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カルドナ侯爵夫人
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船がミハス島の港に到着すると、さっそく乗っていた艦はドック入り。遺族と負傷者への補償金、そして拿捕賞金の計算にアリリオが走る。
けっきょく、総督府のパーティーで胸の谷間を見ても理解できなかったのはアリリオ一人で、聞けば乗組員のほとんどがジョセフの性別を見抜いていたようだ。
船乗りには女が船に乗ることを忌避する者も多いので、暗黙の了解で誰もが話題にしなかったとか……。
「もうこの航海だとアリリオとネヴァルくらいじゃないのか? あんな可愛い子が男だったら僕も男色に走るよ。華奢だし、お尻もぷりぷりだし──」
最初から見抜いたミシェルが、カラカラと笑いながらそう言いかけたが、フェルナンドに睨まれて黙った。
「騙していて申し訳なかったわ、アリリオ」
もじもじしながら話しかけると、アリリオももじもじしながら「あー、忙しい忙しい、主計長に会わなきゃ」と目を合わせずに、どこかに行ってしまった。
嫌われてしまったのかな、と悲しくなる。
「違うよ、あれは照れてるんだ」
フェルナンドが面白くなさそうに言う。
「あいつ、お前のチチ思い切り揉んだだろ?」
みるみる顔が熱くなるジョセフィーナである。そういえば、デブと罵られたっけ……。
「デブじゃなくて巨乳だなんて知ったら、ああなるって」
俺のパイオツなのに、と小さく呟くフェルナンドだが、ジョセフィーナはそれについては曖昧に笑うだけだった。
フェルナンドにはそれが一番気に入らなかったようだ。
帰航中もさんざん口説かれたジョセフィーナだが、けっきょくミハス島に残ることは了承しなかった。
頑固なジョセフィーナに切れたフェルナンドから、何度強引に欲望を注がれそうになったか分からない。
「孕ませれば俺のものだ」
と恐ろしい悪魔のように囁くも、ジョセフィーナが泣きそうになれば、
「わぁっ嘘だよ! ゴメンヨゴメンヨ」
と平謝りしてくる。嫌がる女性を強姦なんてできない人だと分かっている。
……嫌では無いのだけど。
ただ立場が許さないだけ。ジョセフィーナはしょんぼりした。
※
カルドナ侯ガスパールは、例によって凱旋の宴の準備をして彼らを待っていた。
「良かった。帰港が遅れたから、心配したんだぞ。妻のソフィアが着いている。紹介させていただけますか、ヴェントゥス公爵令嬢」
屋敷に入ると、線の細い夫人が微笑んでいた。ガスパールの妻ソフィアである。
「カルドナ侯爵夫人、お会いできて光栄です」
ジョセフィーナがスカートを穿いている体で腰をかがめて挨拶したが、ソフィアは宙を見つめたまま、まだ微笑んでいる。
「?」
ガスパールが何か言うより先に、フェルナンドが囁いた。
「出産時に本当の子を失って、心が壊れてしまったんだ。オレが養子になっていくらかは改善したんだが、成長するにつれ……また悪くなった」
正確には、フェルナンドが海軍に入ると聞いて悪化したのである。彼女は息子に傍にいてほしかったようだが、フェルナンドは違った。養父と同じく、軍人になりたがった。
「おまえの船が見えるまで、気が気じゃなかったみたいだぞ。しばらくは出航せずに、ソフィアを安心させてやってほしいな」
ガスパールは、軍艦乗りの妻や母になったせいで、心をすり減らした夫人を慮る。
過保護なのは百も承知だが、数奇な縁で授かった、たった一人の息子を危険な目に遭わせたくないのは、ガスパールも同じである。
軍艦乗りの自分の跡継ぎとして、相応しく育ったことを誇りに思いながらも、私掠船にも海軍の艦にも乗ってほしくないというのが本音としてあった。
「ご心配おかけしました。ですがそうゆっくりはできないのです。イスハーク皇子を送っていかなければなりませんので」
申し訳なさそうに言うフェルナンドに、ガスパールは苦笑する。
「まあそうだろうな。じっとしているのは苦手だろう」
自分は好きに生きていて、息子に不自由を強いてはいけない。ガスパールはそう自分に言い聞かせた。妻には悪いが……。
「ヴェントゥス公爵令嬢も、寂しいだろう」
そう言うと、彼女は屈託なく笑う。
「どうしてかしら? わたくしも行きますわよ?」
目を剥いて横を見たフェルナンドの顔は、見ものだった。
「何言ってんの!?」
「だってもう役立たずじゃないでやんす!」
「ダメに決まってんだろ!」
いつも気だるそうなスカした野郎だったのに、必死に引き止める息子の姿は、好きな女性に振り回される普通の男だった。
ふふふ、とソフィアが声を出して笑う。笑い声など久々に聞いたガスパールは、目を見開いた。
「ソフィア?」
「わたくしも、貴方についていけばよかったのかしら。貴方の死に怯えて、戦地に赴く貴方から目を逸らさずに」
ガスパールは呆れてしまう。あんな危険な場所に、一緒に妻を連れていけるわけがない。
「よしてくれ、君は港だ。港があるから、男は無茶できるんだ」
「勝手ですわね」
ソフィアはため息とともにそう零す。
「待つ者の気持ちなんて分からないくせに」
彼女の視線は、言い争う若い二人に移る。彼らを眩しそうに見つめてから呟いた。
「あの子に、わたくしはもう必要ないのね。とっくに」
けっきょく、総督府のパーティーで胸の谷間を見ても理解できなかったのはアリリオ一人で、聞けば乗組員のほとんどがジョセフの性別を見抜いていたようだ。
船乗りには女が船に乗ることを忌避する者も多いので、暗黙の了解で誰もが話題にしなかったとか……。
「もうこの航海だとアリリオとネヴァルくらいじゃないのか? あんな可愛い子が男だったら僕も男色に走るよ。華奢だし、お尻もぷりぷりだし──」
最初から見抜いたミシェルが、カラカラと笑いながらそう言いかけたが、フェルナンドに睨まれて黙った。
「騙していて申し訳なかったわ、アリリオ」
もじもじしながら話しかけると、アリリオももじもじしながら「あー、忙しい忙しい、主計長に会わなきゃ」と目を合わせずに、どこかに行ってしまった。
嫌われてしまったのかな、と悲しくなる。
「違うよ、あれは照れてるんだ」
フェルナンドが面白くなさそうに言う。
「あいつ、お前のチチ思い切り揉んだだろ?」
みるみる顔が熱くなるジョセフィーナである。そういえば、デブと罵られたっけ……。
「デブじゃなくて巨乳だなんて知ったら、ああなるって」
俺のパイオツなのに、と小さく呟くフェルナンドだが、ジョセフィーナはそれについては曖昧に笑うだけだった。
フェルナンドにはそれが一番気に入らなかったようだ。
帰航中もさんざん口説かれたジョセフィーナだが、けっきょくミハス島に残ることは了承しなかった。
頑固なジョセフィーナに切れたフェルナンドから、何度強引に欲望を注がれそうになったか分からない。
「孕ませれば俺のものだ」
と恐ろしい悪魔のように囁くも、ジョセフィーナが泣きそうになれば、
「わぁっ嘘だよ! ゴメンヨゴメンヨ」
と平謝りしてくる。嫌がる女性を強姦なんてできない人だと分かっている。
……嫌では無いのだけど。
ただ立場が許さないだけ。ジョセフィーナはしょんぼりした。
※
カルドナ侯ガスパールは、例によって凱旋の宴の準備をして彼らを待っていた。
「良かった。帰港が遅れたから、心配したんだぞ。妻のソフィアが着いている。紹介させていただけますか、ヴェントゥス公爵令嬢」
屋敷に入ると、線の細い夫人が微笑んでいた。ガスパールの妻ソフィアである。
「カルドナ侯爵夫人、お会いできて光栄です」
ジョセフィーナがスカートを穿いている体で腰をかがめて挨拶したが、ソフィアは宙を見つめたまま、まだ微笑んでいる。
「?」
ガスパールが何か言うより先に、フェルナンドが囁いた。
「出産時に本当の子を失って、心が壊れてしまったんだ。オレが養子になっていくらかは改善したんだが、成長するにつれ……また悪くなった」
正確には、フェルナンドが海軍に入ると聞いて悪化したのである。彼女は息子に傍にいてほしかったようだが、フェルナンドは違った。養父と同じく、軍人になりたがった。
「おまえの船が見えるまで、気が気じゃなかったみたいだぞ。しばらくは出航せずに、ソフィアを安心させてやってほしいな」
ガスパールは、軍艦乗りの妻や母になったせいで、心をすり減らした夫人を慮る。
過保護なのは百も承知だが、数奇な縁で授かった、たった一人の息子を危険な目に遭わせたくないのは、ガスパールも同じである。
軍艦乗りの自分の跡継ぎとして、相応しく育ったことを誇りに思いながらも、私掠船にも海軍の艦にも乗ってほしくないというのが本音としてあった。
「ご心配おかけしました。ですがそうゆっくりはできないのです。イスハーク皇子を送っていかなければなりませんので」
申し訳なさそうに言うフェルナンドに、ガスパールは苦笑する。
「まあそうだろうな。じっとしているのは苦手だろう」
自分は好きに生きていて、息子に不自由を強いてはいけない。ガスパールはそう自分に言い聞かせた。妻には悪いが……。
「ヴェントゥス公爵令嬢も、寂しいだろう」
そう言うと、彼女は屈託なく笑う。
「どうしてかしら? わたくしも行きますわよ?」
目を剥いて横を見たフェルナンドの顔は、見ものだった。
「何言ってんの!?」
「だってもう役立たずじゃないでやんす!」
「ダメに決まってんだろ!」
いつも気だるそうなスカした野郎だったのに、必死に引き止める息子の姿は、好きな女性に振り回される普通の男だった。
ふふふ、とソフィアが声を出して笑う。笑い声など久々に聞いたガスパールは、目を見開いた。
「ソフィア?」
「わたくしも、貴方についていけばよかったのかしら。貴方の死に怯えて、戦地に赴く貴方から目を逸らさずに」
ガスパールは呆れてしまう。あんな危険な場所に、一緒に妻を連れていけるわけがない。
「よしてくれ、君は港だ。港があるから、男は無茶できるんだ」
「勝手ですわね」
ソフィアはため息とともにそう零す。
「待つ者の気持ちなんて分からないくせに」
彼女の視線は、言い争う若い二人に移る。彼らを眩しそうに見つめてから呟いた。
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