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こいつ、魔女らしいぜ!
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船長室で目覚めた時、なぜまだ自分は生きているのかと困惑してしまった。
だって、風の氏神を呼び出したのだから……。
大きな力を発動する時の、長い呪文を唱える姿を皆に見られてしまった。
てっきり海の藻屑かと思ったが、すぐには処分されなかったようだ。基本的に魔女は、異端審問会に一度引き渡すものなのだろう。
そっと吊り寝台を降りる。
喧騒が聞こえたので、船長室の扉を少しだけ開けてみた。甲板では水夫たちが忙しく行き来している。やはり船底をこすったらしく、ポンプで必死に水抜きをしていた。
修繕作業や、護衛艦の陰で無事だったソル商船の積荷を運ぶ作業もである。淡々と働いている。
よく見るとマストは一本無いし、あちこちに木片やちぎれたロープ、絡まった鎖が散らばり落ちている。
来る時はドックから出たばかりの無傷の船だったのに、撃ち合いをするとこんなに簡単に壊れてしまうのだ。
人も……。
包帯を巻いた水夫らが、帆布に包んだ遺体と思われるものを何体か運んでいく。水葬である。
顔見知りかもしれない。
元海賊あがりすらいる国籍も宗教もバラバラなフェルナンドの船には、聖職者の類は乗せていないとか。だからと言って、海に流されるだけなのも寂しい気がした。
ジョセフィーナは扉の陰で目を閉じて、風の神に勝手に祈った。迷惑かもしれないけど。
扉を押すとギーッと音を立て、簡単に全開した。つっかえ棒もされていないし、拘束もされていないのだし、出ていいのかしら……。
「砲兵長サルバトーレを含め、十五人かな」
上から声がかけられ一瞬ビクッとなった。しかしすぐに知った声だと認識し、ほっとする。
「ま、帝国に比べたら少ないよ。あの後何隻か沈めたから。イスハーク皇子はしばらく見張り台で太陽神に祈るってさ」
「……祈らないでいいでゲスか?」
「俺が? なににだよ、月に? 海に? 冗談だろ」
でも……砲兵長と仲良かったじゃない、とジョセフィーナは声の主に言いたかった。海の男は、友のために泣くことも許されないのか。
アリリオは特に態度を変えず、あがってこいよ、と船尾楼甲板にジョセフィーナを呼んだ。
近くに来たジョセフィーナの顔を見て呆れる。
「なんで泣いてるの? 辛気臭い顔であいつらを送ってやるなよ」
「アリリオが泣かないからでゲス。かっこつけて」
「いいんだよ、後で酒飲みながら泣くんだから」
ニヤッと笑って言ったアリリオ。今までもそうしてきたのだろう。
フェルナンドの姿を探すと、彼も舷縁に肘をつき、海に流される遺体を静かに見守っていた。口を引き結んだその横顔を見てしまえば、ジョセフィーナは彼が無事なことを手放しで喜べなかった。
フェルナンドはやがて舷縁から離れ、ジョセフィーナに近づき頬に手をやった。
「具合は? ミシェルは大丈夫だと言っていたが──」
「はい……あの……」
キョロキョロする。アリリオといい船長といい、やはり態度が変わらない。
ジョセフィーナはもじもじした。
「わたくしは、どうなりますでげすか?」
え? とフェルナンドが首を傾げる。
「力を見ましたでやんしょ? 異端審問官に引き渡さないでやんすか?」
ジョセフィーナにとっては誇りであるこの力だが、他の者たちにとっては胡散臭いだけだろう。だからグランデは秘密を守ってきたのだ。
フェルナンドは、呆れたようにジョセフィーナを凝視した。
それから突然、船尾楼から露甲板に向かって叫んだ。
「おーい、みんな!」
円材を片付けたり、操船に携わっていた水夫らがいっせいに振り返った。ジョセフィーナは首根っこを掴まれ、吊り上げられる。
「こいつを簀巻きにして、海に沈めてもいいかー?」
作業の手を次々に止めた水夫たちに、フェルナンドは続けて言った。
「どうやらこのチビ、魔女らしいぜ!」
ガラの悪い乗組員がいっせいにカットラスや、ロープを巻くビレイピンを抜き放った。
ジョセフィーナはヒィィッと身をすくませる。
ところが、野太い反論の声が、甲板の水夫らから口々に響いてきた。
「船長、女は船に乗せちゃなんねえ! だが女神は別だ」
「もし我らが女神を沈めるってなら、反乱が起きるぜ!」
「勝利の女神に害なせば、幸運から突き放されるぞ!」
殺気立ち、船尾楼甲板の下まで迫ってくるコワモテたち。フェルナンドはジョセフィーナをパッと放し、両手を挙げてみせた。
「あ、はいウソです」
ほらな、と彼はジョセフィーナに笑ってみせる。
「あんたを沈めたら俺が殺される」
ジョセフィーナはほっと息をついた。
「異端審問会にも?」
「差し出すかよ、当たり前だろ」
こいつ、俺をなんだと思ってるんだ、と小さく吐き捨ててからジョセフィーナに告げた。
「ちゃんとミハス島まで送り届けますよ、女神様」
ジョセフィーナは安堵とともに、急に張り切り出した。
「では、帰りはわたくし、風を起こしますわ! やっとお役に立てますのね!」
「いや、今度は追い風だから、よけいなことしないで」
「──っ!?」
二人のやりとりを怪訝そうに見ていたアリリオが、初めて口を開いた。
「魔女? 女神? え? ジョセフ、お前女だったの?」
だって、風の氏神を呼び出したのだから……。
大きな力を発動する時の、長い呪文を唱える姿を皆に見られてしまった。
てっきり海の藻屑かと思ったが、すぐには処分されなかったようだ。基本的に魔女は、異端審問会に一度引き渡すものなのだろう。
そっと吊り寝台を降りる。
喧騒が聞こえたので、船長室の扉を少しだけ開けてみた。甲板では水夫たちが忙しく行き来している。やはり船底をこすったらしく、ポンプで必死に水抜きをしていた。
修繕作業や、護衛艦の陰で無事だったソル商船の積荷を運ぶ作業もである。淡々と働いている。
よく見るとマストは一本無いし、あちこちに木片やちぎれたロープ、絡まった鎖が散らばり落ちている。
来る時はドックから出たばかりの無傷の船だったのに、撃ち合いをするとこんなに簡単に壊れてしまうのだ。
人も……。
包帯を巻いた水夫らが、帆布に包んだ遺体と思われるものを何体か運んでいく。水葬である。
顔見知りかもしれない。
元海賊あがりすらいる国籍も宗教もバラバラなフェルナンドの船には、聖職者の類は乗せていないとか。だからと言って、海に流されるだけなのも寂しい気がした。
ジョセフィーナは扉の陰で目を閉じて、風の神に勝手に祈った。迷惑かもしれないけど。
扉を押すとギーッと音を立て、簡単に全開した。つっかえ棒もされていないし、拘束もされていないのだし、出ていいのかしら……。
「砲兵長サルバトーレを含め、十五人かな」
上から声がかけられ一瞬ビクッとなった。しかしすぐに知った声だと認識し、ほっとする。
「ま、帝国に比べたら少ないよ。あの後何隻か沈めたから。イスハーク皇子はしばらく見張り台で太陽神に祈るってさ」
「……祈らないでいいでゲスか?」
「俺が? なににだよ、月に? 海に? 冗談だろ」
でも……砲兵長と仲良かったじゃない、とジョセフィーナは声の主に言いたかった。海の男は、友のために泣くことも許されないのか。
アリリオは特に態度を変えず、あがってこいよ、と船尾楼甲板にジョセフィーナを呼んだ。
近くに来たジョセフィーナの顔を見て呆れる。
「なんで泣いてるの? 辛気臭い顔であいつらを送ってやるなよ」
「アリリオが泣かないからでゲス。かっこつけて」
「いいんだよ、後で酒飲みながら泣くんだから」
ニヤッと笑って言ったアリリオ。今までもそうしてきたのだろう。
フェルナンドの姿を探すと、彼も舷縁に肘をつき、海に流される遺体を静かに見守っていた。口を引き結んだその横顔を見てしまえば、ジョセフィーナは彼が無事なことを手放しで喜べなかった。
フェルナンドはやがて舷縁から離れ、ジョセフィーナに近づき頬に手をやった。
「具合は? ミシェルは大丈夫だと言っていたが──」
「はい……あの……」
キョロキョロする。アリリオといい船長といい、やはり態度が変わらない。
ジョセフィーナはもじもじした。
「わたくしは、どうなりますでげすか?」
え? とフェルナンドが首を傾げる。
「力を見ましたでやんしょ? 異端審問官に引き渡さないでやんすか?」
ジョセフィーナにとっては誇りであるこの力だが、他の者たちにとっては胡散臭いだけだろう。だからグランデは秘密を守ってきたのだ。
フェルナンドは、呆れたようにジョセフィーナを凝視した。
それから突然、船尾楼から露甲板に向かって叫んだ。
「おーい、みんな!」
円材を片付けたり、操船に携わっていた水夫らがいっせいに振り返った。ジョセフィーナは首根っこを掴まれ、吊り上げられる。
「こいつを簀巻きにして、海に沈めてもいいかー?」
作業の手を次々に止めた水夫たちに、フェルナンドは続けて言った。
「どうやらこのチビ、魔女らしいぜ!」
ガラの悪い乗組員がいっせいにカットラスや、ロープを巻くビレイピンを抜き放った。
ジョセフィーナはヒィィッと身をすくませる。
ところが、野太い反論の声が、甲板の水夫らから口々に響いてきた。
「船長、女は船に乗せちゃなんねえ! だが女神は別だ」
「もし我らが女神を沈めるってなら、反乱が起きるぜ!」
「勝利の女神に害なせば、幸運から突き放されるぞ!」
殺気立ち、船尾楼甲板の下まで迫ってくるコワモテたち。フェルナンドはジョセフィーナをパッと放し、両手を挙げてみせた。
「あ、はいウソです」
ほらな、と彼はジョセフィーナに笑ってみせる。
「あんたを沈めたら俺が殺される」
ジョセフィーナはほっと息をついた。
「異端審問会にも?」
「差し出すかよ、当たり前だろ」
こいつ、俺をなんだと思ってるんだ、と小さく吐き捨ててからジョセフィーナに告げた。
「ちゃんとミハス島まで送り届けますよ、女神様」
ジョセフィーナは安堵とともに、急に張り切り出した。
「では、帰りはわたくし、風を起こしますわ! やっとお役に立てますのね!」
「いや、今度は追い風だから、よけいなことしないで」
「──っ!?」
二人のやりとりを怪訝そうに見ていたアリリオが、初めて口を開いた。
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