孤独な美少女剣士は暴君の刺客となる~私を孕ませようなんて百年早いわ!~

世界のボボ誤字王

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ラムリム市編

リンファオ裏切る

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 丘の上の寺院では、長槍を構えた僧兵たちがじっと港を睨んでいる。

 海風が、港の様子を如実に伝えてきた。煙と火薬の臭い。


「悪魔教徒の連中の言うことを信用すると、こうなる」

 一人だけ金の袈裟を巻いた裹頭姿の教祖は、そう呻くと、墨の裳付の袖を肩までまくりあげた。

 玉砕は覚悟の上だった。




 リンファオは、帝国兵たちがまず寺院を潰すだろうと予測した。

「ゲルク、すぐに町に残っている非力な連中を、陸側の砦に集めよう」
「何でだよっ?」
「もう方法は無いの!」

 リンファオは途中の厩で馬を借り、鞍もつけずに自分だけ飛び乗った。怯えきって嘶いていたその首を、叩いて宥める。

 ひたすら街中を飛ばし、村を抜け、もう片方の砦に走った。

 無理やり赤ん坊──シャオリーを預けられた門番が、その赤子を手に抱き、途方にくれて立っている。

「あの音は何だ?」

 怯えたような門番に、

「ごめんね」

 と呟き、馬から飛び降りざま、容赦なく殴り倒す。

 それから、倒れる瞬間に放り出されたシャオリーを、間一髪でキャッチした。

 この門兵、踏んだり蹴ったりである。

「悪い、最悪の事態だけは避けなきゃ」

 リンファオは大門の閂に飛びついた。鉄の環を横に引っ張るが、びくともしない。土蜘蛛は、怪力なわけではないのだ。

 リンファオは、気絶した門番の横に我が子を置き、門番の手から武器を奪い取る。もちろん長い槍だが、穂先は刺突だけでなく斬るのもいけそうだ。刃の部分が、王宮の衛兵が担いでいたハルバードくらい薄かった。

 リンファオは、太い鉄製の閂の前に立った。

(いけるかな)

 気功は封じられている。例えそうでなくとも、奴らが近くにいる今は使ってはいけない。

 リンファオはふうっと呼吸を整えた。

 槍を頭上に持ち上げる。これは、神剣。自分に暗示をかけた。

 ハッという気合いと共に、リンファオは槍を振り下ろした。

 太い鉄が真っ二つに切れると、赤子を抱きあげ、小窓から外に合図する。

「そっちから押して!」



※ ※ ※ ※ ※ ※



 アルフォンソ・ヴァンダーノはじりじりして待っていた。

 港側の攻撃が再開され、焦っていた。

 しかし、あの少女は約束通りやってくれたようだ。

 門扉の錠が壊れる金属音と合図を聞き、アルフォンソは兵士たちに指示する。

「全軍前進! 市内を制圧せよ」



 反対側からも軍人がなだれ込んできたことに気づき、ゲルクは愕然とした。

 しかもリンファオが手引きしているではないか。

「どういうつもりだ!」

 ゲルクは真っ青になって叫んだ。リンファオはシャオリーを抱いたまま、ゲルクを始め、武装していない市民たちに言った。

「港の皇子の指揮に任せていたら、ラムリム市民は皆殺しになる。すぐに降伏し、ヴァンダーノ大尉の庇護下に入れっ」

 多くの市民たちが天教徒だ。殉死を望むつもりだったのだろう。

 憤激してリンファオを罵倒しはじめる。裏切り者だの、恩知らずだの──やはり悪魔だった、だの。

 胸にズキリと痛みが走った。

 だがリンファオにとって、自身の信頼の失墜より、もっと大事なことがあった。

「うるさいっ! それほど簡単に命を捨てて何が殉教だっ! 死にたいやつはまず生き残ってから考えろっ」

 少女が怒鳴りつけている間、アルフォンソ・ヴァンダーノの率いる軍は、市の反対側目指して進軍していった。

 石を投げてくる市民には、いっさいの関心を払わない。目指すは上陸したもう片方の部隊だ。



 僧や武装していた市民たちは、瞬く間に皆殺しにされた。日頃の鍛練も、銃の前には無力だった。弓隊の僧兵たちの遺体は穴だらけだ。

「つまらん」

 第一皇子ユルゲンは、累々たる遺体の上を踏みつけて歩きながら毒づく。教祖らしき男が掴んだままだった長槍を蹴りあげる。

「こいつらの原始的な武器は、どうにかならんのか。なぜもっと早くここを潰さなかった?」

 部下の少尉が、痛ましそうな響きを抑えながら応える。

「隠れ天教徒はまだ、国内外問わずそれなりに居るんです。信仰の中心となる地の侵略は、慎重にいかないと──」
「奴らの感情などどうでもいい。父上のミケーレ統一の構想を早期に叶えるなら、さっさと力でねじ伏せればよかったのだ」

 殉教者は神格化され、弾圧された信者たちの新たな信仰対象となる。戦略的にも誉められたものではない。

 少尉はそう続けたかったが、やむなく口を閉ざした。

 この皇子は癇癪持ちで、切れると何をするか分からない。

 ユルゲンは、冷たく僧侶たちの亡骸を見下ろす。

 父であるニコロス四世が、確実に長男である自分を次の皇帝にするつもりなら、これほどの焦燥感はない。

 継承順位を定めていない父親は、実力一点主義である。皇太子と呼ばれることのない立場に、危うさすら感じる。

 使えない者は、嫡男でもゴミのように扱う皇帝。ならば、彼を認めさせるだけの戦功を積み上げていかなければならない。

 この異教の地は、完膚無きまでに破壊し尽くすのだ。

 ふと、下町に目が行く。

 別の隊のアリビア軍が集まっていることに気づいた。

 一頭の大きな青毛の馬が、寺院の丘に駆け上がってくる。

「誰だ?」
「別動部隊の指揮官、ヴァンダーノ大尉です」

 黒い馬はすぐにユルゲンたちの前に到着した。馬にも負けない大柄が、飛び降りて敬礼する。

「市内の暴動は抑えました。さすが、殿下。この歴史的な城塞都市を、ほとんど破壊せずに征服するとは」

 ユルゲンは目を見開く。

 これから略奪と暴行の限りを尽くし、街は火の海になるはずだった。

 彼にとっては、それが楽しみだったのだ──。

「ラムリム市民も殿下の慈悲深さに、感激しております。次期皇帝にふさわしい方だと……」
「そ、そうか?」

 ユルゲンは目を白黒させている。ユルゲンの部下たちもハッと気づき、アルフォンソに従って褒めちぎった。

「陥落の速さは記録的でした。早く陛下に報告なさるべきです」
「無血開城と同じくらい、お見事な制圧でした。この戦いはきっと、名誉戦争として後世に語られることでしょう」
「ご覧になりましたか? あの素晴らしい石灰棚の温泉、素晴らしい街並み」
「王侯貴族専用保養地として、賑わいを見せることでしょう。陛下の喜ぶお顔が浮かぶようです」
 
 確かに、直線的な建造物が多く洗練されてはいるがやや無機的な帝都とは、趣が違う。

 エルンスト領主に費用を負担させて国道を整えれば、リゾートとして使えそうな街だった。

 破壊してはまずい気がする。

「むむ、そうだな。この僕にしかできんことだ」

 そして少しなごり惜しげに市内を眺め、ため息をつくと大声で言った。

「撤兵っ」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 帝国兵に囲まれ、怒りに打ち震える生き残った市民たちのところに、アルフォンソ・ヴァンダーノは悠々とやってきた。

 手に大きな筒を持っている。

 市民たちは、これから追い出される。この美しい古都から。

「天教の隠れ信仰地はまだあるのだろう? これを持って好きなところに行きなさい。船の手配はこちらでするから」

 寺院から持ってきた筒──曼荼羅を差し出す。人々は驚愕して軍人を見上げた。

「ムソウと名乗る僧から、部下が預かった。彼の最期の願いだ。残った信者でこれを護るように、とのことだ」

 白い裹頭姿のその僧兵は、全身に弾丸を受けながらも、帝国兵の一人にそれだけ伝え、仁王立ちのまま事切れたという。

 悲痛な声が市民の間から漏れる。

 代表が受けとると、曼荼羅には赤黒い手形がついていた。

 砦に詰めていた警察長官エメル・ラジスラフもその部下たちも、抵抗むなしく艦砲に散っていった。

 もう、彼らを鼓舞する指導者的立場の人間は、一人もいない。

「あなた方全員が最後まで抵抗していれば、すべて燃やされていた。この砦は今後の本格的な植民地侵攻の要として、目をつけられている。早々に放棄したほうが良かったんだ。死んでは教えを広めることも出来ないでしょう?」

 それでも故郷を追われることに変わりはない。

 人々はガックリと肩を落とし、泣きながら荷造りをしに各々の家に帰っていった。


「憎まれ役をやらせてしまったな、お嬢ちゃん。いや、教官殿」

 アルフォンソは、赤子を抱えた少女を振り返った。

 リンファオは首を振った。

 信仰などどうでもいい。彼女にとっては人の命の方が大事だった。シャオリーを産んでから、ますます命に対する向き合い方が変わった。

 だが信者たちに、自分のエゴを押しつけたことになる。天教徒たちに恨まれても仕方ない。

「私がここに居たこと、誰にも言わないで」

 大尉にそう頼むと、彼は困惑したように眉を寄せる。

「護衛の任務から抜けて、ここに逃げてきたのかい?」
「まー、色々あって……」

 しぼらく考え込んでいたアルフォンソは、渋い顔のまま頷いた。

「約束はできんが、陛下には伝わらないように配慮しよう」

 リンファオは息をつくと、今度は押し黙ったままのゲルクに向き直る。

「ごめんね。皆を裏切るようなまねをした」

 ゲルクはやっと口を開いた。

「あの指揮してた若いやつ、あれ皇子なんだろ? 皇子の護衛──俺を斬ろうとした奴等って、あんたが避けてたやつらなんだろ? そいつらに見つかったらやばかったんじゃないのか? だからラムリム市を去ろうとしてたんだろ?」
「うん……でも多分、大丈夫。気づかれなかった。顔隠してたし、私は気功を封じられてるから。土蜘蛛特有の気の放出を、彼らには感知されてないと思う」

 ゲルクは、土蜘蛛という聞きなれない言葉に顔をしかめたが、すぐに言い返した。

「そうじゃなくて、何でわざわざ戻ってきたんだよ」
「砦から出ようとしたとき、あの髭の軍人から聞いたんだ。お前らが、皇子の罠にかかりそうだって」

 リンファオの口調は不思議そうだった。どうしてそんな事きくんだろう。

 ゲルクは苛々している。

「バレてたら、その土蜘蛛とかいう護衛に殺されてたんだぞ?」
「でも、私がいかなきゃ、ゲルクがあの護衛にやられてた。兄妹みたいなもんなのに、助けに行くに決まってるじゃないか」

 ゲルクの顔が真っ赤に染まる。

「なんだよ兄妹って、人の気も知らないで」
「なに?」
「俺はおまえのこと、妹だなんて思ってないぞ」
「姉だよバカ。私の方が歳上じゃないか」
「そういうことじゃなくて」

 アルフォンソ・ヴァンダーノは歩み去りながら思った。

(うーん、青春だなぁ)

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