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おしっこがもれそうなのですが
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「縄梯子も上れねーってどういうこった!?」
人相の悪い水夫は、舷側を登りきってからジョセフィーナを露甲板に放り投げた。ジョセフィーナを片腕に抱えてここまできた彼は、床板の上に尻もちをつく彼女の横で、はぁはぁ息を荒げながら汗を拭った。
「ちょ……お前、船乗りの養成所にいたなんて嘘だろ! 船長に怒られるのは俺だぞ、よし返そう!」
預かった瞬間、一瞬で粗悪品を掴まされたと見抜いた水夫は、慌てて舷縁から海を覗き込んだ。
「あ、おい!」
さっさと離れていく漁火を見て、唖然とするコワモテ水夫である。
「あーくそ」
スカーフの上から頭をがりがり掻き、ランタンを掲げて厄介者を照らすと、その水夫は言った。
「今日の当直はついてないぜ」
しかしすぐに彼は、もうどうしようもねぇけどな、と観念したようなため息をついた。
「船員不足だし、無料だし、今からみっちり教え込むしかねぇ。まあ、厳しく指導すりゃー、三ヶ月後には使える船乗りになっていることだろうしな」
まごつくジョセフィーナに、水夫は吹っ切れたように明るく聞いてきた。
「俺はアリリオ、お前は?」
ジョセフィーナはジョセフと名乗った。
灯りを近づけると、顔をじっくり見てくるアリリオ。
「ほう、あれだな。女と間違って攫ったら、男だったってやつかな。ルナ教では男色は鞭打ちだから、レガリアでは売れなかったんだろう。それでポイされたんだ、ズバリ?」
ジョセフィーナは顔を背けた。
「ええ、そんなところで──で……がんす 」
「がんす!?」
……危なかった、お嬢様言葉をどうにかしなければ、とジョセフィーナは思った。でも、ですわ、ますわ、ざます、などのお嬢様言葉以外、彼女は話したことなどないのだ。
難易度高すぎですわ!
とりあえず漁師らの話し方を真似るとして、少年にしては高いこの声のこともある。なるべく口を開かないにこしたことはない。
ただ、たった今どうしても伝えなければならないことがある。
命に関わるくらい大事なことだ。
「アリリオさん」
プルプル震えながら、涙目で水夫を見上げた。アリリオはその顔を見て、おおっ、かわゆいな、と呟いたがジョセフィーナは今、それどころではなかった。
「トイレを貸してくださいでげす」
実はもう限界だった。
アリリオはそんなことか、と軽い調子で船の舳先を指さす。
「ほれ、やってこい」
ただの舳先だ。
きょとんとしていると、ロープでゴチャゴチャした甲板を先に立って歩き出す。
「この下だ」
舳先の下、船嘴に踊り場のようなスペースがある。
そこに穴の空いた木の箱が六つ打ち付けてあった。下は格子床、その下は海だ。
「海が荒れる日は落ちて死ぬからな、気をつけろ」
わなわなしている子供の様子に気づいたのだろう、アリリオは首を傾げた。
「風下だから船も汚れねえぜ。波が全て洗い流してくれる。大きな水洗トイレだ、きんもちいいぜ~。連れションするか?」
人相の悪い水夫は、舷側を登りきってからジョセフィーナを露甲板に放り投げた。ジョセフィーナを片腕に抱えてここまできた彼は、床板の上に尻もちをつく彼女の横で、はぁはぁ息を荒げながら汗を拭った。
「ちょ……お前、船乗りの養成所にいたなんて嘘だろ! 船長に怒られるのは俺だぞ、よし返そう!」
預かった瞬間、一瞬で粗悪品を掴まされたと見抜いた水夫は、慌てて舷縁から海を覗き込んだ。
「あ、おい!」
さっさと離れていく漁火を見て、唖然とするコワモテ水夫である。
「あーくそ」
スカーフの上から頭をがりがり掻き、ランタンを掲げて厄介者を照らすと、その水夫は言った。
「今日の当直はついてないぜ」
しかしすぐに彼は、もうどうしようもねぇけどな、と観念したようなため息をついた。
「船員不足だし、無料だし、今からみっちり教え込むしかねぇ。まあ、厳しく指導すりゃー、三ヶ月後には使える船乗りになっていることだろうしな」
まごつくジョセフィーナに、水夫は吹っ切れたように明るく聞いてきた。
「俺はアリリオ、お前は?」
ジョセフィーナはジョセフと名乗った。
灯りを近づけると、顔をじっくり見てくるアリリオ。
「ほう、あれだな。女と間違って攫ったら、男だったってやつかな。ルナ教では男色は鞭打ちだから、レガリアでは売れなかったんだろう。それでポイされたんだ、ズバリ?」
ジョセフィーナは顔を背けた。
「ええ、そんなところで──で……がんす 」
「がんす!?」
……危なかった、お嬢様言葉をどうにかしなければ、とジョセフィーナは思った。でも、ですわ、ますわ、ざます、などのお嬢様言葉以外、彼女は話したことなどないのだ。
難易度高すぎですわ!
とりあえず漁師らの話し方を真似るとして、少年にしては高いこの声のこともある。なるべく口を開かないにこしたことはない。
ただ、たった今どうしても伝えなければならないことがある。
命に関わるくらい大事なことだ。
「アリリオさん」
プルプル震えながら、涙目で水夫を見上げた。アリリオはその顔を見て、おおっ、かわゆいな、と呟いたがジョセフィーナは今、それどころではなかった。
「トイレを貸してくださいでげす」
実はもう限界だった。
アリリオはそんなことか、と軽い調子で船の舳先を指さす。
「ほれ、やってこい」
ただの舳先だ。
きょとんとしていると、ロープでゴチャゴチャした甲板を先に立って歩き出す。
「この下だ」
舳先の下、船嘴に踊り場のようなスペースがある。
そこに穴の空いた木の箱が六つ打ち付けてあった。下は格子床、その下は海だ。
「海が荒れる日は落ちて死ぬからな、気をつけろ」
わなわなしている子供の様子に気づいたのだろう、アリリオは首を傾げた。
「風下だから船も汚れねえぜ。波が全て洗い流してくれる。大きな水洗トイレだ、きんもちいいぜ~。連れションするか?」
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