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パトリシオを襲った不幸
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「失明……でございますか?」
式が終わると、離宮での惨劇を国王自らが明かしてくれた。
「止める間もなく、庭バサミでな……」
悲痛な表情の国王ヒルベルト。王妃ベアトリスはハラハラ涙を零している。それを見て、ジョセフィーナは真実なのだと悟った。
「セシリアが、そんな大それたことを……」
凄惨な光景を思い浮かべ、口を押さえて目を閉じた。
「わたくしは、守れなかったのね……」
フェルナンドがジョセフィーナの肩をしっかり抱きよせる。
「そうじゃない」
フェルナンドは、実の父である国王の顔を真っ直ぐ見据えた。
「そうだろ? こういう言葉は好きじゃないが、成るべくして成った。かけ間違えていたボタンが、戻ったんだ」
ジョセフィーナは目をぱちくりする。国王は恥じるような控えめな声で説明した。
「『神託』の間違いは、君にだけあったわけじゃないのだ、ヴェントゥス公爵令嬢──いや、王太子妃よ」
──双子の弟が王家に危機をもたらす。
まだ王妃の腹にいるうちに降りた神託である。
元々同性の双子の存在は、継承争いの火種になりかねないと、どの国でも忌まれてきた。
「教皇庁は、弟の方を処分するよう要求してきたんだ。もちろん反対したが、当時のルナ教会の影響力は強くてな」
グランデらが頷く。腐敗と分裂が進んだ今ですら、盲目的な信者がいるのだ。前宰相アルマラス伯のように。
国王は申し訳なさげに息子から目を逸らし、青い軍服の男を見る。
「フェルナンドが身を隠せる場所を、我々は密かに探した。適任者が、当時レガリア海軍の本土で士官をしていたガスパール・デ・コルテス君だ」
カルドナ侯爵が一礼する。国王は頷いてから続けた。
「我が国では先に取り上げられた方が弟なのだが、教皇庁では違った。兄、弟の定義が逆だったのだよ」
弟は、パトリシオだった。
「だがどちらだろうと、関係ない。二人とも私の大事な息子だからね。我々は一人を処分した事にして、極秘でガスパール君という若い士官に預けたんだ」
「神託」は、明確にその詳細を伝えてくれるものではない。漠然とした神の言葉に振り回されるくらいなら、来るべき未来に打ち勝つ努力をした方が、どれほど建設的かしれない。
「星の痣は、両方にあったのですか?」
「痣?」
ジョセフィーナのふとした疑問に、国王夫妻が目を丸くする。カルドナ侯がピンときたようだ。
「フェルナンド、いや、殿下。口を開けなさい……いや、お開けください」
やりにくそうだ。
「養子に迎え、しばらくしてから舌の痣には気づきました。これが何か?」
養父に促され、フェルナンドが国王にベロを出してみせる。
「……なんと」
国王夫妻が顔を見合わせた。
「王家であるグラディウス家では、星の痣を持つものが現れると、その者は剣聖と呼ばれるほど剣技に優れた者になるらしい。一応氏神の力だ。そうして我が身を守るのだとか」
フェルナンドは笑った。
「なんだそりゃ、しょぼい能力だな。大砲一発であの世行きの世界で、剣がなんの役にたつんだ?」
ジョセフィーナはイスハーク皇子の艦とやりあった時に、うっとり見てしまった彼の動きを思い出す。
人間離れしたアレが、役に立たないですって? そんなことない。少なくとも、フェルナンドを剣で倒せる者はいないもの。
パトリシオに痣があるとは、聞いたことがない。
「神託はフェルナンドが王太子だと示唆していたのですね」
フェルナンドは自分自身で御身を守ってきたのだ。この王太子は、わたくしなどいなくても……むしろわたくしが守られていたわ。
肩の力が抜けた。護らなくてもいい王太子。大きな荷を降ろせたかのような、妙な気分だった。
そんなジョセフィーナを見て、カルロス老が口を出した。
「教会的にはそうだろうな。ルナ教の『神託』が指し示すものと我らが『氏神』の伝承が示すものは、共に王家の危機であった。『神託』により赤子が取り違えられなければ、ジョセフィーナは痣を持って生まれなかった可能性はある」
国王がたまらず首を振る。
「意味が無いことだ。全知全能の神は間違えないのかもしれないが、我々人は愚かで、受け取り方を歪めていく。それに──」
フェルナンドに──過去に切り捨てた息子に、国王はすこし迷ってから伝えた。
「もしかすると、最初に君を王太子に指名していたら、君はパトリシオのように育ったのかもしれない。私を含め、周囲に甘やかされることになったろうから」
たらればなど詮無いことだが……。今頃失明し、気が触れていたのは、フェルナンドだったのかもしれない。
「我々が追い詰めなければ、セシリアは王太子を傷つけようとはしなかったはずだ。神託のせいで、神託通りに行動させてしまった」
なにがどう転んで人の行動に繋がるか分からない。あの時、ああすれば、ああしなければ──それは神託など関係なく、人生の中で多く起こりうることなのだから。
国王は、王太子が入れ替わったことを知る、わずかな者たちを見渡した。
「だから私は、神託など聞かぬ。今後二度と。よいな?」
式が終わると、離宮での惨劇を国王自らが明かしてくれた。
「止める間もなく、庭バサミでな……」
悲痛な表情の国王ヒルベルト。王妃ベアトリスはハラハラ涙を零している。それを見て、ジョセフィーナは真実なのだと悟った。
「セシリアが、そんな大それたことを……」
凄惨な光景を思い浮かべ、口を押さえて目を閉じた。
「わたくしは、守れなかったのね……」
フェルナンドがジョセフィーナの肩をしっかり抱きよせる。
「そうじゃない」
フェルナンドは、実の父である国王の顔を真っ直ぐ見据えた。
「そうだろ? こういう言葉は好きじゃないが、成るべくして成った。かけ間違えていたボタンが、戻ったんだ」
ジョセフィーナは目をぱちくりする。国王は恥じるような控えめな声で説明した。
「『神託』の間違いは、君にだけあったわけじゃないのだ、ヴェントゥス公爵令嬢──いや、王太子妃よ」
──双子の弟が王家に危機をもたらす。
まだ王妃の腹にいるうちに降りた神託である。
元々同性の双子の存在は、継承争いの火種になりかねないと、どの国でも忌まれてきた。
「教皇庁は、弟の方を処分するよう要求してきたんだ。もちろん反対したが、当時のルナ教会の影響力は強くてな」
グランデらが頷く。腐敗と分裂が進んだ今ですら、盲目的な信者がいるのだ。前宰相アルマラス伯のように。
国王は申し訳なさげに息子から目を逸らし、青い軍服の男を見る。
「フェルナンドが身を隠せる場所を、我々は密かに探した。適任者が、当時レガリア海軍の本土で士官をしていたガスパール・デ・コルテス君だ」
カルドナ侯爵が一礼する。国王は頷いてから続けた。
「我が国では先に取り上げられた方が弟なのだが、教皇庁では違った。兄、弟の定義が逆だったのだよ」
弟は、パトリシオだった。
「だがどちらだろうと、関係ない。二人とも私の大事な息子だからね。我々は一人を処分した事にして、極秘でガスパール君という若い士官に預けたんだ」
「神託」は、明確にその詳細を伝えてくれるものではない。漠然とした神の言葉に振り回されるくらいなら、来るべき未来に打ち勝つ努力をした方が、どれほど建設的かしれない。
「星の痣は、両方にあったのですか?」
「痣?」
ジョセフィーナのふとした疑問に、国王夫妻が目を丸くする。カルドナ侯がピンときたようだ。
「フェルナンド、いや、殿下。口を開けなさい……いや、お開けください」
やりにくそうだ。
「養子に迎え、しばらくしてから舌の痣には気づきました。これが何か?」
養父に促され、フェルナンドが国王にベロを出してみせる。
「……なんと」
国王夫妻が顔を見合わせた。
「王家であるグラディウス家では、星の痣を持つものが現れると、その者は剣聖と呼ばれるほど剣技に優れた者になるらしい。一応氏神の力だ。そうして我が身を守るのだとか」
フェルナンドは笑った。
「なんだそりゃ、しょぼい能力だな。大砲一発であの世行きの世界で、剣がなんの役にたつんだ?」
ジョセフィーナはイスハーク皇子の艦とやりあった時に、うっとり見てしまった彼の動きを思い出す。
人間離れしたアレが、役に立たないですって? そんなことない。少なくとも、フェルナンドを剣で倒せる者はいないもの。
パトリシオに痣があるとは、聞いたことがない。
「神託はフェルナンドが王太子だと示唆していたのですね」
フェルナンドは自分自身で御身を守ってきたのだ。この王太子は、わたくしなどいなくても……むしろわたくしが守られていたわ。
肩の力が抜けた。護らなくてもいい王太子。大きな荷を降ろせたかのような、妙な気分だった。
そんなジョセフィーナを見て、カルロス老が口を出した。
「教会的にはそうだろうな。ルナ教の『神託』が指し示すものと我らが『氏神』の伝承が示すものは、共に王家の危機であった。『神託』により赤子が取り違えられなければ、ジョセフィーナは痣を持って生まれなかった可能性はある」
国王がたまらず首を振る。
「意味が無いことだ。全知全能の神は間違えないのかもしれないが、我々人は愚かで、受け取り方を歪めていく。それに──」
フェルナンドに──過去に切り捨てた息子に、国王はすこし迷ってから伝えた。
「もしかすると、最初に君を王太子に指名していたら、君はパトリシオのように育ったのかもしれない。私を含め、周囲に甘やかされることになったろうから」
たらればなど詮無いことだが……。今頃失明し、気が触れていたのは、フェルナンドだったのかもしれない。
「我々が追い詰めなければ、セシリアは王太子を傷つけようとはしなかったはずだ。神託のせいで、神託通りに行動させてしまった」
なにがどう転んで人の行動に繋がるか分からない。あの時、ああすれば、ああしなければ──それは神託など関係なく、人生の中で多く起こりうることなのだから。
国王は、王太子が入れ替わったことを知る、わずかな者たちを見渡した。
「だから私は、神託など聞かぬ。今後二度と。よいな?」
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