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夜釣りの船

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 夜行性のエビやイカを釣るための網漁の船は、既に出港準備を整え、沖に錨泊していた。

「なるべく目立たぬところで」

 枢機卿や教会騎士は魚臭いボートに乗りたがらず、口頭でそう命じた。

 フーゴ司祭は罪の意識に耐えられなくなったのか、急に腹痛を訴え、例の漁師と共にボートに乗り込んだのは、貧乏くじを引いた助祭一人だ。

 漁火を灯した船までボートで運ばれるジョセフィーナは、恐怖で声一つ出なかった。

 ついてきた助祭も沖の漁船まで来ると、あとは漁師らにジョセフィーナを預ける。押し付けられた漁師たちはなんとも複雑な顔で頷き、ジョセフィーナをボートから漁船に移した。

 漁師らは戸惑っているように見えた。ブカブカの服と頭に巻いたスカーフのせいで、おそらく実際の年齢よりも幼く見えるのだろう。確かに鏡に映した自分の姿は、まだ声変わりしていない十代前半の少年のようだった。

「あの、わたくしを……どうするのですか?」

 ジョセフィーナが弱々しく尋ねると、皆一斉に目を逸らす。

「月の加護を。港で待つ」

 助祭はやはり居た堪れない様子で低くそう言い、ボートを出して港に戻っていってしまった。

「こんなガキを……ひでぇもんだ……」
「ガキじゃねぇべさ、おなごだっぺ」
「しっ、お爺、船に聞かれるでやんすよ!」
「どっちにしたって、寝覚めが悪ぃでげすな」
「オラたち地獄に落とされねーべか?」

 漁師たちはさまざまな訛りのある言葉でコソコソ話し合っていたが、やがて観念したように錨を上げ、櫓を漕ぎ出す。

 月が眩しいくらいの夜だった。凪いだ海は静かで、月の光に黒々とした海面を晒している。

 ジョセフィーナはガタガタ震えながら、まるで冥界に旅立つ船のようだと思った。おそらく、的は外してはいないだろう。

 もう分かった。分かってしまった。月明かりで見えた、助祭の暗い表情で。

 これから海に、投げ捨てられるのだ。

 ジョセフィーナは締め付けられた胸を押さえる。些細なことで力を使ったために、こんなことになってしまったのだろうか。

 だが、ジョセフィーナは魔女などではない。この力は、けして禍々しいものではないのだ。



 レガリアの四つの公爵家もまた、教皇庁の面目を潰さぬようルナ教徒を名乗ってはいる。しかしながら実際は、各家に伝わる氏神を重視し、今も祀っていた。

 伝承によれば氏神は、稀にその家系に生まれてくる子に特別な力を与え、この地を守らせるのだという。

 事実、これまで国家や王家の危機を予測したように、能力を持つ子が生まれてきた。その子供は、体のどこかに星形の痣を携えていたと言われている。

 中央集権化に乗り出した建国当初は、蛮族や地方貴族の内乱が絶えず、王家は窮地に立たされていた。しかし痣を持つ者が多く生まれていたため、今の王家の祖をサポートすることができたのだとか。

 その激動の時代に、王妃となった者もいる。

 例えばグランデの一つイグニス公爵家出身の王妃は、女だてらに火の力を駆使し、敵を消し炭にし、リア半島の小さな都市国家群を纏めることに尽力した。

 比較的新しい話では二代前の王の時代、レガリアは大水害に見舞われたが、土の氏神の力を宿すソルム家から嫁いだ妃が一夜で堤を作り、濁流から収穫期の農村を守ったのだとか。

 ジョセフィーナは痣を持って生まれた。

 よって、近々レガリアに何かしらの危機が訪れるということなのだろうと、四つの公爵家は判断したのである。

 彼らは国を守るため、ジョセフィーナを妃とすべく、その育成に力を入れることとなった。

 何があるのかまでは分からない。しかし王妃として次の国王を支え守らせることで、レガリア王国を安泰に導く事ができると考えていた。

 問題はルナ教だ。

 教皇庁はリア半島の土着信仰も異端と見なしている。難癖をつけられぬよう、グランデは氏神の力をひた隠しにした。

 現在に至るまで、四つの公爵家グランデ当主と国王夫妻にだけ秘密裏に継承し、そうして外部には決して漏れぬようにしてきたのである。

 今回は王太子にすら、結婚の儀で初めて明かされることになっていた。

「なんかあの王太子、ジョセフィーナと違ってペラペラしゃべりそうだからのう」

 と、グランデのとりまとめのカルロス老がそう言っているのを、ジョセフィーナは聞いていた。

 実は王太子パトリシオの評判は、グランデの間ではすこぶる悪かった。軽薄かつ我儘で、親である国王夫妻でさえも彼の代のレガリア王国を憂いていたのだ。

 さらに公爵家グランデの当主たちは、王太子がアホ過ぎるから力を持つ者ジョセフィーナが生まれたのではないか、とまで勘ぐりだす始末であった。

「なんだったらあの王太子のせいで国か滅びたりしてな」
「ははは、ありえるー」

 グランデ当主らは、半ば冗談でそう言っていたのだろう。しかしそんな話を聞いてしまったジョセフィーナは、ちからの持ち主としての責任感と義務感に燃えあがってしまったのだ。

 王太子の婚約者の立場である今のうちから、王太子を育成しようと努めたのである。それもこれも、彼を立派な王にし、レガリアを救うためであった。

 結果は、王太子に嫌われるだけ嫌われて終わってしまったわけである。

 良かれと思ってやってきたことだが、全て裏目に出てしまった。
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