孤独な美少女剣士は暴君の刺客となる~私を孕ませようなんて百年早いわ!~

世界のボボ誤字王

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アリビア帝国編 Ⅱ

叙勲式

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 それから実行の日にかけて、リンファオはただ己を鍛え直すことに集中した。

 何せ、ずっとまともな修行をしていない。

 というより、たかが素人相手に戦うのに、神剣すら不要だったのだ。

 里を出てからずっと、鍛錬の相手が居なかった。それも痛手だった。土蜘蛛の神剣遣いでなければ、話にならない。

 決行の日に、青虎を引き取って手伝ってもらうことも考えたが、まず、軍人どもが信用ならない。

 一時もシャオリーたちの傍から離したくないのだ。

 それに、すっかり家族となったあの神獣に殺させることも、土蜘蛛の剣士たちがあのモフモフに食い殺されるところも、どちらも想像したくなかった。

──やるなら、どうせ汚れている自分一人だ。

 頭の中でレン老師を始め、長老たちを相手に戦闘の模擬を試してみる。

 ここ十年、硬気功もまともに使ったことがない。そんな相手に出会わなかったからだ。

 何度も叩き込まれた古武術チャオタイと、巫女舞の癒合。あんな高度な術を使う機会など、絶対に無いと思い込んでいた。

……同族を相手にするのでは無い限り。

 同族同士の殺し合いは、原則禁忌とされている里の掟だからこそ、番人に志願する連中も出てきたりする。

 同族との本気の殺し合いで、自分の腕を試してみたいというストイックな土蜘蛛も、なかには居るのだ。

(だけど私は嫌だ)

 リンファオは目をつぶった。

 疎外されてきたとは言え、同じ血が流れている。しかも、あそこにはシショウがいる。

 その思考が、何度も鍛錬の邪魔をした。戦いたくない。どうか、大祭で帰還していてほしい。

 そんな特別な感情を差し置いても、剣士として、彼とは戦いたくなかった。

 勝てるわけがない。

 いつでも剣の稽古ができる仲間がいる皇帝の護衛は、きっと昔より強くなっている。特にシショウは、番人になれるレベル。

 迷っていたら絶対に、この任務は全うできない。

(そうなれば、ヘンリーとシャオリーが殺される)

 体が二つに引き裂かれそうだった。それでも、やるしか無かった。

 どちらにしろ、里から番人は放たれる。シャオリーを追って。

 同族との殺し合いは、避けられないのだ。





※ ※ ※ ※ ※ ※



 シショウは大祭の日に、どうしても里に帰りたかった。

 その日が約束の日。

 メイルンを生き返らせることができる日だからだ。

 東の大陸から移住したのち、里が安住の地となるために五十年に一度儀式を行う。

 太陽が陰り、里に神気が満ち、土壌は力が溢れる場となる。

 メイルンはその日、里長の呪術によって生き返るのだ。

 しかし、幾度となく試みた長期の休暇申請は、承認されなかった。

 同じ日に、軍関係者の昇進式がある。

 皇帝は自らの戴冠式同様に、勲章も自らの手で軍人の胸に付けたいらしい。

 宮殿内とは言え、久々に、多くの列席者が出入りする日だ。

 公務で人前に出ることが少なくなったニコロスにとって、警備強化はごく自然のことだった。

 一人だけならどうにかならないかと思ったが、ここのところますますおかしくなってきた皇帝は、それを許さなかった。

 特にシショウのことを気に入っているからよけいだ。

 名前も覚えてないくせに「あの一番出来る若い土蜘蛛だけは、余の傍から離すことを許さぬ」と言って聞かない。

 そのおかげで番人の任務から外され、呼び戻されたのは良かったのだが──。

「くそっ、メイルン」

 里長を信じるしかない。約束を必ず守ってくれると。

 次に帰郷した時、メイルンが笑顔で迎えてくれることを信じるしかなかった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その里のある谷の周辺で、猪狩りをしていた猟師が一人、不審な格好の男に話しかけていた。

「このあだりぁはあー、オラっちのぉナワバリど」

 男が振り返った。ひどく年老いているが、服装から顔に彫った装飾までお洒落だ。

「いがした刺青だっぺなぁ、年寄りのぐぜによぉ」
「……刺青ではない」

 老人がしゃがれた声でそう応え、立ち上がった。

 少し慌てたように、首に巻いた美しい色柄のスカーフで、頭からあご下まで覆う。

 腰をトントンと叩きながら、億劫そうに荷物を片付け始めた。

 そこには、絵かきの道具のようなペイント用の筆が入っている。絵の具は黒と茶色の地味な二色だが。

 マタギは首をかしげた。

 ここは気味の悪い移民の住処のすぐ外側で、めったに人が来ない。穴場なのだ。

 てっきり同業者かと思ったが……。どう見ても、くくり罠をしかけている訳ではなさそうだった。

「こげなところで絵師がはぁ、何ば描いどるが~?」

 老人はマタギを見た。訛りをやっと理解したようだった。そのまま彼の足元に目をやる。

 マタギもその視線を辿って、地面に目をやった。保護色でよく見えなかったが、精巧な図柄がびっしり描き込まれている。

 驚いたのは、その細かい、芸術作品のような模様がどこまでも長く、先の方まで続いていることだ。

 いつから描いているのだろう。

「これ一人で描いただか!? あんでまぁ、芸術は爆発だべさ!」

 老人はちょっと笑ってから、遠くを指差した。

 マタギがそちらを見ると、老人と同じく黄緑がグラデーションになった長衣と、虹色の唐草模様のスカーフを身に纏った男が、地を這うように身をかがめながらこちらまでやってくる。

 地面に何か描き込みながら。

 ありえないほどの高速で筆を動かしながら、徐々にこちらに近づいてくるではないか。動きが妖怪みたいで怖い。

 やがて、マタギと老人の近くまで来ると、彼は立ち上がった。ダラダラと汗をかいている。

 その額には老人と同じく、おしゃれな刺青がしてあった。老人の、皺に埋もれたものと違って、肌がピチピチなので、刺青の絵が見たこともない獣の模様をしているのが分かる。

 その精緻さから、相当な腕の彫師に頼んだのだろうと思った。

「つながったな。反対側もできたかな?」

 青年が汗を拭いながら地面を見つめた。老人の描いたモノと見事に図柄が合致している。

「土蜘蛛の結界の要は五箇所。強力な気を練り込んだ法具が埋まっていた。術を塗り替えるに、ギリギリの人数じゃったのう。あちらに寄こす余裕なんて無いわ」

 若者の方はすこし不満そうだ。

「血は手に入らなかったのか?」
「不特定多数じゃからな、一人二人では意味はなかろうて。ま、それすら難しかろうがな。おまえ、土蜘蛛の剣士から血を取れるか?」

 青年は黙した。

 ややして首を振る。無理だ。麒麟は武闘派ではない。

「あっ。では、死人操りの術はどうだ、おんじ?」
「法陣が広範囲すぎて、遺体の在処を特定できぬ。無理じゃ」

 マタギには何の話かさっぱり分からない。不吉な言葉だけは、ところどころ聞き取れたが。

「おどれら、なんば話しちゅうか?」

 二人には、マタギの訛った言葉が分からない。

 そういや、何でこいつ会話に混じってんだ? という怪訝な顔で、罠を持った猟師を上から下まで眺め、無視することに決めたようだ。

 かまわず、話し続ける。

「呪詛相手は『土蜘蛛』として法陣に書き込んだが……。剣士のみに限定すればよかったかな? 巫女の気まで奪ってしまわぬか心配だ」
「なぁに、これくらいで死には至らん。残念ながら、ほんの少し力を弱める程度にしかならんのじゃよ」

 何せ人数が多い。うまく土蜘蛛だけに発動してくれるかすら……。

 それから派手な老人は、眉間にシワを寄せて、眼下に見える港の方角を見やる。

「今日、結界内で戦うことになっている、我々の協力者たちの護符も、いつまで効くか──」

 青年がごくっと唾を飲みこんだ。麒麟の結界も呪符も、万能ではないのだ。

 敵は恐るべき生命力の持ち主。土蜘蛛という一族の力には畏怖しか感じない。だからこそ、自信も無くなる。

 あの土蜘蛛の力を、少しでも麒麟という一族に取り込めれば……。 

「純粋な力のある者は、もう我々のみ。必ずや後継者を。種はもうお前しか無いのだぞ」
「任せておけ、おんじ。成し遂げて見せようぞ。でなければあんな、混血集団なんかと手は組まぬ」

 お洒落な──というか、もう派手としか言い様がない──服装の二人組は、そう言って顔を見合わせた。

 マタギはポリポリと顔を掻き、罠をしかけるのを止めて帰路についた。

 芸術家が間違って罠にかかったら大変だ。    

 しかし山を降りていく途中で、彼らと似たような格好の男達にまた会った。

 三人だ。とにかく目立つ。

 三人とも老人だが、一人はびっこを引いている。老いているから、と言うよりは、怪我をしているようで、ぶつくさぼやいている。

「くそっ、あの辺りは猟師の罠だらけじゃったわい」

 マタギは遠回りして帰ることにした。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 実行の日は、宮殿内でささやかな授賞式と、祝賀会が開かれる日だった。

 有名な海賊団を壊滅させたアーヴァイン・ヘルツも、功労賞として一階級昇進の勲章が贈られるのだ。

 その日、リンファオは貴婦人用の外套を羽織って王宮に向かった。

 年間を通して温暖なアリビア本土でも、風が強く、少し肌寒い日だった。

 光沢のある茄子紫のビロード地に、白のラビットファーが付いたポンチョ型のそれは、特に不自然というわけではない。

 ──中に何が仕込まれているかバレなければ、だが。

 外套の下には、動きやすい黒い服を身につけている。

 髪の毛はきっちりと巻き上げ、美しいうなじを出して歩くその姿は、宮殿の衛兵たちを釘づけにした。

 巫女時代、男を虜にする女性らしさを徹底して叩き込まれた。

「歩くときはしなやかに、物を拾うときは座って取る、手を上げるとき、肘から上は上げない!!」

 先輩巫女の厳しい声が脳裏に蘇る。

 目線のやり方ひとつとっても、巫女は艶やかだ。少し小首をかしげて、衛兵に笑いかけた。

「ごめんなさい、琥珀宮に招かれるのは初めてなの。お式はどちらで執り行われるのかしら?」

 紫色の目で見つめられ、衛兵は真っ赤になりながら、しどろもどろで教えてくれた。

 淑女の姿なので、武器携行のチェックをしないくらいはまあ分かるが、招待状までチェックすることを忘れている。せっかく偽のやつを用意させたのに。

 しかし中に入ると、近衛兵たちが大昔の騎士の格好をして、建物内を警備しているのが分かった。

 軍服を着た人間も何人かいたが、皆、階級の高そうな年配の男だった。今回、元帥に昇進するものも何名かいるらしい。

 リンファオは、羽飾りのついた目元だけ隠す仮面をつけると、ニ階へと上がっていく。仮装パーティではないが、基本的にご婦人方は目立とうとして奇抜な格好をするからセーフなはず。



「おまたせ」

 サビを含んだ低い声とともに、肩に手を回された。思わず、コートの中の神剣に手を伸ばす。

 アーヴァインの荒削りな顔が、間近にあった。

 着崩したネイビーの軍服ではなく、黒の礼装用の軍服をカッチリ着こなしている。

 無精ひげもツルツルにしてある。

 いかにも運を引き寄せそうな、力みなぎったいかつい顔。割れた顎すら魅力的に見える。

 土蜘蛛や皇帝のような端正な顔とは違うが、こういう顔もある意味美しいと言えるのだろう。

 そして、あまりにくつろいだ気配だったため、肩に手を回されるまで気づかなかった。

 それがよけい不安を煽る。

(緊張しすぎだ)

 この任務、遂行出来るのだろうか。

 一方アーヴァインはというと、どこか楽しそうだ。

 緊張の色がまったくない彼の態度に、腹を立てたリンファオが言う。

「あなたね、私が失敗するとは思わないの?」

 あんな短期間の鍛錬。

 しかも青虎の中洲での鍛錬以来、神剣遣いたちとの実戦経験はないのだ。

「だから言ってるだろ、賭けてるって。いつもは勝てない博打はしないんだぜ? ま、イカサマは好きだけどね」

 ワケが分からないこと言うなよ。リンファオは泣きそうな顔で睨む。あと、勝てないとか言うな。

 自分達は見てるだけだから、そりゃ気楽だよね。

「時間はだいぶかかったが、切り離せる貴族はあらかた切り離した。宮廷貴族は皇帝に寄生している奴らばかりだ。邪魔すれば一緒に斬っていい。もっとも、あいつらは皇帝から貰う棒給と年金だけが目当てだろうからな、自分の命と引き換えにしてまで邪魔するとは思えない」

 その横を古い鎧を身につけた騎士が通る。ガチャンガチャンと、耳障りだ。アーヴァインは一瞬口を閉ざしてから、小声でつけたした。

「近衛隊は大したことはない。例外もいるが、基本、貴族のおぼっちゃまだ。ああいった時代錯誤の衛兵は、ほぼ名誉職だと思っていい」

 それから、頬を引き締める。

「だが、親衛隊は違う。狂信者ぞろいだ。命がけでニコロスを守ろうとするだろう。本物の修道騎士位を叙任しているから、腕利きが多い。余裕があれば、あいつらも頼む」

 じっとりとした目で睨むリンファオに気づき、咳払いする。

「ほら、銃があれば俺たちでも殺れるけどさ、取り上げられちゃってるから。頼むよ、な?」

 簡単に言うな、余裕なんてあるわけないだろう、と怒鳴ろうとしたその身体が強ばる。

 気配だ。

 土蜘蛛の気配を感じ取った。

 いつもより人の出入りが多い宮殿内を、警備しているのだろうか。

 そもそもリンファオ自身、気配を消せているかどうかも怪しい。

 もしかしたら、もう自分の存在は彼らに知られているのかもしれない。

 それどころか、番人も来ているのかもしれない。

 リンファオはめったにかかない冷や汗が、じわりと額に浮かぶのを感じた。

「ひとつだけ、言っておきたいことがある」
「え?」

 服装をもう一度チェックしながら、アーヴァイン・ヘルツはさらりと言った。

「悪い知らせと、悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
「両方悪いんかいっ!」

 思わず突っ込んでみたが、よく見ると、彼の楽しそうな表情とは裏腹に、目の奥にあるのは──。

「……相当悪い知らせなのね」

 彼なりに、切り出せなかったのかもしれない。リンファオは、肩を落として促した。

「どっちも言って。時間が無い」

 アーヴァインは肩をすくめた。

「一つ、土蜘蛛は十人全員居る。大祭に帰省を許されなかった」

 うわあぁぁぁ。

「もう一つは、麒麟はこちらに呼べなかったこと。なんかな、麒麟ってめんどくさいらしくて。人数が足りないのと、どういうからくりなのか分からないんだが、おまえの力まで無力化しちゃうんだってさ」
「むぐぐぐ」

 そうだね、麒麟の力って、法陣内で効くやつだものね。

 ──つまり、死ぬしかないってことか。

 リンファオの脳裏に、ヘンリーとシャオリーの顔が浮かび、消えた。

 最後にもう一度、遠くからでもいいから見たかったな。

「まあ、玉砕覚悟で頼むぜ。お嬢ちゃん」

 アーヴァインは、ふざけた口調で言ったあと、真顔になる。

「それこそ腹を据えていかなきゃな」




 アーヴァインが、式典の行われる謁見の間に入った。

 拍手が沸き起こる。

 注目されるわけにはいかないリンファオは、皆の視線が英雄たちに集まっているあいだに、扉から滑り込む。

 目ざとい──気の利く──召使いが外套を預かりに飛んできたが、手で拒否して奥に進んだ。

 階段の上に玉座。ニコロスは周りに立つ男たちと、何ごとか談笑している。全員、琥珀の瞳に赤毛だ。成人した皇子たちか……。

 その中に、見たことのある若者を見つけて血が沸騰する。第一皇子、ユルゲン。

 ラムリム市では世話になったな、リンファオは唇を歪めた。

 そこでハッとなる。違う。あれから何年も経った。あれは四男のアルベルト辺りか。

 少し離れた椅子に、ユルゲンらしき男を見つけた。背もたれにだらしなく背を預け、口髭を生やし、淀んだ目で興味無さげに虚空を見つめている。

 あの精彩を欠いた様子では、後継者争いから落ちたな、そう思った。

(まあ、そんな争いも、私が成功したら無くなるんだけどね……)


 楽隊がラッパを吹いた。

 人ごみがさっと分かれ、式が始まったことを知る。

 今日の主役である軍人たちが、赤いカーペットの上に膝まずいた。

 老齢の皇太后が、侍女に支えられながら身を乗り出して彼らを見ている。

 その隣に立つ階級の偉そうな軍人が、何か耳打ちしている。

 ざっと見たところで、武装した騎士は十数人、軍人は高位の将校が七人。

 あとは、この部屋の四隅に立つ衛兵ぐらいだ。

 華やかな式典をイメージしていたが、所詮は格下の軍人の昇進式。

 貴族の叙爵式や親衛隊の叙任式よりは規模が小さい。

 それに、昇進する軍人の縁者であるご婦人方以外は、宴の催される舞踏室に直接集まっている。見学者の人数自体が少ない。

 誰が邪魔するか分からないが、自分が殺るのはあくまでも同胞のみ。

 あとは、歯向かってくるものを殺ればいい。



「ちこうよれ、アーヴァイン・ヘルツ中将」

 楽団の演奏が終わると、皇帝が気だるげにそう言った。

 アーヴァイン・ヘルツは見事に優雅な一礼をして立ち上がり、すっと前に出た。

 若くして英雄と呼ばれている男の威風堂々たる姿に、列席者たちから称賛のため息が漏れる。

 ニコロスはそれを聞いて、少し顔を歪めた。

 近づいた彼に、純金のサーベルを手渡す。

 精巧な作りで、飾りとは言え鞘が抜けるようになっている。

 ものすごく重いし、金は柔らかいので実用性が無いが、刃も本物らしい。何よりも、ひと財産だ。

「『骸の家』および『月光』の海賊団の壊滅に、多大なる貢献をしたそちを、大将に任ずる。大儀であった。今後も、のために、その手腕を振るうがよかろう。受け取るがよい」

 アーヴァインは目礼してその剣を受け取った。

「叙勲の栄に浴し、身に余る光栄に存じます。陛下からのお心遣い、お言葉を賜り、身の引き締まる思いです。今後ものために、この身を削る所存にございます」

 周囲に不自然な様子を抱かせず、火花を散らした口上を述べあう。アーヴァインが敬礼してその場から離れた。

 彼が元の場所に戻り、立膝を立てて跪き、金のサーベルを横に置く。



 ──それが合図だ。


 リンファオは仮面を取り、外套を脱ぎすてた。



 突然、人垣から飛び出した小柄な影に、宮廷貴族たちは腰を抜かした。

 黒ずくめの美しい娘が、変わった剣を抜いた時、ざわめきが悲鳴に変わる。

「土蜘蛛っ!」

 ニコロスが鋭い声をあげた。皇子たちが青ざめて立ち上がる。

 リンファオは彼らを守るように湧いて出てきた衛兵、親衛隊、そして黒装束の同胞を目にしてふうっと息をついた。

 やだ……ほんとうだ、十人全員いる。

(せめてシマちゃんを、連れてくれば良かったかな)

 後悔しても遅い。一対十。やるしかない。

 
 叙勲を受ける軍人たちは、手出ししないと言っていた。

 おそらく、勝敗が分かるまで。

 一応、皇帝を守ろうという素振りで身構えてはいるが、どこまで本気なのだろう。

 軍部も一枚岩では無いようなので、彼らが味方か敵かは分からない。

 だが、銃の持ち込みは禁止されているのだから、この場で彼らが何の役にも──どちらの役にも──立たないのは、自分を含めたその場にいるもの皆、分かっているようだった。

 皇帝の身を守ることも出来ない。そしてリンファオを手伝うこともしない。ただの傍観者。

 そういう不公平な契約だった──はず。

 ところが、貴族たちが腰を抜かしながらも、つぎつぎに扉から外に逃げ出した、その時だ。

「止まれっ」

 アーヴァインが立ち上がり、短銃を彼らに向けて言い放った。

 それと同時に、老齢な次期元帥たちまでが、近くにいた騎士たちに銃を向け、取り押さえる側に回った。

 どこに銃をしまっていたかと言うと、股間である。

 アーヴァインは、リンファオに笑ってみせた。

「おかげで今回の叙勲者たちは、老いてなおブツがデカいと会場で噂されていたようだ。……なあ、お嬢ちゃん。泥船に乗ったつもりで、YOU殺っちゃっいなYO」

 大船じゃなきゃ安心できないYOね? リンファオは呆れた。

 だが、なるほど。

 勝てない博打はしない主義だと言いつつ、イカサマは大好きだという意味が分かった。

 リンファオは大きく息をついた。彼らが味方しても、神剣遣い十人を一人でやることには変わりない。

「親衛隊は任せた」

 リンファオは腰を落とし、目の前で神剣を構えた。


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