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言いがかりですわ!
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「ジョセフィーナよ。セシリアが言うには、君は黒魔術のようなものに手を出しているそうではないか」
婚約を破棄された理由を聞き、目を見開くジョセフィーナである。彼女は困惑しつつ反論した。
「何をおっしゃいますか、そのようなことはいたしません」
「だが、私も見たぞ。共に歌劇を観に行った時、お前が変な呪文を唱えたせいで、舞台が台無しになった。ものすごい風が劇場内に入り込んで、全ての灯りが消えてしまった」
ジョセフィーナが口ごもる。
「あれは……空気の入れ替えをどなたかがなさろうとして、劇場の扉を開けたからですわ」
「嘘よ!」
セシリアがパトリシオの後ろから顔を出し、ジョセフィーナを睨んだ。玉座の後ろで盗み聞きしていたらしい従妹の唇は、意地悪そうに吊り上がっている。
「中庭でのお茶会の時も変なことが起こったわ! メレンデス伯爵令嬢カミラさんが転びそうになった時、あなたが呪文を唱えたのを見たもの。本当ならあの人、顔面から逆海老反りでケーキスタンドに突っ込むところだったのに」
ジョセフィーナはそれを聞いて、ひたりとセシリアの方に視線を向けた。セシリアはウッと言葉を詰まらせる。
自分の瞳が黄色の混じった緑であることは知っているジョセフィーナである。
光の加減で色の変わるこの瞳でじっと見据えると、人々は一瞬見とれるが、その後は恥じ入ったようにたじたじし、目を逸らしてしまう。
彼女自身は気に入っている瞳の色だが、他人から見たら気持ち悪いのだろうか。
加えて、まだ父の喪に服しており、黒いドレスを身に纏っているジョセフィーナだ。これでは黒魔術に手を出していると思われても、仕方ないのかもしれない。
だが──。
「セシリア、あなた、草同士を結んで、わざと誰かが転ぶようにしていたでしょう? いたずら? それとも……もしかして、わたくしを狙っていたのかしら?」
「そ、そそ、そんなことしないわ! それより、カミラ嬢はふわりと浮いたのよ! あなたが何かしたのよ、この魔女! 異端審問会に言いつけてやる!」
ジョセフィーナは呆れはてて首を振ると、セシリアに諭すように言う。
「ねえ、そんな奇妙なことが、人間にできるわけないわ。ヒステリックに叫んで、あなたが異端審問官に連れていかれないようにね」
「んまあああああ!」
セシリアが目尻を吊り上げたその時、パトリシオが玉座を降りて、ジョセフィーナに近づいてきた。
パシッと音がした。
自分が頬を張られた音だと気づくまで、しばらくかかったジョセフィーナだ。
みるみる腫れてくる白い頬を押さえ、ジョセフィーナは目を見開いて立ちすくむ。
「君は自分の従妹だけではなく、私のことまで侮辱するのかね? 私も君が怪しげな術を使うところを、見たのだぞ?」
苛立ったようなパトリシオの声色は低い。
「まあいいだろう。衛兵、ジョセフィーナを拘束しろ。彼女が魔女であると、もう教会には告発してあるんだ」
「そんなっ、わたくしは魔女ではありませんっ」
驚愕したジョセフィーナの訴えもむなしく、ジョセフィーナは取り押さえられてしまった。
「殿下、落ち着いてください」
伯爵らが申し訳程度に止めるも、王太子は意に介さなかった。そもそもその三役には、本気で止める気も窺えない。
「元から君のような高慢ちきな女は、王太子妃に相応しくないと思っていた。君の代わりに……そう例えばこのセシリアだ。うん、私は真実の愛を見つけたのだからな!」
ジョセフィーナがパッと顔を上げた。
「セシリアを? しかし子爵家では王家とは家格が……いえ、それ以前に陛下の決定を覆すことなど──」
「黙れ!」
パトリシオの苛立ちは最高潮に達したようだった。
「陛下が、陛下が、陛下が! それが一番気に入らぬ」
ジョセフィーナには、彼がなぜ怒っているのか理解できなかった。なぜなら──。
「グランデを拝する家門の者は、王家を護るために存在するのですよ? 王太子殿下をお護りすることが、わたくしの使命──」
「使命──だとう?」
言葉を被せるように遮ると、パトリシオはジョセフィーナを鼻で笑った。
「たかが女が私を護る? 笑止千万! 妃というのは、夫を楽しませ、後継者を産むための存在だ! 口うるさく俺を操作しようとするやつなど、妃には向いていないのだ! なーにがグランデだ、可愛げのない役立たずめ!」
ジョセフィーナの顔から血の気が引いた。
王太子妃となることが決まっていた彼女は、その志が高かったのだ。
王太子はと言うと、気位の高い彼女に屈辱を味わわせることができたことに満足したのか、得意顔で続けた。
「だいたいな、使命だから、じゃないだろう? 私と結婚することは至上の喜びであろう? まるで王家のために仕方なく、みたいではないか!」
口を引き結んだままのジョセフィーナ。そのアースアイが、今は暗いグレーに染まっている。それを見て王太子は口角を吊り上げた。
「ふん、まだまだこれからが真の屈辱だ、ジョセフィーナ」
王太子は衛兵に命じる。
「異端審問官が来るまで、この女を地下牢にぶち込んでおくのだ!」
「殿下──」
ジョセフィーナはそれ以上の発言を許されず、頬を腫らしたまま、衛兵らに無理やり引きずっていかれた。
婚約を破棄された理由を聞き、目を見開くジョセフィーナである。彼女は困惑しつつ反論した。
「何をおっしゃいますか、そのようなことはいたしません」
「だが、私も見たぞ。共に歌劇を観に行った時、お前が変な呪文を唱えたせいで、舞台が台無しになった。ものすごい風が劇場内に入り込んで、全ての灯りが消えてしまった」
ジョセフィーナが口ごもる。
「あれは……空気の入れ替えをどなたかがなさろうとして、劇場の扉を開けたからですわ」
「嘘よ!」
セシリアがパトリシオの後ろから顔を出し、ジョセフィーナを睨んだ。玉座の後ろで盗み聞きしていたらしい従妹の唇は、意地悪そうに吊り上がっている。
「中庭でのお茶会の時も変なことが起こったわ! メレンデス伯爵令嬢カミラさんが転びそうになった時、あなたが呪文を唱えたのを見たもの。本当ならあの人、顔面から逆海老反りでケーキスタンドに突っ込むところだったのに」
ジョセフィーナはそれを聞いて、ひたりとセシリアの方に視線を向けた。セシリアはウッと言葉を詰まらせる。
自分の瞳が黄色の混じった緑であることは知っているジョセフィーナである。
光の加減で色の変わるこの瞳でじっと見据えると、人々は一瞬見とれるが、その後は恥じ入ったようにたじたじし、目を逸らしてしまう。
彼女自身は気に入っている瞳の色だが、他人から見たら気持ち悪いのだろうか。
加えて、まだ父の喪に服しており、黒いドレスを身に纏っているジョセフィーナだ。これでは黒魔術に手を出していると思われても、仕方ないのかもしれない。
だが──。
「セシリア、あなた、草同士を結んで、わざと誰かが転ぶようにしていたでしょう? いたずら? それとも……もしかして、わたくしを狙っていたのかしら?」
「そ、そそ、そんなことしないわ! それより、カミラ嬢はふわりと浮いたのよ! あなたが何かしたのよ、この魔女! 異端審問会に言いつけてやる!」
ジョセフィーナは呆れはてて首を振ると、セシリアに諭すように言う。
「ねえ、そんな奇妙なことが、人間にできるわけないわ。ヒステリックに叫んで、あなたが異端審問官に連れていかれないようにね」
「んまあああああ!」
セシリアが目尻を吊り上げたその時、パトリシオが玉座を降りて、ジョセフィーナに近づいてきた。
パシッと音がした。
自分が頬を張られた音だと気づくまで、しばらくかかったジョセフィーナだ。
みるみる腫れてくる白い頬を押さえ、ジョセフィーナは目を見開いて立ちすくむ。
「君は自分の従妹だけではなく、私のことまで侮辱するのかね? 私も君が怪しげな術を使うところを、見たのだぞ?」
苛立ったようなパトリシオの声色は低い。
「まあいいだろう。衛兵、ジョセフィーナを拘束しろ。彼女が魔女であると、もう教会には告発してあるんだ」
「そんなっ、わたくしは魔女ではありませんっ」
驚愕したジョセフィーナの訴えもむなしく、ジョセフィーナは取り押さえられてしまった。
「殿下、落ち着いてください」
伯爵らが申し訳程度に止めるも、王太子は意に介さなかった。そもそもその三役には、本気で止める気も窺えない。
「元から君のような高慢ちきな女は、王太子妃に相応しくないと思っていた。君の代わりに……そう例えばこのセシリアだ。うん、私は真実の愛を見つけたのだからな!」
ジョセフィーナがパッと顔を上げた。
「セシリアを? しかし子爵家では王家とは家格が……いえ、それ以前に陛下の決定を覆すことなど──」
「黙れ!」
パトリシオの苛立ちは最高潮に達したようだった。
「陛下が、陛下が、陛下が! それが一番気に入らぬ」
ジョセフィーナには、彼がなぜ怒っているのか理解できなかった。なぜなら──。
「グランデを拝する家門の者は、王家を護るために存在するのですよ? 王太子殿下をお護りすることが、わたくしの使命──」
「使命──だとう?」
言葉を被せるように遮ると、パトリシオはジョセフィーナを鼻で笑った。
「たかが女が私を護る? 笑止千万! 妃というのは、夫を楽しませ、後継者を産むための存在だ! 口うるさく俺を操作しようとするやつなど、妃には向いていないのだ! なーにがグランデだ、可愛げのない役立たずめ!」
ジョセフィーナの顔から血の気が引いた。
王太子妃となることが決まっていた彼女は、その志が高かったのだ。
王太子はと言うと、気位の高い彼女に屈辱を味わわせることができたことに満足したのか、得意顔で続けた。
「だいたいな、使命だから、じゃないだろう? 私と結婚することは至上の喜びであろう? まるで王家のために仕方なく、みたいではないか!」
口を引き結んだままのジョセフィーナ。そのアースアイが、今は暗いグレーに染まっている。それを見て王太子は口角を吊り上げた。
「ふん、まだまだこれからが真の屈辱だ、ジョセフィーナ」
王太子は衛兵に命じる。
「異端審問官が来るまで、この女を地下牢にぶち込んでおくのだ!」
「殿下──」
ジョセフィーナはそれ以上の発言を許されず、頬を腫らしたまま、衛兵らに無理やり引きずっていかれた。
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