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別れと始まり編
シャオリー1
しおりを挟むシャオリーは本当に美しく成長していた。
八歳になったそうだが、そうとは思えないほど落ち着いていて、頭もいい。親バカだろうか。
黒づくめの仮面の護衛が付き添っているのを見て、さっそく好奇心から寄ってくる。
ロクサーヌがそれを叱る。
「あまり、近くに行かないで。落っこちるわよ」
リンファオは、帝都から西のローレッツア商港まで、一家を幌馬車に乗せて送っていた。駅馬車を使い、御者は雇いの者で、何度か駅舎で乗り継ぐつもりだ。
もう里自体が無いのだから、里長の命令など無効。生き残りの土蜘蛛が居たとしても、追ってこないとは思うが、安全には安全を期したかった。
巫女が一人逃げようとして殺されたというから、里長の命令など関係無く、土蜘蛛の心情的に許せないのかもしれない。他民族との交配を。
シャオリーは、おそらく馬を走らせてみたいのだろう。
御者とリンファオの間から顔を出し、手綱をじっと見ている。遺伝だな、とリンファオはくすっと笑った。
(まるで天使じゃないの)
リンファオは、抱きしめたくなる衝動を堪えた。
金の髪、青い瞳は北方の民に多いのだが、クリーム色の肌としなやかな細身の体は東の民の特徴を表している。
大人になったらすごい美女になるだろう。親バカと言われようが、真実なのだからしょうがない。
顔立ちが整いすぎて怖いくらいだ。
ただ、修行をしてないからか、土蜘蛛の「気」を彼女から感じることはなかった。それは、リンファオを少なからずほっとさせた。
「ねえ、お姉ちゃん」
シャオリーが話しかける。性別を当てられて、リンファオはドギマギした。真っ黒な男物の装束。さらに、顔を隠すのにちょうどいいので、土蜘蛛の面をしている。
身を包むオーラでも読めるのだろうか?
「お姉ちゃんたら」
御者が戸惑ったように、隣の気持ち悪い面の黒ずくめをチラ見した。
「あっしじゃないっすよ? 金玉ついてるんで」
リンファオはロクサーヌを振り返る。じっとこちらを見ている。
浮かんでいるのは警戒の色。
ヘンリーもだが、こちらはなぜ護衛が返事をしないのか、不思議がっている顔。
「あの……あの……仕事中は、あまり話をできませんので」
リンファオは言った。シャオリーはぷうっと膨れた。
「シャオリーのこと好きじゃないの?」
ばかっ! もうバカバカッ! 好きに決まってるでしょ! そう言って抱きしめたくなる。将来、男どもを振り回しそうだ。
「何かごようですか?」
そっけなくしようと思ったが、慈愛に満ちた声色になってしまった。水筒の水を飲み、気分を落ち着かせる。
「あのね、ママって呼んでいい?」
ブ~ッと口に含んだ水を、右にいた御者に向かって吹いた。
ヘンリーとロクサーヌもちょうどお茶を飲んでいて、二人一緒に吹き、お互いにかけあいびしょぬれになる。
「何を言っているのシャオリー!」
ロクサーヌがビチョビチョの顔のまま喚き、シャオリーはきょとんとしている。
「え? ダメなの?」
「ママは一人よ」
ロクサーヌは焦りのあまり、お茶で濡れた顔を拭くこともせず、シャオリーを幌の中に引っ張り込む。
「まったく、どういうつもりで言ったのかしら」
ヘンリーは苦笑いしている。
リンファオは面の内側に冷や汗をかきながら、こっそりとシャオリーを盗み見た。ずっとこちらを見ている。
確かに翡翠宮にいた頃、何度か様子を窺いに行ったけど──遠くからだし、顔は包帯だし、もちろん母親とは名乗っていない。
勘が鋭いどころじゃない。え? もも、もしかして土蜘蛛の能力発動してるの?
その時、殺気を感じた。明確な殺気。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「止まってっ!」
御者に言うがいなや、横から手を伸ばし、手綱を引いた。
間髪入れず、上から黒づくめの男が落ちてくる。二本の片刃の剣が煌き、馬車と馬をつなぐハーネスを断ち切った。
面はしていない。していないが、すぐに分かる。その死神の気で。
「ロウコ!?」
忘れていた、こいつが部外者に殺られるようなかわいい玉なはずがない。
背後でロクサーヌが悲鳴をあげ、ヘンリーが彼女とシャオリーを腕の中に抱え込む。
青虎がヘンリーのポケットから飛び出し、三人を守るように巨大化して降り立った。
ロクサーヌが、え? シマ? 猫ちゃん? あれ? 虎? と、うわごとのようにつぶやき、気絶しそうになっている。
「やっと探しあてたぞ。どこに行くつもりだ?」
ロウコは涼しげな声で言った。リンファオは馬車から飛び降りると、立ちふさがるようにすくっと彼の前に立つ。
「里は壊滅したのでしょう? なぜ私たちを追うの? 私の娘のことをどこで聞いたの?」
ロウコは陰のある端正な顔を歪めた。笑ったのだ。
ちらりと幌の中の家族を見つめる。見慣れない、美しい顔の子供が目に入った。
「ほう、厄の子。貴様、子を産んだのか。粛清されたいようだな?」
しかし、自分の言葉にクックックと笑い、すぐに興味なさそうに視線を外した。
「俺が用のあるのはお前だけだ」
「え?」
「俺と戦え、厄の子」
死ぬ前に、この小娘と戦ってみたかった。
里の剣士──、そう神剣の使い手たちですら、自分の足元にも及ばないことは知っている。
唯一、老師レンと、あの番人にされそうになった神剣持ちの若僧くらいだろうか、食指が動いたのは。
だが、二人とももういない。
「他意はない。おまえと戦いたい」
「待って」
リンファオはそう言って、背後を振り返る。
ヘンリーと目が合う。エドワードだろうか。食い入るような、思いつめた視線だ。
なに? なんでそんな目で私を見るの?
戸惑いながらも、必死でロウコに告げた。
「彼らを……アターソン一家を港まで送るから、それまで待って」
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