【R18】ハメられましたわ!~海賊船に逃げ込んだ男装令嬢は、生きて祖国に帰りたい~

世界のボボ誤字王

文字の大きさ
上 下
68 / 90

セシリアの嘘

しおりを挟む
「妊娠してない?」

 離宮の侍医からの報告に、国王ヒルベルトは立ち上がる。

「はい。診断を頑なに断るので、おかしいとは思っておりましたが」
「いや……あり得るとは思っていたよ。やはりか。小娘が馬鹿にしよって!」

 ヒルベルトは憤慨するも、王妃ベアトリスがそっと「陛下……」と宥める。それでなんとか彼は激昂を抑え込んだ。

 テンネガルテ市から来た侍従と侍医も疲れきったように、あるいはあきれ果てたように、やれやれと首を振る。

「確認が遅れ、申し訳ございませんでした」

 悲痛な表情に、ますます怒りのやり場が無くなるヒルベルトだった。

 事実、侍医や侍従とて必死にセシリアに食い下がった。妊婦の健診は健やかなるお子を産むための義務でございます、と。

 しかし王太子妃セシリアは、

「あなたたち、さてはこのわたくしのアソコを見たいのね!? わたくしが王妃になった暁には市中引き回しの上、凌遅刑だからね!」

 と脅してくるので、強引な診察には踏み切れなかったのだ。

「ですが、やっと王太子妃付きの侍女に、月の物の有無を確認させることができました」

 その侍女は、絶対に私が報告したって言わないでくださいよ! と大層な怯え様で、その後は辞表を叩きつけ、離宮を去ってしまったという。

 王太子妃がよほど怖かったのだろう。

「侍女の証言によりますと、月の物は滞りなく来ていたそうです」

 侍医が苦々しい表情で続ける。

「セシリア様本人に問い正しましたところ、元々不順だったようで『早とちりで今さら言い出せなかったの、てへっ』だそうです。それで済まされてしまいました……」
「ぐぬぬぬっ、いくら可愛く言ったところで、懐妊を偽って結婚を迫れば詐欺ではないか!」

 ヒルベルト王は再び髪を逆立て激怒した。隣のベアトリスが鼻を啜る音が聞こえた。

 王妃ベアトリスは一度の出産で無理がたたり、それ以上の子は望めなかった。ジョセフィーナの処刑の話を聞いてから暗い表情しか見せなかったその妻が、懐妊と聞いた時に少し明るくなったのを、ヒルベルトは見逃さなかったのだ。

 あの小娘め! 妃を悲しませよって!

 ……まあ一番悪いのは、息子なので、彼女の罪を責めるなら中出し王太子の方も……。

「して、パトリシオはなんと?」
「殿下は……大変無気力でございますね。最近は室内に引きこもっておられます。謹慎していると言えば聞こえは良いですが」
「なんとか離婚はできぬのか。パトリシオは操作できるが、あのセシリアというのは……。王妃になってからが怖いぞ」

 各グランデから寄贈された、流行の上着アビの裾を引っ張るヒルベルト。王家の懐具合に同情したのだろう、公爵らの私財により、どうにか体裁を保っている有様だ。

 侍従が首を振る。

「神の前で誓ったので『神託』でもない限りは……」

 それもどうかと思うが……。ヒルベルト王は思った。

 もしある日突然「王妃がこれから悪さをする」という神託が降りたら? ベアトリスと別れろなどと命じられれば、教皇庁に軍を率いて攻め込むかもしれない。

 離宮をいつまでも空けさせる訳にはいかないため、侍従と侍医を下がらせると、ヒルベルトはヘナヘナと力を失った。思ったより、自分も孫の誕生を楽しみにしていたようである。

 新しくドゥクス公爵家から送られた玉座に身を沈め、手すりを握りしめた。

 ベアトリスがその手にそっと自分の手を重ねる。いい雰囲気になり、年甲斐もなくイチャつきそうになったその時、ヴェントゥス家のナタリオが飛び込んできた。

 きょろきょろ辺りを見渡し、抱き合ったまま固まっていた国王夫妻以外誰もいないのを確認すると、小声で報告した。

「陛下、姉上が見つかりました」

 気まずさも忘れ、ガタッと腰を浮かせる国王夫妻。

「無事なのか!? 今いったいどこで何を!」

 ナタリオが嬉しそうに告げる。

「ミハス総督の部下を名乗る者から、内々にドゥクス公の方へ連絡が入りました。カルロスおんじぃが、これから密かに会いにいく予定です」

 ベアトリス妃が感涙にむせぶ。しかしナタリオは口を引き結んだ。

「殿下の結婚を踏まえた上で、姉上がそのまま島に残ることを視野に入れてほしいと、あちら側から提案があったそうです」

 王妃が両手で口を押さえた。

「現ミハス総督は、カルドナ侯ですわ」
「これは、運命なのか」

 ヒルベルトは頂き物の玉座に倒れ込むように座る。ナタリオは首を傾げてから、明るい声で宣言した。

「そのまま身を隠して生活できるように、カルロス爺に伝えてもらってよろしいですね!」

 国王夫妻は顔を見合せる。諦めたような空気が漂った。

「ああ……そうか。そうだな。もうあの娘は、王太子妃にはなれんのだ。カルドナ侯がそのまま保護してくれるなら安心だ」
「ええ、ね」

 微妙な空気に気づかないナタリオは、ニコニコとご機嫌だ。

「よかった。あんなクズ男に嫁がせられなくて、本当に良かった」
「おい」

 さすがに言いすぎではないか……。いや、確かにパトリシオはちょっと甘やかしすぎた。しかしベアトリスの複雑そうな表情は、見ていられない。

「失礼します」

 侍従長バニュエロス子爵の固い声がした。

「ウルキオラ司教が急な謁見をお望みです」

 国王夫妻とナタリオは身構えた。

 司教!?

「ウルキオラ司教の元に、教皇庁からの使者が参られたようで、神託について話し合いたいと」
「今度はなんだと言うのだ!」

 ナタリオが咆えた。まさかあちらも姉上が生きていることを突き止め、また処刑命令を出すのではなかろうな!

 不安に苛まれる三人は、出立前のカルロス爺と、ドゥクス公、イグニス公を慌てて召喚した。

 ウルキオラ司教と対峙するとなると、こちらもそれ相応の面子を揃えねばとヒルベルトは思った。もしこれ以上の無理難題を押し付けるなら、斬って捨てさせる。

 カルロス爺に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜

香月みまり
恋愛
20も離れたおっさん侯爵との結婚が嫌で家出したリリ〜シャ・ルーセンスは、新たな希望を胸に新世界を目指す。 新世界でパン屋さんを開く!! それなのに乗り込んだ船が海賊の襲撃にあって、ピンチです。 このままじゃぁ船が港に戻ってしまう! そうだ!麦の袋に隠れよう。 そうして麦にまみれて知ってしまった海賊の頭の衝撃的な真実。 さよなら私の新大陸、パン屋さんライフ〜

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

処理中です...