえ込んで考え込むジョセフィーナ。
もしかすると、何かの陰謀が関わっているのかもしれない。宮廷内の勢力が変わったのかしら。
父──ヴェントゥス公爵家の当主が亡くなったばかりであるのも気になる。
このわたくしが、魔女の告発を受けるだなんて。
じっと考え込むジョセフィーナである。
元財務大臣の宰相アルマラス伯爵は、在任中、自らが貴族でありながら、貴族や聖職者への課税を推進した男だ。グランデにまで課税できなかったことを不満に思っていたはず。
ドキドキしてきた。
彼に追従する者が多かったら……。父の死で、グランデの権力が弱まると考えた者が続いたら……。ジョセフィーナは、自分の立場の不安定さに気づいた。
子供のようにはしゃぐこのパトリシオも、ことの重大さを分かっていないのではないか。魔女……異端審問……訪れていた教皇の使者。
そこまで考え、ジョセフィーナはハッと顔をあげた。これは、グランデが持つ特権への不満ではないのかもしれない。ゴクリと生唾を呑み込む。
宰相のアルマラス伯爵は、敬虔なルナ教徒でもある。侍従長イバルロンド伯爵は、長兄──嫡子を亡くし、伯爵位を継ぐために世俗に返った元聖職者。
大法官兼尚書のシルベストレ伯爵は、白人至上主義。ソル教の一夫多妻制を嫌悪し、帝国を破廉恥蛮族だと罵っていたっけ……。
サワッとジョセフィーナの背筋が寒くなった。
そういえば、国王夫妻の一行が帝国に向かってから、枢機卿の訪問はますます増えていたとか──。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】
ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。
※ムーンライトノベルにも掲載しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
初めてのパーティプレイで魔導師様と修道士様に昼も夜も教え込まれる話
トリイチ
恋愛
新人魔法使いのエルフ娘、ミア。冒険者が集まる酒場で出会った魔導師ライデットと修道士ゼノスのパーティに誘われ加入することに。
ベテランのふたりに付いていくだけで精いっぱいのミアだったが、夜宿屋で高額の報酬を貰い喜びつつも戸惑う。
自分にはふたりに何のメリットなくも恩も返せてないと。
そんな時ゼノスから告げられる。
「…あるよ。ミアちゃんが俺たちに出来ること――」
pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantia(続編有)にも投稿しております。
【https://fantia.jp/fanclubs/501495】
宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される
こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!?
※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください
※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~
二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。
そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。
+性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる