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地下牢と忍び寄る不安

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 ふん、何が異端審問官よ。

 ジョセフィーナは屈辱と恐怖を押しやろうと自分を鼓舞した。

 我が国は教会勢力から独立しているもの。異端審問所は国内に存在しないし、すぐにこんな茶番は終わるわ!

 困惑顔の衛兵に地下へと連行されながらも、落ち着きと自尊心を取り戻そうと深呼吸する。

 嬉しそうについてくる王太子を振り返り、キッと睨みつけた。さらに、その後から粛々と続く、固く唇を引き結んだ王の側近である三役に、ジョセフィーナは毅然とした態度を崩さず抗議を続けた。

「今ならまだ冗談で済ませられますわ」

 王宮の地下は城塞時代の名残で暗く冷たかった。現在はワインセラーや食料の保存場所になっているが、衛兵の持つランタンに照らされた古い壁には彼らの影が踊り、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

 ジョセフィーナは内心震えあがっていたが、それをおくびにも出さなかった。

「アルマラス伯爵、王太子殿下の悪ふざけを止めてください」

 きっぱり言ったにも関わらず、宰相だけでなく、誰ひとりとして返事をしない。変ですわ……彼らは陛下の廷臣ですのに。

 ジョセフィーナは牢の扉が閉ざされる寸前まで三伯爵に訴え続けたが、彼らは最後まで彼女と目を合わさず、黙ってその場を去っていった。

 ……どういうことですの?

 何かがおかしい、とジョセフィーナの胃の腑から不安の芽がもたげる。

 王太子パトリシオはランタンを掲げ、

「婚約破棄だ! あははは! 婚約破棄は気んもちいいぜっ!」

 と叫びながら、牢の前をぐるぐると行ったり来たりしている。

 悪戯を成功させた子供のような楽天的な笑顔が橙色の光に照らされ、まるで彼こそ悪魔のように思えた。

 国王の決定を覆し、王太子の気まぐれを遂行するなど本来有り得ない。周囲の者たちが王太子を止めるべきなのに……。不安と恐怖を押さえ込んで考え込むジョセフィーナ。

 もしかすると、何かの陰謀が関わっているのかもしれない。宮廷内の勢力が変わったのかしら。

 父──ヴェントゥス公爵家の当主が亡くなったばかりであるのも気になる。

 このわたくしが、魔女の告発を受けるだなんて。

 じっと考え込むジョセフィーナである。

 元財務大臣の宰相アルマラス伯爵は、在任中、自らが貴族でありながら、貴族や聖職者への課税を推進した男だ。グランデにまで課税できなかったことを不満に思っていたはず。

 ドキドキしてきた。

 彼に追従する者が多かったら……。父の死で、グランデの権力が弱まると考えた者が続いたら……。ジョセフィーナは、自分の立場の不安定さに気づいた。

 子供のようにはしゃぐこのパトリシオも、ことの重大さを分かっていないのではないか。魔女……異端審問……訪れていた教皇の使者枢機卿

 そこまで考え、ジョセフィーナはハッと顔をあげた。これは、グランデが持つ特権への不満ではないのかもしれない。ゴクリと生唾を呑み込む。

 宰相のアルマラス伯爵は、敬虔なルナ教徒でもある。侍従長イバルロンド伯爵は、長兄──嫡子を亡くし、伯爵位を継ぐために世俗に返った元聖職者。

 大法官兼尚書のシルベストレ伯爵は、白人至上主義。ソル教の一夫多妻制を嫌悪し、帝国を破廉恥蛮族だと罵っていたっけ……。

 サワッとジョセフィーナの背筋が寒くなった。

 そういえば、国王夫妻の一行が帝国に向かってから、枢機卿の訪問はますます増えていたとか──。
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