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呪いの言葉と旅立ち

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 それは、ジョセフィーナの独占欲からきた言葉だった。

 自分は王太子の妃となるのに、彼には一人でいてほしいなんて言えない。でも彼が他の女性のものになるのは我慢ならない。

 不特定多数の女性なら、なんとか我慢できる。でも特別を作って欲しくない。ジョセフィーナ以外愛してほしくない。

 なんて……ね。船乗りの心は自由。おそらくジョセフィーナがいなくなれば、彼は解き放たれ、また日常に戻っていくのだろう。

 ジョセフィーナは、自分が風使いである自負がある。

 しかしながら、フェルナンドという風をずっと捕まえておくことなどできない。そう確信していた。

 だから、ちょっとだけ棘を残したかったのだ。彼の胸に。

 誰かと幸せになっても、ふとした拍子にジョセフィーナを思い出してくれるよう、ずるくて卑怯な呪いをかけた。

 だって不公平じゃない? 私だけ一生苦しむなんて……。

 自分の恋慕だけではない。これから添い遂げることになる、王太子パトリシオに対する罪悪感に対してもだ。

 ジョセフィーナは一生苦しむことになる。

 だって、愛は無いもの。ここにしか無いもの。

 出会ってはならなかった。……ただ、後悔はしていない。

「お元気で」

 ジョセフィーナはそう言うと、フェルナンドの部屋を出た。

 こんどこそ、お別れだった。







 美しいと思っていたパステルカラーの海は、今はやけにしらじらしくて、人工的で、偽物のように感じてしまう。

 しかしやがて島影は無くなり、味気ない紺碧の外洋に出ると、すぐにその海が恋しくなった。

 帰りは海軍のフリゲート艦で送ってくれた。総督自らだ。

  ミハス島の気候が合わない妻を領地に送り、家令に任せきりの侯爵領を見るついでだとか。
 


「悪いね。フェルナンドは、あまり王都の港に顔を出せない」

 カルドナ侯が、夫人を連れて露甲板に出てきた。ジョセフィーナは目を伏せる。

「殿下に、似ていますものね」

 会えなくなるのは分かっていた。

「将来は領地を継いでもらいたいが……」

 とカルドナ侯は言った。

「まったくですわ」

 侯爵夫人のソフィアが大きく頷く。

「だがあの顔だから、宮廷に出仕もできまい。田舎の領地で、王太子パトリシオなど知らぬ者たちに囲まれ、のんびり生きていければ……」

 カルドナ侯は自嘲気味に呟く。

「そんな生き方は、息子には似合わない気がするがな」

 妻に睨まれて、カルドナ侯は黙った。

 ジョセフィーナは、海上覇権を奪い合う各国の船を思い浮かべた。フェルナンドは今、どこかの国の船を襲っているのかもしれない。私掠船の許可証を携えて。

 またはその逆で商船を守り、戦っているのかもしれない。レガリア海軍として。

「わたくし、できるだけフェルナンドたちが戦わない世の中にしたいですわ」
「ほう……さすが王太子妃」

 カルドナ侯が目を見張る。ジョセフィーナは侯爵夫人の青白く繊細そうな顔を見て微笑む。

 待つ者の気持ちを、男は知らないのだ。
 
「わたくしも、ヘタレなのですわ」

 風の力がなんだと言うのか。近くにいなければ、本当に守りたい人のことは守ることができない、小さな力だ。

 ジョセフィーナは自分の無力さを噛み締めていた。



 
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