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宴と親心
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「オッス、ジョセフじゃん。お前、なんで女装なんてしてんの? ウケるんだけど!」
軍服を着たアリリオが、片手にチョコバナナを持ってむしゃむしゃやりながらヴェントゥス公爵令嬢に近づいていった。
彼だけではない、他にもイザベラ号の乗組員たちが、身ぎれいにした状態で駆け寄ってくる。
「ほんとだ、新入りじゃねーか。いくら女顔だからって、船長も酷なことするなぁ。ケツの具合は大丈夫か?」
総督のカルドナ侯爵──ガスパール・ド・コルテスを含め、同じように青の軍服を着た士官らが凍りつく。
あ……そう言えば彼らにはまだ、彼女が何者か話していなかった……。
ガスパールは無礼な言葉遣いのアリリオたちにハラハラし、気分を害してはいないかと、ヴェントゥス公爵令嬢の様子を窺った。
しかし彼女はまったく気にした様子を見せないどころか、嬉しそうに、実に親しげに自分から寄っていったではないか。
「ひ、ひどいでゲス! ……じゃない、ですわ! わたくしれっきとした女でやんす!」
「うそつくなよ、ぎゃはははは」
口の利き方! と総督府の面々はオロオロと彼らを見守っている。
ヴェントゥス公爵令嬢の処遇については、本国に快速艇を出航させ、確認させている最中だ。
ひとまず総督府にてその身柄を預かり、本土で何があったか分かるまでは、グランデとして丁重に扱わなければならない。
カルドナ侯爵ガスパールは、公爵令嬢を保護していることを隠して宮廷を探るよう、息子のフェルナンドから要請されている。
王都から追放され、それどころか教会裁判もなく殺されそうになった彼女の立場を、危ぶんでいるのだろう。
破門をちらつかせながら脅してくる教会の権力は、昔と違って弱まってきているとは言え、未だに厄介なことには変わりない。。
真っ向から引き渡し命令が出れば、独立性のある総督府と言えどどこまで逆らえるか分からないのだ。それを危惧した上での、息子からの懇願であった。
ガスパールは、軍服に着替えた私掠船の幹部たちが、公爵令嬢を囲むのを眺めて息をついた。
本来なら下士官どころか、士官クラスさえあのように馴れ馴れしく話しかけていい存在ではない。
しかし楽しそうに話している令嬢と、それを優しく見守っている息子を見ていると、止める気にもならなかった。
どんな理由があろうと、なんとかジョセフィーナ嬢の力になってやりたいと思っているガスパールである。
そこへ、こちらの宮廷服を着せられたイスハーク皇子が、息子らの輪の中に割り込んでいくのが見えた。
フェルナンドが、ジョセフィーナ嬢の肩をさっと引き寄せたことに気づき、おや、とガスパールは目を見張った。
息子のギラギラと嫉妬した目に、ほうほう、と関心を寄せる。どうやら息子は、ヴェントゥス公爵令嬢に惚れているようだ。
「やっかいだな」
彼女を助けるということは、フェルナンドとの未来は無くなる、ということになる。
いっそ、このままミハス島にいれば──。
そんな親心が頭をもたげてしまったのだ。
フェルナンドを預けられた時、ガスパールは自ら名乗りをあげたとはいえ「王家の存続に影響する、影を背負っている」という神託を受けた子を、扱いかねた。
やっとできた子が死産で、ひどく塞ぎ込んでいた妻ソフィアには、荷が重かったと思ったのだ。王子を育てるなどと……。
今ではすっかり子煩悩になったガスパールである。
おおっぴらにソル帝国を攻撃できない海軍に代わり、私掠船を率いて海賊行為をしているフェルナンドが出航するたびに、無事に帰ってくるか不安で、ソワソワしてしまうのだから。
元々繊細な性格の妻ソフィアは、フェルナンドが地方の士官学校に入った辺りから、また気鬱を悪化させてしまった。
爵位を継ぐべき嫡子が軍艦乗りになったことに耐えられず、現実から逃げるように本土に残っている。
だがガスパールは、自分が艦隊の提督を務めたからこそ拝領したカルドナ侯爵領であることを、忘れたことはない。
息子が領主としてより軍人として生きたいなら、そうさせてやりたい。跡継ぎがいないなら返爵すればいいだけだ。
フェルナンドにとっていい方に転べばいいが、それではご令嬢の方が悲しむのだろうか……。
「ジョセフィーナ嬢の方も、息子に好意を持っていそうだがな」
若者らを眺めながらボソッと呟くと、教会と王家の今後の出方について深刻に話し合っていた部下たちから、いっせいに顔を覗き込まれた。
「あ、すまん。続けてくれ」
何はともあれ、まずは国王陛下の判断にしたがおう。教皇庁ではなく。
陛下は、かつて自分の息子の命を救うために「神託」に逆らった方なのだから。
軍服を着たアリリオが、片手にチョコバナナを持ってむしゃむしゃやりながらヴェントゥス公爵令嬢に近づいていった。
彼だけではない、他にもイザベラ号の乗組員たちが、身ぎれいにした状態で駆け寄ってくる。
「ほんとだ、新入りじゃねーか。いくら女顔だからって、船長も酷なことするなぁ。ケツの具合は大丈夫か?」
総督のカルドナ侯爵──ガスパール・ド・コルテスを含め、同じように青の軍服を着た士官らが凍りつく。
あ……そう言えば彼らにはまだ、彼女が何者か話していなかった……。
ガスパールは無礼な言葉遣いのアリリオたちにハラハラし、気分を害してはいないかと、ヴェントゥス公爵令嬢の様子を窺った。
しかし彼女はまったく気にした様子を見せないどころか、嬉しそうに、実に親しげに自分から寄っていったではないか。
「ひ、ひどいでゲス! ……じゃない、ですわ! わたくしれっきとした女でやんす!」
「うそつくなよ、ぎゃはははは」
口の利き方! と総督府の面々はオロオロと彼らを見守っている。
ヴェントゥス公爵令嬢の処遇については、本国に快速艇を出航させ、確認させている最中だ。
ひとまず総督府にてその身柄を預かり、本土で何があったか分かるまでは、グランデとして丁重に扱わなければならない。
カルドナ侯爵ガスパールは、公爵令嬢を保護していることを隠して宮廷を探るよう、息子のフェルナンドから要請されている。
王都から追放され、それどころか教会裁判もなく殺されそうになった彼女の立場を、危ぶんでいるのだろう。
破門をちらつかせながら脅してくる教会の権力は、昔と違って弱まってきているとは言え、未だに厄介なことには変わりない。。
真っ向から引き渡し命令が出れば、独立性のある総督府と言えどどこまで逆らえるか分からないのだ。それを危惧した上での、息子からの懇願であった。
ガスパールは、軍服に着替えた私掠船の幹部たちが、公爵令嬢を囲むのを眺めて息をついた。
本来なら下士官どころか、士官クラスさえあのように馴れ馴れしく話しかけていい存在ではない。
しかし楽しそうに話している令嬢と、それを優しく見守っている息子を見ていると、止める気にもならなかった。
どんな理由があろうと、なんとかジョセフィーナ嬢の力になってやりたいと思っているガスパールである。
そこへ、こちらの宮廷服を着せられたイスハーク皇子が、息子らの輪の中に割り込んでいくのが見えた。
フェルナンドが、ジョセフィーナ嬢の肩をさっと引き寄せたことに気づき、おや、とガスパールは目を見張った。
息子のギラギラと嫉妬した目に、ほうほう、と関心を寄せる。どうやら息子は、ヴェントゥス公爵令嬢に惚れているようだ。
「やっかいだな」
彼女を助けるということは、フェルナンドとの未来は無くなる、ということになる。
いっそ、このままミハス島にいれば──。
そんな親心が頭をもたげてしまったのだ。
フェルナンドを預けられた時、ガスパールは自ら名乗りをあげたとはいえ「王家の存続に影響する、影を背負っている」という神託を受けた子を、扱いかねた。
やっとできた子が死産で、ひどく塞ぎ込んでいた妻ソフィアには、荷が重かったと思ったのだ。王子を育てるなどと……。
今ではすっかり子煩悩になったガスパールである。
おおっぴらにソル帝国を攻撃できない海軍に代わり、私掠船を率いて海賊行為をしているフェルナンドが出航するたびに、無事に帰ってくるか不安で、ソワソワしてしまうのだから。
元々繊細な性格の妻ソフィアは、フェルナンドが地方の士官学校に入った辺りから、また気鬱を悪化させてしまった。
爵位を継ぐべき嫡子が軍艦乗りになったことに耐えられず、現実から逃げるように本土に残っている。
だがガスパールは、自分が艦隊の提督を務めたからこそ拝領したカルドナ侯爵領であることを、忘れたことはない。
息子が領主としてより軍人として生きたいなら、そうさせてやりたい。跡継ぎがいないなら返爵すればいいだけだ。
フェルナンドにとっていい方に転べばいいが、それではご令嬢の方が悲しむのだろうか……。
「ジョセフィーナ嬢の方も、息子に好意を持っていそうだがな」
若者らを眺めながらボソッと呟くと、教会と王家の今後の出方について深刻に話し合っていた部下たちから、いっせいに顔を覗き込まれた。
「あ、すまん。続けてくれ」
何はともあれ、まずは国王陛下の判断にしたがおう。教皇庁ではなく。
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