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トゥルトゥーザの老司教
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月のマークのある司教冠を頭に載せた祭服姿の老人が、よたよた入ってくる。
王都トゥルトゥーザの聖堂に座する、ウルキオラ司教だ。足腰が既に弱くなっているようで、司祭や助祭が彼を支えるように囲んでいた。
「月に代って~ふぅ……おふ……子羊らの着席を~許す」
司教がそう言うと、やっとその場にいた者たちは「月の加護があらんことを」と一斉に返し、席に着いた。
「さて、さっそくですが司教。国王不在時における神託の強行についてお話を伺いたい」
真っ先に口を開いたのは、イグニス公爵家当主だ。その口調は、糾弾するかのようだった。
それに対してウルキオラ司教は、壁の方に向かって、
「教皇聖下の顧問が~のう、再三~おっふ……こちらに~来ておったのは~知っておろう」
と、もぐもぐと返した。フーゴ司祭が、イグニス公爵はあちらにおいでです、と耳打ちする。
「あのムキムキの~枢機卿猊下は~のう、国王陛下のソル帝国訪問を~ほむぅ……思いとどまらせるためだけに~やってきた訳では~ないのですぞぉ~」
「例の神託ですか」
険しい表情で呟いたのは、ソルム家の当主だった。ソルム家はレガリア王国のある半島の付け根に領地があり、国境は彼の領地軍による陸戦部隊で守られている。
公爵令嬢の拘束事件を聞き、王都の屋敷から仰天してかけつけたのか、クラヴァットは捩れ、上着のボタンをかけ違えていた。
彼の息子らは宮廷に出仕していたが、現在は国王夫妻を守るため、共にソル帝国に赴いている。
ソルム公爵は口調を変えず、きっぱりと司教に物申した。
「過去同じように神託に惑わされ、王家に苦渋の決断をさせた。あれは今も間違っていたと私は思っている。我が国は教皇庁の神託を鵜呑みにはしない方針を取るようになったはず。司教もそれは納得した上で、我が国に配属されたのでしょう?」
その昔災害や内乱の予言により、教会には何度か危機を救われた。恩義はあるし一つの教義の下、国民を導きまとめることができたのは事実である。
しかしながら現在ソル帝国の領土内となっている聖地奪還命令や、元ルナ教の国に仕掛ける国土回復戦争への参戦命令、宗教改革による異端の弾圧命令など、国内を引っ掻き回され、迷惑を被ることの方が多かった。
レガリア王家は、もう彼ら教会勢力の下にくだるつもりはないのだ。
ヴェントゥス公爵家のナタリオとその母を保護していたドゥクス公爵家当主は、司教に要求した。
「異端審問会に召喚されたヴェントゥス公爵令嬢の返還を求めます。すぐに」
ドゥクス公爵はパトリシオにチラッと視線を投げる。
「それに王太子殿下も勝手に爵位や領地を没収など、認められませんよ」
「殿下の命令は陛下の命令です」
宰相アルマラス伯が口を挟み、睨み合いになる。
「いいから姉上を返せ! このハゲ!」
ナタリオが、トンスラ姿の聖職者全員を敵に回す発言をしたその時だ。
ウルキオラ司教は、また壁に向かってもぐもぐ口を動かした。
「そう~言われてもの~?」
高齢のため不明瞭な言葉だが、次の言葉ははっきり聞こえた。
「処刑してしまったもんは~の~、返せんでの~う」
王都トゥルトゥーザの聖堂に座する、ウルキオラ司教だ。足腰が既に弱くなっているようで、司祭や助祭が彼を支えるように囲んでいた。
「月に代って~ふぅ……おふ……子羊らの着席を~許す」
司教がそう言うと、やっとその場にいた者たちは「月の加護があらんことを」と一斉に返し、席に着いた。
「さて、さっそくですが司教。国王不在時における神託の強行についてお話を伺いたい」
真っ先に口を開いたのは、イグニス公爵家当主だ。その口調は、糾弾するかのようだった。
それに対してウルキオラ司教は、壁の方に向かって、
「教皇聖下の顧問が~のう、再三~おっふ……こちらに~来ておったのは~知っておろう」
と、もぐもぐと返した。フーゴ司祭が、イグニス公爵はあちらにおいでです、と耳打ちする。
「あのムキムキの~枢機卿猊下は~のう、国王陛下のソル帝国訪問を~ほむぅ……思いとどまらせるためだけに~やってきた訳では~ないのですぞぉ~」
「例の神託ですか」
険しい表情で呟いたのは、ソルム家の当主だった。ソルム家はレガリア王国のある半島の付け根に領地があり、国境は彼の領地軍による陸戦部隊で守られている。
公爵令嬢の拘束事件を聞き、王都の屋敷から仰天してかけつけたのか、クラヴァットは捩れ、上着のボタンをかけ違えていた。
彼の息子らは宮廷に出仕していたが、現在は国王夫妻を守るため、共にソル帝国に赴いている。
ソルム公爵は口調を変えず、きっぱりと司教に物申した。
「過去同じように神託に惑わされ、王家に苦渋の決断をさせた。あれは今も間違っていたと私は思っている。我が国は教皇庁の神託を鵜呑みにはしない方針を取るようになったはず。司教もそれは納得した上で、我が国に配属されたのでしょう?」
その昔災害や内乱の予言により、教会には何度か危機を救われた。恩義はあるし一つの教義の下、国民を導きまとめることができたのは事実である。
しかしながら現在ソル帝国の領土内となっている聖地奪還命令や、元ルナ教の国に仕掛ける国土回復戦争への参戦命令、宗教改革による異端の弾圧命令など、国内を引っ掻き回され、迷惑を被ることの方が多かった。
レガリア王家は、もう彼ら教会勢力の下にくだるつもりはないのだ。
ヴェントゥス公爵家のナタリオとその母を保護していたドゥクス公爵家当主は、司教に要求した。
「異端審問会に召喚されたヴェントゥス公爵令嬢の返還を求めます。すぐに」
ドゥクス公爵はパトリシオにチラッと視線を投げる。
「それに王太子殿下も勝手に爵位や領地を没収など、認められませんよ」
「殿下の命令は陛下の命令です」
宰相アルマラス伯が口を挟み、睨み合いになる。
「いいから姉上を返せ! このハゲ!」
ナタリオが、トンスラ姿の聖職者全員を敵に回す発言をしたその時だ。
ウルキオラ司教は、また壁に向かってもぐもぐ口を動かした。
「そう~言われてもの~?」
高齢のため不明瞭な言葉だが、次の言葉ははっきり聞こえた。
「処刑してしまったもんは~の~、返せんでの~う」
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